竹林地区

樹木地区を十分堪能した俺とサチは川を渡り、竹林地区に移動した。


「結構雰囲気変わるのぅ」


「そうですね」


樹木地区では人通りの少ない土の歩道をブラブラしてたが、竹林地区は主要道である石畳の道しかないので人目を気にして変装状態に戻している。


屈めた姿勢から上を見上げるのは若干辛いが上手く体をひねって高く伸びた竹を見る。


見事な竹林だ。


比較的等間隔で真っ直ぐに伸びた竹が並ぶ様子はどこか整然とした印象があり、それが差し込む淡い光を反射して緑に輝く姿は実に見事だ。


特にこっちの竹は丸ではなく六角形をしているので角の部分で緑の色に変化が見られて綺麗だ。


以前アズヨシフ達と竹を伐採した時はここまでの印象は無かったが、今回この道を通って竹の美しさを感じたということはそれだけここの担当の造島師が竹を魅せる技術を発揮したおかげということなのだろう。素晴らしい。


俺達の周りの人達も竹林の独特な雰囲気に呑まれてるのか大きな声を出さず、静かに見入ったり小さい声で感想を言い合ったりしている。


既に一部の造島師をはじめ、竹に興味を持った人は竹への印象改善が見られているが、大半の人の竹の印象はあまりよくない。知らない人も多いんじゃなかろうか。


観光島ではその不安を少しでも和らげるために竹林地区へ渡る橋に案内人が専属で配置され、足を止める人や不安がる人へ話しかけて説明していた。


橋を渡る時、案内人が俺達にも話しかけるべきか示唆した表情を見せてたが、小さく手を上げて遠慮したのを見て直ぐに他の人への対応に移ってくれたので助かった。近付かれるとばれるからな。


ゆっくりと歩道を進んでいくとその場を通る大半の人が歩みを止めて同じ方向を指差している。なんだろう?


気になってその場に行き、指を指してた方を見ると道から少し離れたところに気になる竹が一本生えていた。


「・・・光っとるように見えるが、見間違いか?」


「いえ、実際光っています」


光が差し込む中なのでそこまで煌々と輝くという程ではないものの、明らかに他の竹と違い、竹の節の一部から光が漏れてるように見える。


「光の精が集まっているようですね」


他の人に気付かれないよう手のひらに小さく開いたパネルで解析した結果を教えてくれる。


どうやらあの竹だけ生えた状態のまま加工してあり、光の精が好む環境にした節にしてあるようだ。


わざと光が漏れるように切れ込みを入れてあったり、道から距離を離すことで加工してるのを分かり難くすることで不思議と光る竹を演出している。面白い。


「てっきり赤子でも入っているのかと一瞬思ってしまったわい」


「赤子?どういうことです?」


不思議そうな顔をするので前の世界にそういう御伽噺があった事を言うと興味深そうにするので道すがら内容を話した。


「滅茶苦茶ですね」


「わしもそう思う」


この手の童話や御伽噺をすると大体この反応が返って来るが、俺もそう思うので何も言い返せない。


「あ、また光る竹があります」


「本当だ」


サチが加工された竹を見つけたようだ。


先ほどの竹とはまた違った光の漏れ方をしていて造島師の意匠を感じる。


「話を聞いた後だと確かに子供が入っているのではないか気になってしまいますね」


「そうであろう?」


散々滅茶苦茶だの不可解だの言っても知ってしまってると妙に気になってしまうんだよな。不思議なもんだ。




竹林の半ば辺りまで来ると道が二手に分かれており、休憩処、駅と書かれた立て看板の方へ俺達は足を進めた。


特にここから車両に乗るつもりは無かったが、ほんのり休憩処の方からするいい匂いが気になったので立ち寄る事にした。


駅と休憩処がある場所は竹林を切り開いて作った開けた場所で、駅も休憩処も竹を使った建築をしていた。


前に車両に乗ってここを見たときはほとんど何も無かったのに、短期間でよくここまでの物を作ったものだ。


休憩処は屋外と屋内に椅子と机が置いてあり、そこでいい匂いの正体にありつけるようなので、俺とサチは空いてる席に座って提供人を待つ事にした。


「楽しみですね」


「うむ」


他の席の人が食べてるものを目の端に見えてるので何となく何を提供しているのかは判っているが、それでもこの匂いには勝てる気がしない。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


「うむ。ここでは何をいただけるのかな?」


「ここではお茶と筍料理を提供しています」


「ほうほう、筍とな?」


「筍というのはそちらに生えてる竹の若芽のことで、ここではその筍の良さを知っていただくために料理として提供しております」


「ふむふむ。ではその筍料理とやらと二人分のお茶を頂こうかの」


「ありがとうございます」


提供人が空間収納からお茶を先に出し、俺とサチの前に置く。


その次に家で使ってるコンロを簡略化したような装置と竹を半分に割った器に盛った角切りの茶色い筍を出した。


「こちら筍を水煮した後に醤油で漬けたものになります。そのままでも美味しくいただけますが、こちらで火に炙って頂くのがおすすめです」


「ほうほう、炙るとな」


「ひとつ実演させていただきます」


装置のつまみを動かし小さな火柱を発生させ、竹串で刺した筍をその火にくべると香ばしい匂いが漂ってくる。涎の分泌が凄い。


串を回しながら全体に程よく焦げ目が付いたところで火から離して串から外して器に戻してこちらに出してくれる。


「熱いのでお気をつけください」


「ん」


「こちらが新しい串で、使い終えたらこちらの使用済み容れの方に入れて下さい。何かありましたらお呼びください」


「ありがとう」


「ではごゆっくり」


提供人が席から離れるとサチが素早い動きで筍に串を刺し、炙り装置の火を付ける。


「そんなに急がんでも」


「この香りを前にして我慢しろと言う方が酷です」


そこまでか。わからんでもないが。


装置は一つしかないのでサチと交互に使う事になりそうだが、幸い俺には提供人が一つ用意してくれたのでそれを頂く。


・・・おぉ、しっかり醤油の味がしみこんだ筍だ。


煮物のような複雑な味はしないが、ストレートな醤油の味と炙った焦げ目の苦味がいいアクセントになってて美味い。


「あふっあふっ」


炙り終えたサチが我慢できずにあまり冷まさず口に放り込んだのでハフハフしている。変装してるから人目をまったく気にしてないなこいつ。


装置が空いたので俺も火にくべてみる。


端や角が焦げやすいのでなるべく面の部分に火が当たるように調節しながら頭の中ではこれの別の味付けを考えていた。


今の醤油漬けも十分美味しいが、味噌焼きも美味い気がする。


あとは醤油の味を薄くして代わりに辛味を加えるのもいいな。


そういえば前に町地区で山葵を使ってたところがあったな、あそこの山葵を使うってのもいいかもしれない。


「・・・チロウさん、イチロウさん!」


あれこれ考えていたらサチが俺を呼ぶ。そういえばイチロウだったっけ今は。


「ん?なんじゃ?」


「焦げてます」


「・・・おおう!」


考え事に力を入れてしまったため火が長く当たりすぎて筍の一辺が黒焦げになってしまっていた。


あー・・・失敗した・・・。


「何か考えていたのですか?」


「これの別の味付けをちょっと考えてた」


「そうでしたか。気をつけてくださいね」


「うん。ありがとう」


「あと、口調戻っていますよ」


「おおっと、いかんいかん」


意識を持ち直して焦げた筍を口にした。


・・・にっげ。


次は焼きすぎに注意しようと心に決めて口の中の苦味をお茶で胃に流し込んだ。

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