クレーマー
「考えすぎです」
一蹴された。
「確かに我々は視察の名目で来ていますが、同時に一客として来てもいます。他にも来ている人も居ますし、普通に楽しめば良いのです」
「そういうもんか」
「はい。しかもソウが奥から戻る形でルートを取ってくれたおかげで他の人と違う楽しみ方が出来ています。これは大きいですよ」
「そうか。じゃああまり深く考えずまわるか」
「そうしましょう。ということで、ソウの番です」
「・・・サチ、やっぱり良く後の事を考えた方がいいと思うんだ」
「つべこべ言わずに早く食べてください。まだ次に行かなくてはならないのですから」
そう言ってサチが器を押し出してくる。
器の中には小さい団子が一つ入っている。
中身は辛味餡子。
運試し団子と言われ渡された六個入りの小さな団子セットを順に食べて行ったら二人とも当たらず残り一個になってしまった。
そして俺の番。
難しい話を振ったがダメだった。ちくしょう。
「ほら、あーん」
「う・・・」
他の人の視線もあって拒否できない空間。
致し方ない。意を決して口に含む。
「うん・・・・んっ!?」
また唐辛子系の辛さが来ると思って覚悟して食べたら別の辛さが鼻を襲う。
これ唐辛子じゃない!ワサビだ!
唐辛子は口を開きたくなるがこっちは顔をしかめたくなる!しかも小粒の団子の癖にワサビの強さがかなり強い!
「・・・っあー・・・これは効く」
「み、水です」
サチが笑いをこらえながら水をくれる。うん、周囲も笑うの堪えてるね。いいよ、笑えよ。くそう。
「ちょっと強すぎましたか?大丈夫ですか?」
提供してくれた提供員が心配そうに聞いてくる。うん、心配してくれる君は味方だ。
「大丈夫だが、いきなりこれだときついものがあるな。もうちょっと優しいやつも用意しておいて欲しい」
「わかりました。伝えておきます」
できればワサビについても聞きたいところだが・・・これは後でいいか。サチに頼んで改めてちゃんと順を追って教えてもらおう。
まだ鼻奥辺りに若干のダメージを残しつつ先に歩き始めたサチを追う。
「あ、あの、スープはいかがですか?」
たどたどしい口調で呼び止められる。
「スープか。いいな。貰おう」
「は、はい。では奥へどうぞ」
サチに一声掛けて一緒に入店する。
どうやらこの辺りから中央部になってこのような入店式になるみたいだな。
「ど、どうぞ、特製スープです。熱いのでこちらのパンを浸けてお召し上がり下さい」
湯気の立つスープと一緒に細長の入れ物にスティック状に切られたパンが置かれる。
「スープはお一人様一杯限りですが、パンの方はおかわり自由となっております」
「わかった。ありがとう」
「な、何か御座いましたらお呼び下さい」
そう言って案内してくれた子は何度も礼をしながら再び呼び込みに戻っていった。
「さて、じゃあ頂こうか」
「はい」
一緒に軽く手を合わせてスープと向き合う。
湯気の量を見るにこれは相当熱そうだ。サチが隣でフーフー言ってるが、言われた通りパンを浸けて食べる方がよさそうだな。
パンを手に取ると硬い感触とひんやりとした冷たさを感じる。
よくよく見るとただのパンではなく半解凍状態のパンで、普通のパンよりきめが細かい。
なるほど、これを浸けて冷ましながら食べろってことだな。面白い。
・・・ほう、スープに浸けてもしんなりせずに程よい硬さを保ってる。
あぁ、芯までスープが行き届いてないのか。浸ける時間で色々楽しめそうだ。
浅く浸けるとクルトンのようなボリボリした食感になり、深く浸けるとパンにスープの味がしっかり染みて美味く、食べてて楽しい。
「むぅ・・・」
一方サチは未だにパンを使わずスープの熱さと格闘している。
どうやら最初の一口は普通にスープとして楽しみたいようだ。
推奨されてる食べ方は俺がやっているようにパンを浸して冷まして飲む方法だが、別に他の方法を試してもいいとは思う。みっともない食べ方にならなければ、だが。
そう思って静観しながら自分のスープを楽しんでるとサチがこっちを凝視してきた。
「なんだ?」
「あの、その食べ方は美味しいのですか?」
「うん、美味い。スープの方は塩気が抑えられた野菜スープで、パンの方に塩が練りこんであって浸すことで丁度良くなってる。パンを浸して食べる事を前提にした料理ってのが面白くていいな」
料理の評価を伝えた次の瞬間サチはパンを手に取りスープに浸した。
「・・・うん。うんうんうん」
浸したパンを口に含んでウンウン言ってる。確かにってことなのかな。
俺はパンを使うのを止めて塩気が丁度良くなったスープの残り半分をちまちま飲んでる。
最初からこの味付けで出しても美味しいとは思うが、パンによって好みの塩気に調節するっていう工夫がこの料理の良い所だ。
考えたの誰だろう?会ったら褒めたい。
「・・・はー・・・。確かにこれは推奨する食べ方が良いみたいですね」
気付いたら俺より早く飲み干して空になった器をテーブルに置く。は、早いな。
「・・・さてと。すみません」
食べ終えたサチが先ほど案内してくれた人を呼ぶ。
「は、はい、なんでしょうか!」
「スープのおかわり頂けますか?」
意外な一言に驚きサチの方を向く。
さっきスープは一人一杯限りって言われなかったか?
