-妹と闇の精-
私にはお姉ちゃんがいる。
精霊学士という精霊を研究する珍しい職業に就いている。
最初は採掘師になろうと思っていたが、今は精霊について調べる精霊学士という新しい職業を立ち上げて日夜頑張っている。
最近になって精霊の新しい情報が増えてきたせいか、特に楽しそうにしている。
「今日は水の精に会ってきたんだけど、めっちゃ可愛いの!」
「へー」
「ちょっとだけ言葉が話せてね!身振り手振りでちょこちょこ動いてね!」
「うんうん」
今日もお姉ちゃんの精霊体験談が盛り上がっている。
私はそんな楽しそうにしているお姉ちゃんを見るのが好きだ。
ちょっと前は姿を見る事すら嫌だったのにな。
人は変わるものだなと今のお姉ちゃんを見ていると思う。
昔のお姉ちゃん、採掘師を目指していた頃はもっと堅苦しかった。
元々優秀な頭を持っていたので学校でも目立つ存在だった。
一方私はそんなに良い成績ではなく、よくお姉ちゃんと比較されていた。
ある時お姉ちゃんみたいになるにはどうしたらいいか聞いてみた事があった。
「努力しなさい。そうすればきっと良くなるわ。大丈夫、貴女は私の妹だもの」
それを聞いて私の中のあるものがプツリと切れた。
その瞬間色々な感情が沸いた。
怒り、悲しみ、焦燥、劣等、喪失、そんな感情が体中を巡った。
そしてその後一つの感情が残った。
あぁ、この人は私のこと何も考えていないんだ。
それから私は極力お姉ちゃんを避けるようになった。
学校卒業後、私は早々に自分の島を持ち一人で住む事にした。
島は正直何でもよかった。
お姉ちゃんと離れられればそれだけでよかった。
島での生活はとても静かだった。
起きて、気が向いた時に完全食を食べ、島の見回りをして、寝るだけの生活。
あまりの物音の少なさに常に部屋は薄暗い。そんな生活。
充実していたかどうかは定かではないが、心は波風の無い静寂が支配していてこれはこれでいいと私は思っていた。
そんな生活がある程度続いたある日、珍しく来客があった。
「はい・・・お姉、ちゃん?」
「久し、ぶ・・・え、嘘、そんな痩せて・・・うっ・・・うぅっ・・・」
長らくぶりにみたお姉ちゃんは私を見た瞬間にそれまで見たこと無い表情と共に大粒の涙を流し、その場に座り込んでしまった。
そしてごめんなさい、ごめんなさいと何度も言い続けた。
あれから私はお姉ちゃんの住んでいる島に引っ越した。
お姉ちゃんに何があったかは聞いていないが、あんなに弱々しいお姉ちゃんを放ってはおけないと思ったから。
それに私の嫌いだったお姉ちゃんはもういなかった。
「私さ、精霊石より精霊自体に興味あるのよね」
「そうなの?」
「だから採掘師になるよりもっと精霊に特化したような仕事したくて」
「いいと思う」
「本当?大丈夫だと思う?怒られないかなぁ」
「うん」
お姉ちゃんは変わった。
それまで前しか見ていなかったお姉ちゃんは色々な方向を見るようになった。
少し情けなくなったと思う人もいるかもしれないが、泣いたり笑ったり悩んだり楽しんだりにするお姉ちゃんの方が私は好きだ。
そして今。
私はお姉ちゃんの家に住みながらそれまでと然程変わらない生活を送っている。
変わった事はお姉ちゃんがいることと、留守を任されているということ。
お姉ちゃんは日々あちこちに精霊を求めて飛び回っているので用がある人が困ってしまう。
そこで私が家に滞在する事で応対して用件を伺うというのが今の私の役割になっている。
最近精霊関連でやってくる人も増えてきた。いいことだと思う。
「ごめんくださいっすよ」
おっと、今日もお姉ちゃんに用がある人が来たみたいだ。
「というわけなんすけど、どうっすかね」
「えぇっと・・・」
来客の用事はお姉ちゃんではなく私だった。
なんでも放棄申請していた私の家に精霊が住み着いたらしい。
そこで放棄のまま受理を待つか、申請を取り消すかの判断を求められた。
精霊か・・・。
お姉ちゃんとの話で精霊というものは他の人よりは身近に感じているかもしれないが、私自身はそこまで興味があるわけではない。
どうしようかな・・・。
「突然の事で驚いてるかもしれないっすけど、とりあえず様子だけでも一回見に行ってみないっすか?」
そういえば最近島に行ってなかったな。
一応まだ私の島だし様子見ついでに見に行くのも悪くないかな。
そう思ってちょっと変わった風貌をしたその人の提案に私は頷いた。
久しぶりに自分の居た島に来た。
しばらくぶりだけど景観にそんな変化は無いように感じる。
元々手入れしてなかったからなぁ。
「キノコの見た目は大丈夫っすか?」
キノコ?キノコって資料でもあまり見たくないアレ?
