香水
「む、美味いな」
「お口に合ったようで光栄ですわん」
リリックリアンことガリウスからお茶の誘いを受けたのが先ほどの事。
こちらの返事を聞く間もなく空間収納からテーブルと椅子を取り出し、片手で軽々と配置し、手馴れた手付きでお茶を淹れてくれた。
さすがにそこまでされては断るわけにもいかず、頂く事にしたのだが、思った以上にお茶が美味い。
うーむ、美の探求者と自称するだけあってその辺りのクオリティの高さを感じる。
女装した巨体がからは想像できんな普通。
同じ物のはずなのにガリウスの持ってるティーカップだけやたら小さく見えるし。姿勢正してる姿が妙に迫力あるし。存在感が凄い。
「しかしこれを拾ったのが風の精とはさすがのアタシでも予想できなかったわ」
ガリウスの目線の先には風の精が拾った香水の小瓶が置いてある。
「風の精は匂いが好きだからな。種類は問わず強ければ何でもいいらしい」
「なるほどねぇ。是、非、お近付きになりたいわんっ」
そう言って俺とサチとは別の、木の生えてる方へ向かってウィンクをする。
木の陰には風の精がこっちの様子を恐る恐る伺っていたようで、ウィンクを飛ばされ慌てて木の陰に隠れてしまった。
「んもぉー、照れ屋さんなんだからぁー」
「ははは・・・」
照れ屋じゃなくて警戒してるだけだと思うぞ。
確かにこの見た目では色々と警戒したくなる気持ちはわかる。
さっきから俺にねっとりとした視線浴びせてくるしな。ホントやめていただきたい。
「そういえばその香水は自作した物なんだって?」
「そうよぉー。アタシってば汗っかきだから臭いが気になっちゃってぇー」
「あー・・・その体じゃな・・・」
「体の見た目は美しくなったのですけどね!」
あぁ、うん、力こぶ作って見せなくていいから。また服が裂けるぞ。
「浄化の念を使ってればそんな臭いなんてしないと思うんだが」
「ダメなの!アタシそれじゃダメなの!聞いてぇ、ソウ様ぁー」
「お、おう。どうした」
「水分って臭いを吸収するでしょ?もしアタシの汗が変な臭いを吸ってぇ、そこから変な臭いがすると考え始めちゃったら耐えられなくなっちゃってねぇー・・・」
「それで香水でいい香りを身に纏ってればそっちの匂いを吸収するんじゃないかと思ったのか」
「そうなのよぉー!理解が早くて助かるわぁー!」
うん、手を掴んでブンブン振らないで、嬉しいのはわかったから。
「・・・」
興奮気味なガリウスの様子をサチが冷ややかな目で見ながら小さく溜息を付く。
さも私は理解できないと言った感じだな。
実際ガリウスの話は理論的にはあまり正しくないとは俺も思う。
だが人の思い込みというのは他人が思ってる以上に本人を支配するのものなので、変に指摘するより安定しているのなら現状維持を取った方がいい場合がある。
前にうちに来た押し売りの二人組みは他人に迷惑を掛けてたので問題だったが、今回は無理に指摘する必要が無いと判断してるのでサチも黙っているのだろう。
「ち、ちなみにその落とした香水以外にも違う匂いの香水はあるのか?」
いつまで経っても手を離してくれないので話題を変える。
「あるわよぉー。あら、ご興味お、あ、り?」
「少しな」
「少し、ね。いいわ、ソウ様に香水の魅力教えてあ、げ、る」
うーん、ホント視界が辛い。
何が悲しくて女装した大男のポージングを至近距離で見させられなきゃいかんのだ。
いいから、取り出すときいちいち別のポーズにならなくていいから。くねくねもするな。普通に出して、お願いします。
サチは見たくないのか目を瞑ってるし。くっ、俺もそうしたい。
「こんなもんかしらん」
テーブルの上には色の付いたガラスの小瓶が並ぶ。
小瓶の形に統一性があるのでこうやって並べた小瓶を見るだけでもちょっと華やかな気持ちになる。
「開けても?」
「ど、う、ぞ」
ウィンク攻撃を適当にいなして近くにある小瓶から開けて匂いを確かめていく。
ふむ、花っぽい匂いの物が多いな。
お、これは果物の香りだ。ちょっと口の中の涎の量が増えた気がする。
瓶の色によって匂いの傾向が違うのか。花系は赤、果物系は黄色の瓶になってる。
ではこの一つだけ違う緑の瓶は何なんだろうか。
「むっ!」
「あーそれはちょっと他のと違う毛色してるやつね。実験的に作ったものの人に勧めるような匂いでもないやつよ」
「確かに体につけるにはあまり向いて無い匂いかもしれないな」
「そうなの。リラックスする匂いではあるんだけどねぇー。ちょっと失敗したわ」
「んー。もし使い道無くて持て余してるならこれ譲ってくれないか?」
「これを?勿論いいけど・・・。出来ればアタシは他のを選んで欲しいわぁ。お願い、え、ら、ん、で」
「わかったわかった。じゃあ他にも数本選ぶから」
顔面の圧に気圧されて何本か選ぶ事になってしまった。
まぁいいか、この緑の以外にも使い道がありそうなのを選ぼう。
自分の前に五本の香水が並ぶ。
「これでいいか?」
「なかなか変わったチョイスなさるのね。さすがのアタシも読めなかったわ」
「確かに傾向無いかもな」
俺が選んだのは最初の緑の以外にもあまり匂いに共通点が無いものだった。
まぁ折角貰うなら違う方がいいと思って選んだだけなんだが。
「じゃあ使い方を教えるわね」
「あぁ、頼む」
「・・・フンッ!!」
「!?」
次の瞬間ガリウルの上半身の衣服が弾け飛んだ。
俺もサチもあまりの事態に二人して体がびくっとなってしまった。
「まずこの香水を手に出してぇ・・・それを体に、こう!!」
手に出した香水液を自分の胸にピシャンといい音を立てて付ける。
「ぶふっ」
あまりのいい音にカップに口をつけてたサチが噴出す。手が震えてるぞ。
「他にも気になるところに、こう!!」
いちいち筋肉を見せ付けるようにしながら脇や首に香水を付けていく。
「えほっえほっ」
そんな様子がツボに入ったのかサチが咽てる。大丈夫か?
