手裏剣投げ
オアシスから出発した一行が集落を無事見つけるとその日の夜に視点が望遠になった。
一行は迷惑にならないよう集落の外れに野営してたはずなんだが・・・。
仕方ない、ちょっと映像を巻き戻して直前の様子を見てみよう。
・・・どうやら一行が連れてきた男を一人ずつ別々に連れて家に入って行ったようだ。
という事は大体何が行われているか想像は出来るが、家に入っていったのは全員初回遠征に参加した男ばかりで、今回参加した冒険者の男は野営に残っていた。
どういうことだ?
考えても仕方ないので他の場所の観察や願い事の消化をしていると夜が明け、視点が戻せるようになった。
男の無事を案じながら集落の様子を見ると、家の外に出てきて元気そうに伸びをしている男がいた。
それに続くように腰を屈めた状態で弱々しく出てくる集落の人達。
一体何があったんだ?
出てくる女性は皆淫魔種だ。まさかたった一人の男にしてやられたなんてことがあるはずが・・・。
・・・してやられてた。
それも全員同じような状況だ。いくら最近エネルギーを摂取していないとはいえそんな事あるのか?
男達の情報を一人ずつウィンドウに表示させ、詳細を確認する。
人種は人間種や亜人種などで淫魔種の血統を持った人は居ない。
どこかに共通点が無いかとしばらく見比べていると他称の部分にある共通点を見つけた。
皆必ず絶倫だの夜の帝王だのそれ関連の強さを表した他称を得ていた。
なるほど、つまり最初から元魔族の子達は彼らの精力の強さに目を付け、同行を頼んでいたのか。
時間が経過してヨタヨタ歩きが治った住民は野営へ向かい元魔族の女性達に感謝と謝罪をしている。
男と共に一夜を共にした者達の血色がそれまでと比べて大分良くなっているところを見るとエネルギー摂取が出来たのだろう。
元魔族の女性はそんな集落の人達の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべていた。
ただ、女性は魔族に戻るつもりは無いようで、種族画面を開いて見てたがコスプ族から変わりはなかった。
という事はいずれ男達を連れて帰るという事だ。
連れてきた男と夜を共にしていれば集落の活気は取り戻せるとは思うが、オアシスの街に帰ってしまえば元に戻ってしまう。
果たしてどうするのだろうか。
今後も注視を続けた方がよさそうだ。
今日は情報館に来ている。
正確に言えば情報館の裏手の小さな広場に来ている。
というのも今日は忍者好きの集まり、通称忍者組の召集があったからだ。
いつの間にか俺は指南役にされていて半ば強制的に参加が決まっていた。
集まったのは十数名の忍者好き達。
情報館のメイド達が大半だが、それ以外の人も居る。徐々に増えてきてるなぁ。
「皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日は手裏剣を使った実践編です。怪我の無いよう注意してください」
「はい!」
集まった人達はサチの挨拶にいつも以上にテンション高く返事をする。
その理由は服装が普段とは違う忍装束に身を包んでいるからだ。
忍装束と言っても和人族の忍者が着るような運動性、機密性重視の本格派から花柄や模様が入って派手になったコスプ族の忍者風衣装まで様々だ。
とりあえずそこの露出の高い忍者風の服着てる子は下に何か着ようか。
天機人だし念があるから怪我しても大丈夫?ダメだ、着なさい。・・・渋るね。じゃあ言い方を変えよう。
「忍者たるもの極力被害を出さず任務を遂行するのが一流だぞ」
・・・こう言うとあっさり聞き入れてくれるんだな。やれやれ。
さて、服装チェックも終わったところでサチが出した藁束の的に向かって竹の手裏剣を投げる。
「基本はこんな感じで縦回転をかけるように投げる。これは練習すれば誰でもやれるはずだ」
数回投げて見せ、藁束に上手く刺さると小さな歓声が起きる。実は昨日かなり練習したのは内緒だ。
