アレンジ料理
建物の外で歓声が聞こえる。
カレーが入った鍋の第一弾が到着したのだろう。
暴れず、苦情も言わず、静かに待っていてくれた外の人達に心の中でお待たせと言っておく。
ただ、今の俺はそのぐらいしか出来ない。
「ソウ様、これぐらいでいいですか?」
「うん、いい色だ。あげていいぞ」
「ソウ様!パン粉が残り少ないです!」
「念でパンの水気を飛ばしてカリカリにしたら袋に入れて叩くなりして粉々にしてみてくれ」
「ソウ様、から揚げ一回目揚がりました」
「よし、一度出して少し油の温度を上げるんだ。温度は衣の浮き上がり具合が早ければ高い証拠になる。温度が上がったらさっきの半分ぐらいの時間でさっと二度目を揚げてくれ」
「ソウ様!カレーにこの赤い粉全部入れていいですか!?」
「ダメだ!やるなら小さい鍋に分けてからやれ!」
と、こんな感じで大忙しな状況になっている。
実習で作ったカレーがほぼ無くなってしまったことにより、外で待ってる人達への分が完全に無くなってしまったので急いで大鍋で作り直したのがさっきのこと。
ただそれだけでは明らかに足りないのが目に見えていたので引き続きカレー作りをしている。
カレーを作っている間俺の周囲では色々な料理が作られている。
サラダ、から揚げ、トンカツ、ステーキなどカレーに合うであろう料理。それに加えてカレーの改良研究も始まっている。
まだ油が跳ねる料理が苦手な子が多いようで、から揚げはユキ、トンカツはルミナ、ステーキはリミが調理にあたっていて、他の子達は流れ作業で下拵えやサラダ作りをしてくれている。
「ルミナテース様、次の分です」
「はーい、ありがとー」
ルミナは下拵えの終わった豚肉の実を素手で掴んで油の中に滑らかに入れる。
「手馴れてきたな」
「入れるのはバッチリです!まだ菜箸の扱いに慣れませんけどー」
「もう素手で取り出そうとするなよ」
「はーい」
最初教えるときに菜箸の扱いが上手く出来ず、高温の油の中に手を突っ込んだときはさすがに驚いた。
ルミナ曰くこの程度の熱さどうという事は無いらしいのだが、油が鍋から溢れそうになるのと心臓に悪いので菜箸を使うよう指導した。
その点ユキやリミの菜箸の扱いは上手い。俺より上手く扱えてるかもしれない。
料理の方も聞くというよりは確認を取るという方が正しいぐらいだ。
彼女達的には先駆者に見てもらえるという状態が嬉しいのかもしれないな。
一方少し離れたところではワカバやモミジをはじめとした一部の子達がカレーの研究をしている。
ワカバはカレーをもっと辛くしたいようで、モミジは麺に合うカレーを考えているようだ。頑張れ。
サチはというと外で配膳の指揮を執ってくれている。
サチなら皆大人しく従ってくれるだろうし、効率的な配膳をしてくれるだろう。一緒に付いて行った配膳担当の子達も心強そうにしていた。
「ソウ様!」
俺の名を呼びながら勢い良く部屋に戻ってきたのはその配膳担当の子だった。
「どうした?」
手には先ほど渡した大鍋を片手で持っている。嫌な予感。
「カレー第一弾終了しました!」
いや、そんな好評でした!みたいな風に言われてもまだこっちの鍋は完成してないぞ。
というか無くなるの早すぎるだろう。
「こっち大鍋はもう少しかかる。研究班はどうだ?」
「私出せます!」
「あい」
ワカバとモミジ、その他数人の研究班が出せると手を挙げた。
モミジはカレーうどんか。うん、ただうどんにカレーぶっ掛けただけだな。
まぁ今回はこれでいいだろう、跳ねないように注意を促して提供してもらおう。
ワカバは・・・何だ?この真っ黒なカレーと真っ赤なカレー。
「自信作です!」
匂いを嗅ぐと明らかに刺激臭。匂いだけでじわっと汗が滲み出る感覚に襲われる。
「これはいつもの方々向けですか?」
「そうです!」
「いつもの?」
「常連さんの一部に熱狂的なワカバちゃんの料理ファンがいるのです」
「ほほう」
「赤い方はレベル三、黒い方はレベル五以上の方にお願いします!」
「五!?またヤバイもの作ったわね・・・」
「日々の研鑽の成果です!」
「うーん・・・。悪いけどワカバちゃんも一緒に来てくれる?これは作った本人から説明したほうがいいと思うわ」
「了解!モミジちゃんもいこ!」
「えー」
そう言ってワカバはまだ研究したそうなモミジを引き摺って配膳担当の子と一緒に部屋を出て行った。
「レベルってなんだ?」
「ワカバレベルの事ですか?いきなり激辛料理に挑戦できないように段階を設けているんです。五は相当ですよ」
「そんなになのか」
「以前ソウ様が召し上がった赤い麺が一、緑の麺が三と定めてあると言えばわかっていただけるかと」
「あー・・・理解した」
前にうどんの試食の時に食べたアレか。
緑は相当辛かったがそれで三となると五はかなり危険なものだな。試食しなくてよかった。
とりあえず研究班の子達が場を繋いでいる間に早いところ第二弾のカレーを作り終えてしまおう。
「ふー・・・」
調理していた子達も皆外に出て、静かになった調理室で椅子の背もたれに体重を預ける。
