変装検討と餅の再調理

東の領の淫魔種の集落に滞在していた冒険者達が東のオアシスの街の方角に移動を開始した。


集落に中央都市からの人の出入りが増え、状況の改善が見られたからだろう。


移動を開始した面子は来る時に護衛として付いて来た冒険者と中央都市からオアシスの街へ向かう数名の交渉人。


元々ここに用があった元魔族の女性達と彼女達が選出した淫魔殺しの男性陣は中央都市からの要望でもう少しの間滞在し、後日中央都市から護衛を出してオアシスの街に送り届ける手筈となったようだ。


中央都市が彼らに出した要望は淫魔種攻略の指導。


淫魔種の人種の特性上どうしても男性に強い負荷が掛かるため、脅威に感じる人が多く、具体的な対策も確立できておらず、中央都市も取引のみの関係に留まっていた。


しかし今回の件で東の領を見直す関係上、淫魔種対策も必要になったため、彼女らに特化したオアシスの男性達に中央都市の男性に指導を頼んだようだ。


指導内容は主に技術的な部分。


身体的な部分は人間種より優れた人種が多い魔族領なので問題ないが、技術的なところで淫魔種達を満足させられず、結果多く求められてしまっていた。


淫魔種にとっては食事みたいなものだからな。


質のいい食事が出来ないと量で誤魔化すというのは下界でもよく見られる光景だ。


その点オアシスの街は女性のための街とも言える場所なので研究が進んでおり、その空気に馴染んだ男性は巧みな技術を見につけ、淫魔種をも満足させられるようになっていた。


いわば彼らは一流の料理人という感じなんだろう。


中央都市は彼らに対して多くの報酬を用意する意思を見せ、あまりのその多さに当人達は驚きつつも事の重要さと人の良さで引き受け、この地にもう少し留まる事を決めたようだ。


後はどれだけ中央都市の男達が技術を見に付けられるかだが、多分大丈夫だろう。


男はその辺り興味があれば自然と食いついて身につけるからな。


正直俺もちょっと知りたいんだが・・・くそ、これも望遠になるのか。チクショウ。


・・・まぁいいか、俺の場合使う相手は一人しかいないからそれに合わせた技術を得られれば十分だ。独自に開発しよう。


しかしこのまま行くとオアシスの街にまた遠方から人がやってくる事になるのか。


現在オアシスの街では湖上の街のエルフとの交渉が難航している。


基本的な交流は合意したものの、密林を通過する際の護衛をどちらが出すか、技術供与に関して、文化の維持について等細かい部分でのすり合わせが終わってない状態だ。


ここにさらに魔族領の人が加わる事になりそうだが・・・大丈夫だろうか。


オアシスの上層部はやり手の人達が多いから交渉自体は上手くやるだろうが、実際動き出した時に動かせる人が足りないように感じる。


今も冒険者に街の外の事はほぼ任せっきりだし、これで湖上の街や魔属領と交流を開始したらと考えると若干不安を覚える。


人手を補充する時どうしても質が落ちやすいからな・・・オアシスの街の手腕が問われるだろう。上手くやってほしい。


とりあえずオアシスの街は今後も注目しておいた方が良さそうだ。もちろん他を怠るわけではないけどね。




「変装?」


「はい、近々必要になると思われますので」


今日は特に用事が無かったので家でそのまま食べるには難がある餅を攻略しようと思っていたところサチに変装をしたいと言われた。


「なんで必要かは何となくわかるが、わざわざ時間取ってまで検討する必要あるか?」


「あります」


「あるのか・・・。じゃあしょうがない、考えよう」


「ありがとうございます」


サチが力強く言うので経験から抵抗は無駄と思い、頭を切り替える。


「どの程度変装するんだ?」


「うーん・・・どうしましょうか」


サチの手には神器の櫛がある。


これがあれば髪の長さから色まで自由に変更できる。それだけで十分変装できるだろう。だが・・・。


「とりあえずサチの髪を大きく変更するのはダメな」


「え?何故ですか?」


「ダメなもんはダメなんだ」


「えぇ・・・」


きっと別の長さや髪色にしても似合うんだろうけど、サチの髪は今のが一番好きなので変更はなしでお願いしたい。


「そうなるとやれる事が限られてきますが」


「悪いな。だが、帽子やメガネをするだけでも結構印象って変わるもんだぞ?」


そう言ってサチに下界で収集した衣類データから目立たなそうな帽子やアクセサリを選んで付けて貰う。


「どうですか?」


「ふむ・・・帽子とメガネは似合ってるが服と髪型がそのままだとまだ分かるな。髪をアップにしてバレッタで留めてみたらどうだろう?」


「・・・こうですか?」


髪を上げてうなじが見えるようになった状態で少し大きめの帽子を被って貰うと思ったより印象が変わる。メガネもあってか敏腕秘書感が凄い。


「いいね。下をズボンとかにすればいつものサチとは違っていいんじゃないかな」


「ズボン?まるで男装ですね」


「言い方が悪かった。パンツルックならどうかなって思ったんだ」


「こんな感じですか?」


下界の女性の普段着のデータを自分に投影させると地味な色合いだがスタイリッシュな姿に変わる。脚が長く見えてこれはこれでいい。


「うんうん。十分印象が変わる。それでいいんじゃないか?」


「こんなので分からなくなるのでしょうか」


「注意深く見なければわからないだろう。特に動く生地が少ない服や露出や目立つ色の少ない服は人目を引きにくいし」


「なるほど、確かに普段より落ち着いた色が多いですね。では私はこれで。次はソウの番です」


サチが神器の櫛を手にしながらジリジリと近寄ってくる。物凄く嫌な予感がする!


「お、俺は帽子被るだけでいいよ、うん。ほら、元々地味だしさ!」


「まぁまぁ、そんな遠慮せずに」


「遠慮じゃない!もう虹色になるのは勘弁願いたい!」


「なるほど、虹色でなければいいのですね」


「そういう意味じゃない!」


サチの伸びる手を何とか手首を掴んで止める。力比べならこちらの方に分がある。


あ、こら、念を使うな!ずるいぞ!


くっ、圧倒的に分が悪いがここで抵抗の意志を見せないと何されるかわからん!


とりあえず近付くサチからしばらくの間全力で逃げ回る事にした。



「んー、ワカバの辛い奴は普通の餅を混ぜて辛さを緩和してから潰して焼いてみるか」


キッチンで先日の餅搗き大会で貰った癖の強い餅達を何とか食える状態に出来ないか考える。


考えていると頭の後ろを引っかかったような感覚で引っ張られる。


「・・・イテテテ、サチ、もうちょっと優しく扱ってくれ」


「あ、すみません」


サチは俺が色々考えている間に俺の髪の毛で遊んでいる。


最初のうちはちゃんと変装を考えていたが、ある程度考えがまとまったのか、それとも飽きたのかわからないが、俺の髪の毛を異常に伸ばして編んだり切ったり染めたりして遊び始めた。


現在俺の髪は背中を通り越して床に付くか付かないかぐらいまで長くなっているみたいで時折足に毛が当たってこそばゆい。早く戻してほしい。


最初のうちは俺も反応や抵抗をしていたが、ここまで髪を伸ばされたりすると最早好きにしてくれと諦めの気持ちになってしまい、俺は俺でやりたい事をやる事にした。


さてと、それじゃ餅の再調理を開始するか。


ワカバの作った辛い餅に普通の餅を混ぜ込み、良く練ってから平たく薄く伸ばして一口大に小さく切って網の上に乗せて弱火で焼く。


カリカリになるまで焼いたら皿に置いて冷ます。つまみ食いしようとするサチの手が伸びるので軽くあしらう。冷めるまで待ちなさい。


次はエルマリエとオクスティア組が作った餅を改良しよう。


この餅は完全食を練りこんだのはいいが味がほぼ無いので人気があまり出なかった。見た目も緑と白がまばらになっててあまり美味しそうに見えないのも原因の一つだろう。


そこで俺はこのまばらな緑を全部綺麗に緑にしてしまおうと思う。


緑茶の茶葉を炒って乾燥させた後に粉末状にしたものを追加で練りこんでいくと餅の白さが無くなり全体的に緑が行き渡る。


味は・・・うん、苦みと渋みがある。よしよし。


この餅に甘めの餡子を入れて包み、鍋に入れて蒸す。お茶のいい香りがしてきて食欲が刺激されるなこれ。


あとはモミジの餅だが・・・どうしたものか。


そもそもすっぱい餅は俺の印象だと痛んでるものを想像するが、ちゃんとすっぱい成分を入れて作ったらしい。


「いえい」


本人曰くドッキリ餅という名前で、食べた人の反応をみてブイサインしてたのを思い出す。やれやれ。


とはいえ酸味というのは中和もしやすい。中和できる食材を入れてやればいいだけだ。


しかし・・・うーん、それだと何と言うか一料理を作る者として負けた気がするんだよな。出来ればこの酸味を利用した料理にしたいところだ。


すっぱいものか。パッと今思い浮かんだのは柑橘系の果物と梅干だが・・・よし、今回はこの二つでやってみよう。


まず柑橘系は果汁を絞って別にして、果肉は潰してペースト状にして餅と混ぜる。


皮は乾燥させた後に粉末状に。香りは強いが苦味があるので使うのは少量かな。


果汁は弱火の鍋で煮詰めて砂糖を足してちょっととろみを出す。


後は果肉と粉末を混ぜた餅を一口大に丸めて、煮詰めた果汁を塗れば完成だ。


次は梅味の方だが・・・こっちの梅ってリンゴぐらい大きいんだよな。


ありがたい事にこっちの梅は生食しても全く問題ないのだが、味がぱっとしないので食用としては人気が無い。主にお茶用として香りを楽しむ目的で育てられてるぐらいだ。


とりあえず皮を剥いて果肉をみじん切りにした後塩を入れて餅と一緒に混ぜる。紫蘇はちょっとそれっぽいのが無かったので今回は割愛。


ここで一旦試食。・・・梅の香りや塩味が付いたおかげで何も無いよりは食えるがもうちょっとアクセントがほしい。


試しに焼いてみる。


・・・ん?あれ?酸味が和らいだ?なんでだ?火で直接炙ったからか?


まぁいいか、ちょっと焦げた部分がカリッとしていい感じだ。好みで追い塩したり醤油を垂らしたりして食べたら美味いだろう。


「ふぅ・・・満足」


作った餅料理を皿に盛ってキッチンの上を片付けていると後ろでサチが満足そうな声を上げる。


「もういいのか?」


「はい。堪能しました」


「そうか。よかったな」


「・・・」


「・・・」


「サチ」


「はい」


「ちゃんと戻そうな」


「・・・っ」


「あ!こら!逃げるな!」


未だ髪が長いままの状態で神器の櫛を持ったサチを追い回すのはちょっと大変だった。


これは後でお仕置きだな。そうしよう。


ちなみに改良した餅料理はどれも美味しくいただけるまでになってて良かった。今度農園に持って行こうと思う。

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