サチの全力
下界の湖上の街が視野範囲内に入った。
しかもほぼ全域が見られるぐらいしっかりとした範囲で。
というのも密林を探索していた信者の一組が地盤沈下に巻き込まれ、湖上の街に流れ着いたからだ。
元々密林は地盤の緩いところがあり、南にいけば行くほどそれが不安定になるので今回二人はそれに巻き込まれてしまったようだ。
落ちる際に抱き合って無事を祈った願いは俺のところにちゃんと届いたので死なないよう二人にはごく短時間ではあるが加護を付けた。
お互い自分の無事ではなく相手の無事を祈るなんてなかなか見所のある二人だったしな。
二人は湖上の街の湖に流れ着くと直ぐに救助、保護された。
どうやら湖上の街では水量が増したり密林方面で変化があると即座に対応できるようになっており、今回も出水場所付近に待機していた人達がいち早く気付いてくれたようだ。
そんなわけで現在下界の時間を止めて情報収集に当たっている。
以前一度見たとはいえちゃんと情報収集するのは今回が初なのでじっくりと行う事にしてる。
サチが解析中に俺は街の様子を見て回っているが、中央都市とはまた違う魔科学文化の街だというのがわかる。
まず気付くのが作られているものの素材の大半が木材であること。
湖の底まで根を伸ばす木を栽培し、その木を加工して様々な物を生み出している。
この加工という部分が他の街とは違い、ただ単に木材を切ったり削ったりして使っているだけではないところだ。
木材を極限まで分解し、微細な繊維状にしたものを乾かした木材に再び高圧力で押し込む事で金属並の強度を持つ素材にしているのだ。
そうする事で石材や金属といった他では安易に手に入れられる物を賄っている。
次に気付いたのが食生活。
意外な事にここでは米と魚が主な食料となっている。
ただしここの米も魚も少し他の地域と品種違う。
米は水耕栽培に適した品種で綺麗な水を必要とする代わりに品質の高い米が出来ている。
魚は大河や海と違って獰猛な魚は少なく、食に向いた魚を湖全体を使って養殖している。
他にも野菜や葉物も栽培しているが、全て水耕栽培で育つものに限られているので根菜類が限りなく少ない。
食事をする場所は共同施設しかなく、家で料理をするという事はしないようだ。
トイレや風呂も共同施設になっており、専用の浄化装置が備え付けてあって水へかなり気を使っている。
ふーむ、こうやってみるとかなり規律的な生活をしている感じがするな。
元々エルフという種がそういう性質を持っていたからかもしれないが、やはり環境という部分もあるだろなぁ。
しかし今回そこに密林から人がやってきた事でどう変化するのだろうか。
既に話し合いが行われてるみたいだし、二人をどう扱うのか今後が気になるところだ。
仕事が終わり、いつもの片付けの時間だがサチがちょっとウキウキしている。
「そんなに楽しみなのか?」
「そう見えますか?」
「うん」
「まぁ楽しみか楽しみではないかで分ければ楽しみではありますね」
平静を保とうとしているが手がわきわきしてて隠せてないぞ。
このサチのウキウキはこの後一緒に向かうところと関係がある。
ストレス発散には丁度いいとしか聞いておらず、何をするかは現地に着いてからのお楽しみらしい。
うーん、何をするのだろうか。
転移で向かった先は会議島。
技師達の出迎えを受け、島の一角にある場所へ移動する。
そこは本館から少し離れた場所にあり、確か念を使っても大丈夫なつくりの部屋で学校の実技館のような場所だったと記憶してる。
という事は今日は念関連の用事なのだろうか。
「ソウ様こちらへいらっしゃった事は?」
「会議島自体には何度かあるが、こっちの方は来たこと無いな。学校の実技館のような場所がこっちの方にあるとは聞いてたが」
「はい、これから向かう場所は屈指の丈夫さを誇る部屋だと思います」
「ほうほう」
技師の説明によると学校の実技館より更に丈夫な構造をした部屋で、日々研究を行ってる試験場のような場所らしい。
「ここです」
移動の足が止まった前には重厚な扉があり、技師がパネルを操作すると扉が開いて中に明かりが点る。
中は学校の実技館と同じような素材で作られた部屋で、広さは実技館より少し狭い。
サチは技師達と何やら打ち合わせをしていて忙しそうなので俺は試験場内を少し見て回らせて貰う。
ふーむ、変わった壁だ。
軽く叩くとカンカンと金属のような高い音がするのに指で押すとちょっと弾力のあるような感触になる。
爪で引っ掻いても傷一つ付かないどころか痕すら残らない。うーん、謎素材。
「ソウ様、こちらへ」
「ん?わかった」
技師達に案内され観客席のような場所へ移動する。
「それでは本日の実験を開始します。サチナリア様、よろしくお願いします」
「はい」
部屋の中央に残ったサチがこっちを見ながら返事を返す。
ん?何さ。目見開いてよく見てろって顔してるな。大丈夫、ちゃんと見てるから。
最初の実験は壁と同じ素材で作られた台の上に並べられた物への耐久試験。
サチは並べられたものを確認してから念を使い、強度を確かめている。
「どうでしょうか」
「悪くない出来です」
「ありがとうございます。では次に移ってください」
そう言われるとサチは少し離れて置かれていた物を次々と念で破壊していく。
熱する、冷やす、切断する、衝撃を与える、一点を集中して貫くなど的確にその素材の弱点見抜いて壊す様はなかなかの破壊者っぷりだ。
一つ壊す度に技師達に気付かれない程度ににやっとしてる。楽しいんだな。俺にはわかるぞ。
しかしさっきはサチの念にも耐えられたのに違う方面から刺激されるとこうも脆くなるもんなんだな。
この辺り人も物もあまり変わらないような気がしてくる。
「ふぅ」
「お疲れ様です。では次の実験へ移ります」
今度は台座には何も置かずに何かするようだ。
ん?準備に当たってた技師達も足早にこっちに来る。なんだ?