まさか第三弾まで作る事になるとは思わなかった。
やはりカツカレーやステーキカレー、から揚げトッピングを第二弾で出したのが起爆剤になってしまったか。
とはいえさすがに第三弾の鍋は大分余ったようで、皆には研究用にするなり自分達で食べるなり好きにするよう伝えた。
実習の時に食べ足りないという感じだったし恐らく直ぐに無くなるだろう。
むしろさっさと食べきって欲しいと思っている。そこまでクオリティが高いものでもないし。
皆と一緒に料理をして感じたが、全体的に料理の腕が上がってきたなと感じる。
レストランに足を運ぶ人も増えてきたし、徐々に料理がこの世界に浸透して来てる。嬉しい事だ。
ただ、下界と違ってこっちの世界は完全食があるため料理は趣味なんだよな。
果たしてどこまで広まるのだろうか、少し気になるところだ。
出来れば色々な人が関わって様々な料理が生み出されるといいなぁ。
下界や異世界の料理を自分で作って食べるというのもいいが、やっぱりここの世界の人が作った料理を食べたい気持ちが強い。
既にアレンジの研究を率先してやる子も出てきているし、近々口にできるかもしれない。楽しみだ。
「まだここにいましたか」
「おーサチ、お疲れさん」
「料理の提供はほぼ終わりました。人数は半分ほどまで減り、現在は食事と談話の時間となっています」
「そうか。何か問題はあったか?」
「大きな問題は特に。ワカバの提供したレベル五のカレーで苦悶する者が続出したぐらいでしょうか」
「カレーは複合調味料だから辛さの感じ方が他のと違うからなぁ。辛い他に苦いって言ってた人いなかったか?」
「・・・よく分かりましたね。確かにそう言う人もいました」
「短時間で辛さだけ上げた結果だな。付け焼刃で辛さだけ求めるとよく陥る現象だ」
「なるほど・・・。奥が深いのですね」
「うん。ワカバには後でアドバイスしておこう」
「よろしくお願いします」
「サチは何か食べたのか?」
「カレー用のトッピング料理を一切れだけ試食として頂きました」
「なんだ、カレーは食わなかったのか」
「ソウを置いて私だけ食事するわけにはいきません。ですので探しに来たのですが・・・もう大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。俺も外に行こう」
サチが気にしたのは俺の調理後の反動についてだ。
どうも俺は今回のように大量の料理を作るとその直後に食欲が若干低下するらしい。
前に家で大量に作った後に食の進みが悪い俺を気にしたサチが密かに統計を取り、最近その結果を教えてくれた。
全く自覚は無かったが、言われてみれば大量に調理すると食べた気になってしまい普段よりちょっと食べる量が少なかった気がする。
しばらく時間を置けば戻る事もサチの統計からわかってたので、先に皆を行かせて俺は休憩させて貰っていたところだった。
サチと共に外に出ると気付いた人がグラスを掲げたりして挨拶をしてくれたので軽く手を挙げて返す。
レストラン内にあるカレーの提供場所まで行くと手が空いて座って休んでいた子がこちらに気付いて立ち上がる。
「あ、ソウ様、サチナリア様、いらっしゃいませ」
「お疲れ様。どれぐらい残ってる?」
「カレーはまだまだ余裕があります。トッピングの方が各種少なくなっていますが、状況的にこのまま無くなり次第終了でよい状態かと」
「そかそか。んー・・・どんぶりある?」
「あります。少々お待ち下さい・・・どうぞ」
「ありがと」
空間収納から出して貰ったどんぶりにご飯を半分ほどまで盛ってカレーを掛け、全部のトッピングを少しずつ乗せる。
「ぜ、全部乗せですか」
「折角皆が作ってくれたものだからな」
「ちょっと重くありませんか?」
「確かにちょっと重いかもな。だがな・・・」
サチに言って以前作ったあるものを空間収納から出して貰う。
「これを最後に乗せればいいのさ」
トッピングの上に一つ半熟卵を乗せ、スプーンでそれを軽く割って見せる。
「・・・っ」
カレーの上にトンカツ、から揚げ、ステーキが乗り、中央から半熟卵からトロリと黄身が垂れる様子に二人から唾を飲み込む音が聞こえる。
「そ、ソウ様、その、申し上げ難いのですが、私実はまだ実習から何も食べていなくて・・・」
「そうか。じゃあこれはあげよう」
「っ!ありがとうございます!」
「ソウ!私もまだです!」
「わかったわかった。じゃあ三人同じスペシャルカレー丼にしよう。ただ、外で食べると見た人を刺激してしまうからこっそり食べよう」
「了解です!」
俺とサチはレストランの個室で、配膳担当の子は人が来ない時に食べることにした。
「ソウの言う通り料理は本当に自由ですね」
個室で先に食べ始めたサチがカレー丼を頬張りながら言う。
「ははは、それもこれも料理が作れる環境にしてくれた皆のおかげだ。感謝して頂くとしよう」
そう言って俺は前に手を合わせ、皆の結晶が詰まった丼を口に頬張った。
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