「どう?おわかりいただけたかしらん?」
「あ、あぁ」
「無くなったらまた言ってねん。作っておくわぁー」
「わかった、ありがとう」
礼は言ったものの俺はこんな大胆な使い方はしないと思う。
ガリウスから強烈な匂いが発せられてるからな。
そんな強い匂いは俺は求めてない。ほんのりでいいんだほんのりで。
あの、だからちょっとずつ距離縮めてくるのやめてくれないかな。
ただでさえ上半身裸の大男な上に、強烈な匂いを放ってるし、肌テッカテカだし。
「・・・あら。いっけない、結構長居してしまってたわ。この後会合があったのすっかり忘れてたわぁー」
「お、そうなのか」
何かに気付いて披露状態から元に戻って服を再び着て帰る準備を始めたので一緒に片付けようと立ち上がる。
「あ、いいわ、そのままでいてくだすって。これら一式差し上げるわ」
「え?差し上げるって言われても」
「まだテーブルと椅子は一杯あるのよん。あと、そのティーセットはアタシの自身作なの。良ければ使ってあ、げ、て」
「あ、あぁ、悪いな、色々貰ってしまって」
「いいのいいの。アタシとしてはソウ様とコネクションが出来たってだけで大収穫だもの。それじゃまたお会いしましょ。アデュー」
そう言って投げキッスをしてルミナ並みの勢いで飛んで行ってしまった。
「・・・なんか凄い人だったな・・・」
「そうですね」
「これどうする?」
「折角いただいたのですから使わせていただきましょう」
「じゃあ庭にでも置いておくか」
ティーセットはそのまま日常使い用にして、テーブルと椅子は庭に持って行き屋外用となった。
置いた後様子を見てた風の精がやってきてテーブルに残った香水の残り香を嗅ぎながら昼寝してたのが印象的だった。
夜、ガリウスから貰った緑の瓶を再び開けて匂いを確かめる。
「うん、やっぱり畳だ」
「畳というと和人族の家屋で見られる草を編んで作られた床の事ですか?」
「そう、それ。それと同じ匂いがする」
「確かにちょっと独特な香りがしますね。どことなくドリスの持ってきたお茶と似た雰囲気を感じます」
「どっちも和文化という点では共通してるからその認識はあながち間違ってないな」
「そうですか」
ちょっと和文化が理解できたようでサチは嬉しそうだ。
「ですがこれを体に付けるのは少々受けが悪い気がします」
「そうだな。だからこれに付ける」
「枕、ですか?」
「うん。直接付けるのはちょっと気が引けるからタオルに染み込ませて巻いてみようかと思ってる」
「なるほど。やってみましょう」
サチが出してくれたタオルに畳の香りがする香水を少し薄めたのを数滴落として揉んで馴染ませる。
「どう?」
「ほんのり香りがします」
「じゃあ早速枕に巻いてみよう」
枕に巻いて二人で横になる。
「あーこれは落ち着きますね。よく眠れそうです」
「うん。この匂いがあるって事は原料となるものがあるはずだから今度それを教えて貰おうかな。でも出来れば頻繁には会いたくないなぁ。妙な危機感を感じる」
「気をつけてください。あの人は相当な情報通なので」
「そうなのか?」
俺が危機感を感じるのはそういうのとはまたちょっと違う気もするんだが。
「ガラス職人としての腕は瓶を見ていただければ分かるように確かなもので、その他にも情報屋としての一面を持っており、なかなか侮れない人物です」
「そうだったのか。あんな物理的な体してんのに」
「ぶ、物理的な体っ。た、確かに彼の動きは面白いですけどっ」
どうやら昼間見た香水を付けるシーンを思い出したらしい。
「原液そのまま体に塗ってたからなぁ。とんでもない匂い発してた」
「ソウの引きつった顔も面白かったですよ」
「気がつくと距離をジリジリ詰めて来るからなアイツ」
「気に入られてしまったようですね」
「人に好かれるのは嬉しいが、ああいう気に入られ方は勘弁して欲しい」
「ふむ。これは誰のものか一度知らしめておいたほうがよさそうですね」
「おいおい、人をもの扱いするんじゃない」
「いいのです、私ですから」
「えぇ・・・」
困惑しながらも腕を全身で掴まれて良いところが一杯当たるので許すことにした。
うん、やっぱり抱きつかれるならサチに限るな。改めてそう思う。
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