グランドクロスと不老
前世紀末にそれなりの年齢だった人なら覚えているだろう。一九九九の七月に世界が滅亡するかもしれないとされた、ノストラダムスの大予言を。
フランスの予言者ミシェル・ド・ノートルダムによる本の記述を根拠とするこの終末論は、正確には彼の詩がいくつもの解釈が可能であったりするため、最初から世界滅亡予告と明言されているものではなかった。
わたしもそれくらいは把握していたので、そんなことが起きるとはほとんど考えていなかったと思う。
ただ、同時期に発生する天文学的に希少な事象と関連付ける主張があり、そちらの方が興味を惹いていた。それが、グランドクロスである。
グランドクロスとは太陽系の惑星が十字型に並ぶ配列で、西洋占星術的には極めて不吉だとされていた。これが一九九九年八月一八日に起きるため、ノストラダムスの予言と結び付けて話題になっていたのだ。
わたしは、これを魔術に利用しない手はないと思った。
そもそも占星術が魔術の一部である。惑星が持つパワー云々とかいう文言も、魔術を扱う文献にはよく記載されていた。
そうしたものに肖ろうと思ったのだ。
とはいえ、当時のわたしはまだそうしたものを齧りだしたばかりである。グランドクロスの日にどんなことをすればいいかなど、ろくにわからなかった。
結果、準備した魔術儀式はでたらめもいいところだった。
一九九九年八月一八日、当日。
単純な魔法円を用意し、キリスト教の祈りを唱え、カバラ十字を切り、九字を切り、ある願いを惑星たちにするとかいう儀式を行ったと思う。
それは当時の、永遠に若い肉体でいたいというものだった。
不老不死はさすがに怖いので、寿命は迎えても構わない。肉体だけは老いないようにしてもらいたい、という願いだったと思う。
翌日からは普通の生活に戻った。世界は滅亡なんてしなかった。
わたしの肉体も特に変化はないようだったが、詳細は年月を経ないとわからないことだった。
もっとも、儀式がいいかげんだったのは自覚しており、事前の用意としてその手順を書いておいて用いた紙はまもなく捨ててしまったと思う。
この件に関しては何事もないまま、およそ一年が過ぎた。
身体測定の時期となった。身長を測って、わたしは驚くことになる。
一ミリも身長が伸びていなかった。
バカみたいかもしれないが、身体測定で身長を測り続けた全期間を通して、前年から全く背丈の変化がないというのは唯一このときだけである。
同級生もいささかびっくりしていて、「タバコでも吸った?」と疑う人までいる始末だった。わたしは未成年のときはもちろん、成人後も現在まで一度も喫煙したことはないのだが。
ちなみに、なぜか座高は前年から変わっていた。どう変化したかは覚えていないが、確か、短足になったのか? と思った気がする。
なので、単なる測り間違えかもしれないが、前年の儀式が脳裏をよぎったものだった。
そして、翌年からは普通に身長も伸びだした。
では外見はどうだろう。
「いつまでも若い」と言われたこともある一方、老いているように勘違いされたこともある。
やはり普通に年老いているのか、もともと老けているのか。自分自身の感覚としては、ノーコメントにしておく。
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