「全員移動完了しました。始めてください」
「わかりました」
開始の指示を貰うとサチは台座から距離を取り、呼吸を整え、羽を出す。
腕を突き出し右手で台座を指し、左手は右手首を掴んで羽を大きく広げると右手の指先に小さな炎が現れる。
小さな炎は次第に炎からだんだんと赤白い熱の球体へ変化していく。
パネルを見てる技師達が何やら小さな声でざわついてるが、サチが集中してるんだから静かにしてあげて欲しい。
「ッ!!」
熱の球体がパリパリと音を放ち始めたところでサチは台座に向かって球体を撃つ。
俺の目でも追える程度の速さの球ではあるがアレがかなりの高出力の物というのは何となく理解できる。
技師が着弾に備えてるが俺は特に何もしないでじっと様子を見ている。
サチがこっちに被害が及ぶような事をするわけがないからな。ちゃんとその辺りは計算してるはずだ。・・・大丈夫だよな?
球体が台座に触れた瞬間パンッと破裂する音がする。・・・あれ?不発か?
そう思った次の瞬間台座から屋内全体の壁へ赤い波紋が広がり屋内が揺れる。
「むぅ、ダメですか。ならば次です」
そこからのサチは早かった。
先ほどとはうって変わり次から次へと属性を変えた攻撃を台座へ繰り出す。
どれも先ほど台座の上に置いた物を破壊した時より高威力でその度に台座から部屋の壁に衝撃が伝わって部屋が揺れたが、何より攻撃を放ってるサチが活き活きとしてたのが印象的だった。
恐らくあれがサチが放てる全力の念なのだろう。
全力と言っても制御できる範囲内ではあるだろうけど、次々にここまで撃てるのは凄いと思う。
「・・・ふー」
一通り攻撃をして満足したのか羽を収めて額の汗を拭う。
「お、終わりましたか?」
「はい。確認お願いします」
最早サチの念の検証をするどころではなく、身を寄せ合って怯えてた技師達がやっと動き出す。
入れ替わるようにサチがこちらへ戻ってくる。
「どうでしたか・・・っとと」
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。さすがにちょっと疲れました」
フラっとしたところを抱き留める。息が少し荒い。
だがその表情は運動した後のような爽やかさがある。
「あれがサチの全力の念なのか?」
「んー・・・もうちょっと出そうと思えば出せますが、今回はちょっと趣旨を変えてみましたのであのぐらいが妥当と言ったところです」
「そうなのか」
まだ余力を残してるのか。凄いな。
サチに感心してると台座から技師がこちらに戻ってきた。
「サチナリア様、台座の調査終わりました」
「ご苦労様。どうでしたか?」
「特に変化はありませんでした」
「そうですか。残念です」
「しかしこれまでで一番反響が強かったです」
「ふむ。今回念の構築を変えてみたのですが、出力を出すならこちらの方が良さそうですね。後ほどまとめておきます」
「はい、よろしくお願いします」
サチと技師で何やら念の専門的な話が交わされてるが構築とかその辺りは俺は良く分からないので黙ってやり取りを見ている。
「あ、そうだ。もし宜しければソウ様もいかがですか?」
「ん?え?な、なに?」
「あの台座に形状変化を与えられるか試していただけないでしょうか」
「試すって言われてもなぁ・・・」
特に俺はルミナみたいに腕っ節が強いわけでもないし、念も今はサチとの約束で使わないようにしてるから何か出来そうな事は無いと思うんだが。
「念を使ってみてはどうですか?」
そう思ってたらサチが念の解禁を提案してきた。
「いいのか?」
「えぇ。技術研究の一環ですから私からもお願いしたいです。神力も現在安定供給域ですし」
「ふむ。サチがそういうならちょっと試してみよう」
何か出来る気はしないんだけどなぁ。
まぁ折角の機会だ、気楽に試してみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます