光りと香り

下界の北の領で活動していた行商人兄妹が月光族の港町から船に乗っている。


どうやら師である草原の街の商人のところへ向かうようだ。


北の領であれこれ商売の仕入れをしていた他に、祝い品も仕入れていたところを見ると出産祝いをしに行くのだろう。いい事だ。


ただなんというか量が凄い事になってるんだよな。


大河を渡る船の荷物の大半がこの兄妹の荷物になっているぐらいに多い。


そんな荷物の量を見た船の乗組員はニコニコだ。


基本的に大河を渡る船の乗船賃は人数と荷物の量に比例して増える。


しかも定期的に運搬する場合の割引も適用されない一般価格での運搬となれば乗組員からしてみればボーナスのようなものだろう。そりゃ笑顔にもなる。


しかし行商人兄妹もただで一般価格を支払う気は無いようだ。


積荷の中に他とは別に妙に開封しやすく、即席で使えるようにしてある食料品を入れた箱がある。


恐らくこれは着いた先の漁村で乗組員達が気前良く飲み食いする事を予測し、現地で食糧不足が発生した際に求めに応じられるようにしてあるのだろう。


既に価格表も用意してあり、相場の一割増しにしてある。


二割増し、三割増しの価格表もあることはあるが、取り出しやすい箱に入っているのはこの一割増しの価格表を使うと思われる。


何故このように数種類用意してあるのかと言うと、商人の世界には譲歩的依頼法という手法がある。


恐らく求められたら最初に三割から五割増しで価格指定するつもりだろう。


勿論買う方も商売をする者が多いのでそれでは応じず、双方の交渉の末一割で手を打ち、結果として相場より高く取引成立させるというのが譲歩的依頼法の使い方だ。


しかも行商人兄妹は漁村から更に草原の街へ荷物を輸送しなければならないため、そこでも費用が出る。


その費用を捻出する意味でも漁村で儲けを出し、荷物を減らし運送費用を少しでも減らした上で現地で調達した資金を使うという数重の思惑がこの箱に込められている。


うん、まだ船は出港したばかりだからこれが合ってるかどうかはまだ分からないが十中八九そんな感じだろう。


俺だって無駄に下界を眺めているわけじゃない。これぐらい予想できるようにはなってるはずだ。フフン。




「・・・」


「何かがっかりしてませんか?」


「いや、してない。問題ない」


画面には大河の中央を過ぎた辺りの映像が流れている。


既に魚群からの猛攻は終わり、後は風の流れに任せて船を漁村に向かわせるだけになった状態だ。


その船の上では獲った魚を使った料理が盛大に振舞われ、賑やかな風景が映っている。


料理に使われてる食材の一部は行商人兄妹の持ち込んだ物から使われている。


それは俺が気にしてた例の箱から一割増しの価格で売られたものだった。


まさか船内で取引があるとは思わなかった。くそぅ。


てことはあの二割、三割の価格表も使われる予定があるのか?予備じゃなかったのか?


・・・使われてた。


その後漁村では二割の価格表が、草原の街では三割の価格表がしっかり使われていた。


しかも何が凄いって交渉で用意してたその表にしっかり交渉を収めているところだ。


普通ならもう少し上下するものだと思うんだが。


うーん・・・女商人と共に北の領で活動した成果なのだろうか。恐るべき商才だな、行商人兄妹。


師である商人の家で子供を抱かせて貰い、泣かれて困ってる様子が映ってるのを見ると人は色々な面を持ってるという事をしみじみ感じてしまうな。




今日は雨ではないが工作をしたい気分なので工作の日にした。


コタツの上にはこの前作った和紙、ガリウスから貰った香水、それにコンロ、竹、ご飯、水。


道具入れも横に待機させ準備万端だ。


まずは竹の加工から始める。


鉈で大まかに切ってからナイフで細かく整える。


棒状の竹に加工したらコンロを点けて弱火で炙る。


「おぉ・・・」


炙った竹に少しずつ力を加えると徐々に曲がっていく様子を見てサチが声をあげる。


「竹は熱を加えると曲がるのですね」


「うん。だから色々に加工できるんだ」


「ちょっと私もやってみていいですか?」


お、珍しいな。サチが興味示すなんて。


「曲げる途中でささくれたりするから手気をつけて」


「わかりました」


多めに切った棒状の竹の一部を渡して俺は竹を曲げる作業に戻る。


「あっ」


作業を続けてるとサチの方からパキッという音がする。折れちゃったか?


「むぅ、結構難しいですね」


「そりゃ念で制御しながらやろうとすりゃ難易度上がるだろうよ」


サチはコンロを使わず自分で念を使って曲げようと試している。


曲げる作業ですら繊細で集中力がいるのにそれを念でやろうとしているからな。


よし、俺の方は円形に出来る程度に曲がった。


この状態で水で冷やせばこの形で維持される。金属と同じだ。


あとは自力で調節してご飯粒をつぶして接着すれば竹の輪の完成だ。


あとこれをもう一つ作る。集中集中。


あの、サチさんや、失敗して折るのは構わないから消し炭にしないでいただきたい。


後でちゃんとそれも何かに使うから、うん、本当。だからイライラしないで気楽にな、うん。・・・やれやれ。


竹の輪を二つ作ったら今度は器の中に少量の水と香水を入れ、混ぜてから竹の棒を浸して液を染み込ませる。


香る竹の棒になったらそれを等間隔に竹の輪同士を繋げるように付けて円筒状にする。


竹の輪が綺麗な円形になってないせいか若干歪みがあるが、この辺りはご愛嬌だ。試作だし。


香水入りの水に今度はつぶしたご飯を入れて粒が無くなるまでよく混ぜて粘り気のある液体にする。


それを円筒の柱部分の竹の棒に付け、乾かないうちに素早く和紙を貼り付ける。


「よし。できた」


「できましたか?」


いつの間にか背後に回ってたサチが肩から手を回して抱きついてくる。


「後は蓋を作ったり小物を作ったりすれば今日の工作は終わりだが、一旦休憩入れよう」


「そうしましょう」


・・・うん、背中から離れるつもり無いのか。


そういえば竹を曲げるのはどうした?


あぁ、全部折っちゃったのね。まだやる?もういいのね、そうか。


でも悔しいと。それでベタベタくっついているんだな。なるほど。


だがあまりくっつきすぎると俺がその気になるぞ?望むところと。よかろう。


休憩が休憩ではなくなってしまったがどうせ和紙が乾くまで待たなくてはいけなかったのでこれはこれでよしとするか。




夜、コタツの上に先ほど作った和紙を貼った筒を置く。


「結局これは何なのですか?」


「まぁ見てろって」


筒の中央にサチが折った竹の棒を編んで作った簡易コースターを置き、その上に水入りの竹の一輪挿しを置く。


しばらく待つと光の精が寄って来て一輪挿しに光が集中したところで同じく竹で編んだ蓋をして離れる。


「どうだ?」


「照明具だったのですね」


「うん。ちょっと形はアレだが悪くないだろう」


「はい」


俺が作ったのは前の世界の記憶にあった行灯だ。


失敗気味だった和紙を作った時、利用方法を考えた際にぼんやり頭に浮かんだのがこれだった。


それに加えガリウスから香水を貰ったので一緒に利用する事にしてみた。


ま、俺が作るならこんなもんかと思う出来栄えだったが、実際行灯として置いてみるとこれはこれでいいかなと思えてくる。


眩しく感じた集まった光の精もこれなら良い具合に軽減されて屋内に淡い光を満たしてくれている。


不規則に繋がった羽綿草の繊維が光で透き通って見えて不思議な模様として見えて面白さもある。


ちょっと残念なのが香水の香りがちょっと弱い事かな。もうちょっと濃くしてもよかったと思う。


「これに名前はあるのですか?」


「行灯かな」


「行灯、ですか。和人族の街で見かける照明具に似ていますね」


「あぁ、あっちのは提灯だな。店の入り口とかに掛かってるやつだろ?」


「はい」


「提灯はこれが進化したやつ。提灯は折り畳めるようになってる分持ち運びが楽になってる」


「なるほど。効率化が図られた物なのですね」


「うん。最初は行灯を棒の先に吊り下げてたんだが、提灯が出来て行灯は置いて使う方、提灯は持ち運んだり吊り下げたりする方へそれぞれ進化した形になってたんだったかな。これは進化前の古い方の行灯の形に近いと思う」


「照明具の進化ですか。面白いですね、もう少し詳しくお願いします」


どうやらサチの知識欲を刺激してしまったようで、パネルを出して説明を求めてきた。


俺もそこまで詳しいわけじゃないんだけどなぁ。


とりあえず知ってる分だけでも話すか。


光が淡くなったからか行灯に照らされながらだと気持ちがいつもより落ち着いて話せた気がした。

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