命中はするものの綺麗に刺さるのはそこまで多くない。そもそも刺さるというより藁の隙間に挟まると言ったほうが正しいかもしれない。
「次に空想上の投げ方を実際やってみせようと思う。サチ」
「はい」
今度は俺の代わりにサチが手裏剣を全ての指の間に挟み、一斉に投げる。
投げた手裏剣は俺の投げた時とは違い、まるで藁束に収束するような軌道で動き、全て綺麗に刺さる。
「おぉ!」
俺のときより歓声が大きく起こる。
続いて手裏剣を皿を重ねたように手の上に乗せ、上から順に連続で水平投げをし、これも全て藁束に刺さる。
他にも前にサチが割りまくった割り箸を加工した棒手裏剣もどきを投げたりもして見せ、的が手裏剣まみれになった。
「以上が念を活用した手裏剣の投げ方になる。これに更に体の動きなどを加えればアクロバティックなカッコイイ忍者になれると思う」
「おぉ!!」
そう、この世界は割と何でもできる力、念のある世界だ。
そしてここの忍者好きが求めるものはカッコイイ忍者なのだ。
なので俺はサチに事前に空想上の手裏剣の投げ方を幾つか教え、念を使って制御できそうな投げ方を覚えて貰った。
教えたときのサチの興奮っぷりは凄かった。その後の忍者ごっこも大盛り上がりだったし。
サチの手本も終わったので今度は皆で実際手裏剣を投げる事にした。
「秘技!二重四手裏剣!」
「ちょっと命中率が低いわね」
「八枚投げて二枚かー・・・ちょっと微妙かも」
「みんな厳しいよぉ」
「そもそも忍者が必殺技叫んじゃダメなんじゃないの?」
「う・・・でもでも!その方がカッコいいじゃない!」
「確かに、それはわかる」
用意した的に向かってあれやこれやと話しながら和気藹々とそれぞれがカッコイイと思う投げ方で手裏剣を投げている。
参加者の多くが天機人というのもあり、サチほど念の精度が高くないのか命中率はそこそこだ。
正直そこそこでも念を使わない俺からすれば凄い事だと思う。
なんであんな踊るような投げ方で刺さるのかと。
ちなみに俺が念を使った場合、藁束に刺さる程度の制御だと不可能で、破壊する、貫通させるという事なら可能だった。勿論実際にはやってない。
「念を使わないで投げると結構難しくない?」
「本当?・・・本当だ、全然安定しない」
「丁寧に投げないと」
「手首のスナップを強めにして回転量を増やすと安定感増すかも」
本格派の服装をした子達が念を使わずに相談しながら投げている。
そうだろう、結構難しいんだぞ。フフ、俺も刺さるまで結構練習したんだ。そう易々と・・・うん、もう安定して刺さるようになったね。
やっぱり好きなものだと上達が早いなぁ。
ここの人達の能力の高さを改めて実感していると情報館の方からアリスがやってきた。
「主様、もしよろしければどうぞ」
アリスが氷の入ったグラスにお茶を注いで差し出してくれる。
「ありがたい。丁度いいタイミングだったよ」
「それは何よりです」
喉が潤ってくるとアリスが手裏剣を投げている子達の様子をジッと見ている事に気付く。
「忍者に興味あるのか?」
「興味・・・どうでしょうか、そもそも忍者がどのような者なのかよく存じませんので」
そういうアリスにざっくり忍者と忍者組が求めている忍者像について説明する。
「なるほど、一種の娯楽なのですね」
「まぁね。忠実な再現を求めるのではなく、情報を元に自分達の理想を創作しているという感じかもしれないな」
「創作ですか。そう聞くとちょっと興味を惹かれます」
「折角だし、ちょっと投げてみるか?」
「宜しいのですか?」
「うん。忍者組に入れとは言わないから気楽に参加してみて欲しい」
「ではお言葉に甘えて」
手持ちの手裏剣を二つ渡すとアリスは重さや感触を試しながら的の方へ歩いていく。
忍者の中にメイドが一人颯爽と歩く姿はなかなか面白い絵だ。
一人から軽く説明を受けるとアリスは的の前に立ち、両手を前に下ろし、いつも出迎えてくれるようなピシッとした姿勢で直立したまま目を閉じた。
「・・・」
その様子を一同静かに見守る。
そしてアリスが目を開いた次の瞬間バリバリと切り裂かれる音が的からした。
的は何かに十字に切り裂かれたような痕が出来、縦と横それぞれの端に手裏剣が深々と潜り込んでいた。
「良い経験でした」
「これはアリスがやったのか?」
「はい。主様から受け取った後、皆さんの視界に入らないよう放ち、制御してました」
「いつの間に。やるなぁ」
「忍ぶこと。それはメイドの道にも通ずるものがあると私は感じました」
「なるほど」
アリスは姿勢を正したまま堂々とした表情で答えた。
その表情から明確な意思表示が見て取れた。
どうやらアリスは忍者組には入るつもりは無いようだ。
知識として忍者を知りはするものの、そこから得られるものは全てメイドとしての能力を高めるために使う。そんな風に言ってる。
「では私はこれにて失礼致します」
圧倒された皆にアリスはスカートを広げて一礼し、颯爽と情報館へ戻っていった。
「はー。あそこまで一貫してるとカッコイイものがあるなぁ」
アリスの後姿を見て何となく口にした言葉がいけなかった。
「わかりますかソウ様!」
「素敵ですよね!」
「お、おう」
周囲に居た子達が一気に詰め寄りアリスの良さを次々語りだした。
俺の知らないアリスの良さを聞けるのは嬉しいが・・・待って、早いから、もうちょっと落ち着いて話してくれ。
そういえば忍者組の子達は基本的にミーハーな子が多かったんだったと止まらないマシンガントークを聞きながら再確認した。
「ぬぅ・・・」
夕食後、パネルを開いてるサチが唸る。
「上手くいかないのか?」
デザートの果物を切りながら状況を聞く。
「はい。やはり忍者服とメイド服を合わせるというのは至難の業のようです」
サチがやっているのは合体衣服の作成。
今日のアリスを見て何かを思ったらしく、家に帰って来てからずっとパネルを開いて衣服一覧とにらめっこしている。
合体衣服は二つの衣服データを掛け合わせて新しい衣服デザインを出力するというものなのだが、様子を見ると上手く行ってないようだ。
そもそも合体衣服のシステムが似た衣服同士を掛け合わせて最適化するものなので、似ていない忍者服とメイド服を掛け合わせる自体が割と無謀な挑戦だと俺は密かに思っている。
「うーん、これを見るとコスプ族というのは凄い人達なのですね」
「そうだな」
パネル内に合体衣服で作られたデータとコスプ族の作った衣服データを並べて表示させると明らかに後者の方が出来が良く見える。
仮にコスプ族が作った服同士を合体衣服で最適化しても不思議と元のオリジナルの方が良く見える。
サチもそれを感じているようで、その辺りのこともあって合体衣服に手間取っているのだろう。
仕方ない、ちょっと手伝うか。
切った果物を手に持って齧りながらサチの後ろに回り、パネルを見る。
「コスプ族の忍者風衣装って出せる?」
「この辺りがそうですね」
「んー・・・じゃあ例えばこの足が出てる短い丈のをベースにするだろ。で、これにフリル付エプロン、膝上ぐらいまでの短い奴、あぁ、それいいね。それと合わせてみてくれ」
「おぉ、なかなかいいですね」
「これだと和風メイドと大差がないから腕に長い手袋と手甲、脚は網の膝上丈ぐらいの靴下と脛に脚甲にして、頭にヘッドドレスを付ければそれっぽくならないか?」
「た、確かに!凄いですよ、ソウ!」
「コスプ族の人達程センスはないがこれでも一応異世界人だからな」
ただなぁ、この服装、ベースがコスプ族の服装だから間違いなく用途が忍者ではないんだよなぁ。
って、サチ?何着替えようとしてるんだ?後は着てから詰める?待て、落ち着け、せめて果物食べた後にしてくれ。
結局興奮状態になったサチを止められず、そのままなし崩し的にいつものごっこ遊びの流れになってしまった。
とりあえずサチには今日の衣装は広めないようにしてもらった。
あれを着た時の威力は危険だ。また着てもらおう、うん。
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