「えっと・・・」
「とても美味しかったのでおかわりをお願いします」
困る提供員にサチが追い討ちを掛けるように言う。
「あの、その、気に入って頂けたのは大変嬉しいのですが、お一人様一杯と決まっておりまして・・・」
「・・・そうですか」
「申し訳ありません・・・」
「私、主神補佐官のサチナリアと申します」
「え?あ、はい、存じております」
「その私が要求してもダメと言うのですか?」
「えぇ!?えっと、あの、その・・・」
提供員の視線があちこちに流れる。
「どうなのですか?」
更にサチが圧を掛ける。
すると提供員は思いっきり頭を下げる。
「す、すみません!仮にサチナリア様でも規則ですので提供することはできません!!」
「・・・」
答える提供員にサチは黙り、頭を上げるのを待つ。
「・・・分かりました。諦めます」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、ごめんなさい。実は貴女の事をちょっと試させて頂きました」
「・・・え?」
「今後今のようなクレームを入れる人が出てくると思い、貴女がちゃんと対応できるか見させて頂きました」
「え?それじゃ今のは?」
「演技です。おかわりが欲しいと思ったのは本当ですが」
「・・・よ、よかったぁー・・・」
演技だと分かると提供員は安心したのかヘナヘナと崩れ、テーブルに突っ伏してしまう。
ちなみに俺が口を出さなかったのは早々にサチに足を踏まれたからだ。今も踏まれてる。痛いし邪魔するつもり無いのでそろそろ離していただきたい。
「まだ慣れない仕事で不安や焦りがあるとは思いますが、今のようにちゃんと応対できる事は素晴らしいです。もっと自信を持って大丈夫ですよ」
「っ!ありがとうございます!」
「あと、スープご馳走様でした。美味しかったです」
「工夫も凝らしてあってよかったぞ」
サチの足が離れ、そろそろ次に行くと視線があったのでスープを飲み干してお礼を言う。
「ありがとうございました!またいらして下さい!」
見送る提供員に軽く手を挙げて挨拶をして後にする。
「ふぅ・・・。慣れない事をすると疲れます」
良心が痛んだのかサチが大きく溜息を付く。
「違和感無かったぞ」
「あったらばれるのでやる時はやります。まさかこんなところで夜の遊びが役に立つとは思いませんでしたが・・・」
「あー・・・」
そういえば以前サチがコスプ族のウェイトレス風服を着た時に難癖クレーマー役をやった事があったっけ。
確か偉い立場を誇示して従わせるみたいなそんなシチュエーションでやったような気がする。
「世の中何が役に立つかわからないものですね」
「本当にな」
「ということで今晩辺り参考数を増やすのに協力お願いします」
「えっ?」
「お願いします」
「・・・善処します」
結構シチュエーション考えるのも大変なんだけどなぁ。楽しいからいいけど。
とりあえず夜に備えて何か精力の付きそうなものがあれば狙って貰うようにしよう。
そんな変な目的を持ってその後の提供街を巡ることにした。
日も傾き、ちらほらと遠くの広場から来ていた人が飛び立つのが見える。
「・・・まだダメそうか?」
「・・・ダメですね」
サチから動きたくないという返答が来る。
俺達は町地区から少し離れた場所のベンチに座って背もたれに体重を預けている。
「ちょっと見通しが甘かったな」
「そうですね」
思考能力が低下していて会話も弾まない。
それもそうだ。今体は消化に必死でそれどころではないからだ。
これでも中央部での食事はかなり減らしたはずだった。
しかし出口に向かう途中の軽食につい足が向いてしまい、あれこれ貰ってしまった。
食べずに空間収納に入れて後で家で楽しむという事も出来たのだが、場の空気に呑まれてしまい口にしてしまった結果、町区画を出たところで一気に胃の限界が襲ってきてフラフラしながらここに不時着したのが結構前の時間。
念を使って浄化してしまうという手もあったが俺もサチもそれは野暮という考えに至り、座って休む事を選択した。
ここは観光道から少し外れた人目があまりつかない場所のようで、座ってから誰も見掛けていない。
カップルでいちゃつくには最適な場所かもしれないが、残念ながら俺もサチも今はそんな色気のあるような事をする余裕は無い。
ひとまず神と主神補佐官が満腹で身動きが取れないというみっともない姿を見られなくてよかったと思ってる。
「今日はどうでした?」
パネルを開きながら今日のレポートをまとめてるサチが聞いてくる。
「そうだなぁ。食べ物はどれも一工夫されててよかったな。前に助言はしたけどそこから更に考えられてた感じする」
助言と言ってもこんなのはどうだろうかという提案に近いものだったが、それをヒントにしたと思われるものがちらほらあってちょっと嬉しかった。
量や配置については全く関与してなかったので考えた人は凄いなと思った。
「あとは他を見て回れなかったのが残念だったな」
「そうですね」
既に日も傾き観光列車や町区画での提供は終了していて皆あとは帰るだけの状態だ。今からまわるのは得策ではないだろう。
別に夜開放してないわけではないが、特にライトアップもしていないし楽しめるところは少ない。
それこそ暗い中二人っきりという状況を楽しむぐらいしか思いつかないが、それなら警備隊の巡回が来ない別の島の方がいいと思う。
「土産品はどうでしたか?」
「どうって言われてもなぁ・・・」
町区画を歩いて感じたのは飲食の質が良かった点とお土産の少なさだった。
考えても見れば食べ物系であれば提供員から受け取って空間収納に入れれば済んでしまうし、念があるので道具類は必要と思う人が少ない。
かといって調味料とか置いたとしてもそもそも料理する人口がごく少数で欲しがる人が少ない。
「とりあえずお土産についても一度皆で話し合ったほうがいいなとは思った」
観光島ならでは、観光島でなければ手に入らない、そういうものが必要だなと感じた。
パッと思いつくのはキーホルダーやタペストリーだが、あれはコレクション的要素もあるから果たして観光島だけで欲しい人いるのかな。
あとはガリウスの香水とか石鹸とか茶葉とかか?・・・思ったより思いつくな。
ただ、思いつきはするが俺の感性とここの人の感性だとズレがあるからなぁ。やっぱり話し合いしたいところだな。
「そうですね。トーフィスの体調が戻ったら検討会を開きましょうか」
「ん?トーフィス体調崩してるのか?」
「はい。どうやら前日緊張のあまり倒れたらしく・・・」
「大丈夫なのか?」
「ヘリーゼが付き添いで看病しているらしく、今日の感想をいつ見せるべきか悩んでいるみたいです」
「とりあえず今日は見せるの止めて優しくしといてやるのがいいだろう」
「そのように伝えておきます」
「そのレポートも極力優しく書いてやってくれ」
「わかりました、善処します」
そうか、トーフィスはストレスでやられたか。
今日は関係者のみの開放とはいえ初のお披露目だったからなぁ。
そんな状態で一般開放日は大丈夫なのだろうか。
当日はそれこそヘリーゼ辺りに前から付き添って貰ってた方がいいのではないだろうか。
その辺りも今度の検討会で話しておいたほうがいいかもしれない。
そんな考えごとをしながらサチがレポートをまとめてる隣でこなれて来た腹をさすり、今日の余韻を楽しむ事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます