カレー教室

野営組と合流した調査隊は相談の後、継続してこの地に留まるらしい。


南下を始めたところを見ると魔神信仰者達が逃げるよう勧告したという人達を探しに行くようだ。


一行が南へ少し進むと視野範囲に人の集落らしきものと森が見えてくる。随分と禍々しい森だ。


一行が到着するまでこの辺りの情報を調べておこう。


集落に住んでいる人達はオアシスの街に流れてきた人と近い人種、淫魔種や夢魔種などが大半だ。


家屋にひしめき合って住んでいるところを見ると元々あった集落に北から避難してきた人が来たのだろう。


新しい家屋の建設もしてはいるようだが、進みは悪そうだ。


彼らは人種的に人の精をエネルギーにしなくてはいけない部分がある。


一般的な食事も可能なので生命活動の維持は出来はするが、エネルギーが無ければ安定した魔法も使えなくなってしまう。そんな人種だ。


集落全体がどんよりとした雰囲気だったり、男の姿が見当たらない辺り、ここしばらくエネルギー摂取をしていないのだろう。


一応近くの禍々しい森から得られる植物からエネルギーを得る薬を作ってはいるようだが、増えた人口を賄うほどは作り出せず、森に入れる人だけが薬を服用しているだけに留まっているのが現状みたいだ。


・・・状況はあまり良いとは言えないな。


これから来る一行がオアシスの街から持ってきた物資が届いたとて一時的にしか凌げず根本的な解決には繋がらないだろう。


安定的にエネルギー補給をする方法、種の存続、北の荒れた土地、そしてその更に北に居る魔神信仰者達。


ざっと軽く挙げただけでもこれだけの問題がある。


いっそ一斉に東に移動してオアシスの街の近くに新しく集落作った方がいいんじゃないかとも思えてくる。


ただ一部の人は慣れ親しんだ土地に愛着を持って離れよとしないので一斉移動は難しい。


そう言う人を残して土地を捨てるのも手としてはあるが、北から避難してきた人を受け入れるような人達には無理だろうな。


となれば問題を一つずつ解決していくしかないか。


同じ魔族領の中央都市から動きは無い。


静観しているのか、それとも見放してしまっているのか、少なくとも介入する様子は今のところ感じられない。


さて、どうなるかな。


一行と接触後に信者にでもなれば多少の願いなら叶える事はできるが、オアシスの街では恋愛の神扱いされてるから果たして解決に繋がる願いが来るだろうか。


困ってる人を受け入れるようないい人達だから出来れば上手く解決して欲しいなぁ。




「む・・・」


仕事終わりにサチがパネルを開くと何かに気付いたようだ。


「どうした?」


「ユキトリエミリーナとリュミネソラリエが料理について聞きたい事があると」


「久しぶりだな。なんだろう?」


「あー・・・」


内容を読んだサチが力の抜けた声を出す。


「どうした」


「警備隊の人達にカレーを食べた自慢をされて居ても立ってもいられなくなったようです」


「耳が早いな。もう少し精度を高めてから教えたかったんだが」


「どうしますか?」


「今日の予定は?」


「特にありません」


「じゃあ農園に行こう。ユキ達に準備しておくよう伝えておいてくれ」


「わかりました」


今日はカレー教室か。辛いものが好きなワカバ辺りが大喜びしそうな気がする。




農園の調理室のある建物に向かうと入り口に人だかりが出来ていた。


集まった人達の中に見知った顔がいないところを見ると食事に来ていた客だろうか。


「すみません。通していただけますか」


「あ、サチナリア様!」


サチに気付くと人だかりが割れ、入り口まで道が出来る。さすがサチの知名度だ。


「後ろの方、ソウ様じゃない?」


「え?あの人が?神様の?」


「サチナリア様と一緒にいる男性といえばソウ様でしょ」


「確かに」


人の間を通るとそんな小声が聞こえる。


うーん、俺ってそんな認識なのか。


間違っていないから別にいいが、前を歩くサチが渋い顔をしてそうだ。本当は溜息つきたいのを我慢してるんだろうな。何となく背中がそう言ってる。


建物内に入り調理室に入ると既に準備万端といった様子で皆が待っていてくれた。


「お待ちしておりました」


テーブルの上にはジャガイモやニンジンの他にもカレーに使えそうな具材が並んでいる。


「急だったのに集まってくれてありがとう。レストランの方は大丈夫なのか?」


「大丈夫です。スペシャルデーという事で新規の注文は一時的に停止する代わりに今日作った料理の一部を振舞うということで皆さんには納得して頂きました」


「そうか。わかった」


なるほど、入り口の人だかりは振舞い待ちの人たちか。


まだ調理すら開始していないのに気が早いなぁ。レストランでお茶でも飲んで待ってればいいのに。


でも気になる気持ちも分かる。なので出来るだけ良い料理が提供できるよう精一杯教えるとしよう。




「とまぁ俺の知ってるカレーってのはこの画像の料理をカレーって言ってた」


実習に入る前にユキ達からカレーの定義を教えて欲しいといわれたので先に座学をしている。


俺の背後と皆の手元には同じ画像が表示されており、俺が前に居た世界のカレーが表示されている。


「ただ、レシピ集を見たならわかると思うが、カレーは世界を跨いで存在する料理だ。この画像と似てなくてもカレーと言えばカレーなんだ」


こちらの世界に来て神の身となり、会合で別の世界の神々と交流するようになって分かったことがあった。


前の世界以外の世界にもカレーは存在した。


よくよく考えれば魂の行き来があるのだから魂を受け入れてる世界であれば似たような料理や技術があってもおかしくないのだ。


勿論下界にもカレーやカレーに似た料理は多く存在している。


まだ試してないが、そのうちレシピを集めてこっちでも作れないかやってみようと思っている。


「だから定義付けするってのはちょっと難しい。とりあえず複数の香辛料を使った料理がカレーってことでいいんじゃないか?」


「そんな雑な定義でいいのですか?」


「今のところはな。ちゃんと定義として作るとするならここの世界に住む皆で徐々に定めていけばいいさ」


「皆で、ですか」


「うん。だから自分の中に勝手に定義を作って他の人の料理を悪く言わないように。料理はいつだって自由なんだ」


「料理は自由!いい言葉ですね!」


ルミナが激しく同意してる。


「自由な分失敗したら責任を持って自分で何とかするんだぞ。俺も失敗してもなるべく食べるようにしてる」


「ソウ様も失敗するのですか?」


「するする。切り方、味、火加減、盛り付け、色々なところで失敗をしている。酷いとサチから食べるのを止められる時まである。食材提供してくれてる皆には悪いと思ってる。すまない」


「いえ、気にしないで下さい。そのおかげで私達は美味しい料理を教えていただけてるのですから」


「そう言ってくれると助かる。よし、そろそろ調理に移ろう。皆よろしく頼む」


「よろしくお願いします!」


外で待っている人達もいるし、失敗しないよう気をつけて教えよう。




カレー作りは順調に進んだ。


前に一度作っているというのもあるし、今回新しく導入した俺の手元を映す方法により俺の周りを大人数で囲わずともよくなったおかげで落ち着いて作れている。


それにこれまで俺が手本を見せてから皆で一斉に作ってたのがほぼ同時進行で作れるようになったおかげで時間短縮にも繋がっている。


今回作ってるカレーはスタンダードな辛さのカレーだ。


ただし具材の肉は班ごとに選ぶ形式を取っている。


というより肉の好みで班が決まったというべきかもしれない。


傾向としては農園の子達は牛肉の実、食材研究士達は鶏肉の実を好む子が多いみたいだ。


ちなみに俺の鍋は豚肉の実。実に若干癖があり、あまり好まれてないようで少数派だ。


実を薄めにスライスしてから皆に映されてる鍋とは別の鍋で軽く湯煎してからカレーの鍋に入れる。


こうすると豚肉の実独特の癖が抜けて美味い事を知ってる奴は少ないだろう。フッフッフ。


今回は具材の玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモは肉と一緒に油で炒めてしまう時短スタイルで作っている。


本来なら玉ねぎは細かく刻んで飴色になるまで炒めたり、ジャガイモやニンジンは煮崩れしないように別で火を通して後から入れる方法もあるのだが、この辺りは口頭だけで説明して各自で後日試してもらえばいいかなと思っている。


具材に火が通ったら塩と香辛料と水を入れて煮込む。


一応初回なので俺のと同じ調合量を各班に渡してある。


正直なところ物足りないと思う人も出るんじゃないかと思ってる。ある程度は塩で誤魔化されているが、俺自身が満足していない部分がある。


ただ、逆に考えれば最低限しか渡してないのでここからいくらでも改良が可能ということだ。


香辛料の配合を変える、新しく香辛料を加える、水ではなく出汁やスープにする、入れる具材を変える、トッピングを付けるなど幾らでも改良方法はある。


いつか皆が作った改良されたカレーを食べてみたいなぁ。


ぼんやりそんな事を考えながら鍋をかき混ぜているといつの間にか視線が集まっていた。


「ん?どうした?」


「いえ、どのぐらいの時間混ぜていればいいのかと・・・」


「あー・・・もういいか。火を止めて少し冷ましてくれ」


「冷ますのですか?」


「うん。ちょっと冷ました方が味が染みるからな」


カレーも煮物の一種なので火を止めてから少し時間を置いたほうが美味くなる。基本冷める時に味が具材に染み込むからな。


「くっ・・・我慢、我慢よ・・・」


「これは新手の訓練ね」


鍋を前にして苦悶する人が続出している。


いい匂いが部屋中に充満してるしわからんでもないが、そこまでか?


はいはい、鍋を凝視する暇があるならご飯やパンを用意する。あったほうが美味しく食えるぞ。


あと飲み物は水じゃなくて牛乳の方がいいかもな。なんで?んー、秘密だ。そのうち教えるよ。


主食やサラダを用意するとカレーも程よく冷めてきたので器によそって席に着く。


「では頂こう」


「いただきます!」


俺が手を合わせると皆も倣って手を合わせる。


すっかりこの挨拶もここの人達に馴染んだな。いいことだ。


自分の作ったカレーを口にするがやっぱりちょっと物足りない。


なんだろう、味の深みが足りない感じがする。要研究だな。


ところで何で皆そんなに立ち歩いてるんだ?え?もう食べ終えておかわり?早くない?


俺のも食わせろ?いいけど、そんな差ないだろう。豚肉の実のカレーが気になると。それならしょうがない、好きに持ってけ。


「ところで外で待ってる皆の分は残しておかなくていいのか?」


「・・・あ」


俺の一言と同時に皆の動きが止まり、カランと空の鍋におたまが落ちる音がした。

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