「えぇと、キノコは見た目がちょっと・・・」
「そっすか。じゃあ刻んであるなら大丈夫っすかね。この袋の中に入ってるんすけど」
袋の口をちょっと開けて見せてくれて、中には小さく刻まれたキノコが入っていた。
「これならなんとか」
「そりゃよかったっす。一応手袋も預けるっすよ。あと、こっちは粉にしたキノコっす。どうしてもダメならこっちにして貰おうかと思ったっす」
手袋と刻んだキノコが入った袋、それにもっと細かくして粉状になったキノコが入った袋を私に渡してきた。
これをどうするのだろう?
「じゃあ中にお邪魔させてもらうっす。申し訳ないんすけど明かりの念は使わずに暗視の念を使ってほしいっす」
「わかりました」
何故自分の家なのにと一瞬思ったが既にここは私の家ではなくなってるのだろう。考えを改め素直に従う。
静かに中に入ると懐かしい気分になる。
そういえば住んでた時の夜もこのぐらい暗かった気がする。
お姉ちゃんと暮らすようになって明るい生活に慣れてしまっていたのを実感する。
隣の部屋に行き、指示に従い袋の口を少し開いて袋ごと手の上に乗せる。
「え、な、なに?」
しばらくすると黒い何かが寄って来て袋の中に顔を突っ込む。
「その子が今この家に住んでる闇の精っす」
「え?闇の精ってほとんど生態がわからないのではなかったのでは?」
「そっすねー。あちしが第一発見者かもしれないっすね。にしし」
お姉ちゃんから精霊の事は適当半分に聞いていたけど、闇の精については謎というのは再三聞かされていた。
「これが、闇の精・・・」
「可愛いっすよねー」
「かわいい・・・?」
ひんやりとした黒い楕円の生き物が視界のあちこちでうろうろしている。
え?こっちの袋も開けて欲しいの?粉だけどいい?うん、わかった。
粉の入った方の袋も開けてあげると早速頭を袋に突っ込む。
しばらくもそもそ袋の中で動い後頭を上げると粉で白くなった顔につぶらな瞳と口が付いていた。
「・・・ぷっ」
た、確かに可愛いかもしれない。
あぁ、ごめんごめん、粉落としてあげるから。あ、ちょっと指に付いた粉を食べないで。ふふっ。
「さすが家主さんっすね。もう仲良くなってるっす」
「他の方は違うのですか?」
「んー、キノコを食べた子は懐くんすけど、君は食べてない子も懐いてるんすよね。新しい発見かもしれないっす」
「へー、そうなんですか」
確かに今の私の体の回りには闇の精が一杯擦り寄っていて体のあちこちがひんやりしてるけど、嫌な気分はしない。
「ここまで闇の精に好かれてる君に提案なんすけど、この子達の観察をする仕事をする気はないっすか?」
「観察する仕事?」
「時間がある時に今日のように会いに来て、何か発見があったら報告するという仕事っす。キノコはこっちで用意して配達するっすけど、出来ればそれ以外の好きなものとかもわかったら教えて欲しいっす」
「はぁ・・・」
「感覚的には闇の精というお友達と会うついでに分かったことを報告するぐらいの感じでいいっす」
「そんなのを仕事にしていいのですか?」
「いいっす。ちゃんと神様や主神補佐官さんにも承諾得てるっすから」
「か、神様に?」
「そっす。どうっすか?やってみませんか?」
か、神様も関わってる仕事なんて私なんかがやっていいのだろうか。
・・・でも、この子達とまた会いたいな。この子達の瞳もそう言ってるように見える。
「わかりました。やってみます」
「ありがとっすよー」
こうして私は精霊観察員として仕事をする事になった。
「そういえばお姉ちゃん」
「ん?なぁに?」
「私お仕事始めることになった」
「え!?それ本当!?何するの!?」
「お、お姉ちゃん近い近い。観察員っていう簡単なお仕事なんだけど」
「観察員?何かを見るの?」
「うん。何かって言うのはちょっと言えないんだけど、今日アンナマリカさんって人が来て」
「アンナマリカさん!?」
「お、お姉ちゃん、おち、落ち着いて、肩揺らさないで」
「会ったの!?ねぇ会ったの!?」
「う、うん。一応その人の下に付くという事になるのかな?」
「いいなー!いいなぁ!!」
「アンナマリカさんってそんなすごい人なの?」
「凄い人よ。色々な新発見に関わってる人なんだけど、本人は表立って名を残さないからあまり知られてない隠れた有名人の一人よ」
「そうなんだ」
「いいなー。ねね、私も会えない?」
「んー、たぶんそのうち会えると思うよ。来る時が事前にわかってたら教えるね」
「うん、お願い!」
お姉ちゃんは精霊学士だからきっとアンナマリカさんと会えば良い刺激にもなるし、いい情報交換が出来ると思う。
うーん、私ももうちょっと精霊について詳しくなっておいた方がいいのかなぁ。
今度お姉ちゃんに情報館で色々教えて貰おうかな。
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