廃屋の住人
廃屋の中は光の入らない完全な暗闇になっていた。
人が住んでいないとはいえさすがは天界の技術と言うべきか、老朽化や腐食によって外壁が崩れるという事は無い。
「歩けるっすか?」
「大丈夫だ」
扉を閉じて真っ暗になった瞬間サチが暗視の念を掛けてくれたので視界はそんなに悪くない。
元々神の身体のおかげで暗い場所に入るとすぐに目が慣れるようにはなっているが、暗視の念のほうがよりよく見えるのでこっちの方がいい。
「こっちっす」
アンナマリカの歩く方へ付いて行く。
屋内は外壁同様床が抜けたりしていないので歩く上では問題ない。
それにもっと埃っぽいかと思ったがそんなに汚れてもいない。
アンナマリカが来て綺麗にしたのか?それともこれから会う子がやったのか?謎が深まるばかりだ。
「この辺りでいいっすかね。ソウ君これを持って貰えるっすか?」
隣の部屋に移動したところでアンナマリカがお土産用に採ってた食えないキノコを渡してきた。
「うん。これをどうするんだ?」
「傘が上になるよう持ってて欲しいっす。しばらくしたら会いたい子が来るっす。大きな声は出しちゃダメっすよ」
「わかった」
言われたように柄の方を持って待つ。
「こ、これ、胞子を飛ばしたりしないですか?」
「しないしない」
今日は苦手なキノコと接することが多いせいか、サチがすっかり怖がりな子になってしまっている。
可愛いからいいけど、腕をそんなに抱え込むと指先がちょうど股の位置に来て悪戯したくなるぞ。
指先でツンツンしようかどうか理性と悪戯心と戦っていたらアンナマリカが声を発した。
「お、来たっすね。これはお土産なんで食べていいっすよ」
よく見るとアンナマリカの腕になにやら黒い何かがへばり付いてる。
真っ黒なそれは持ってるキノコへそのまま移動する。
「美味しいっすか?あっちにもあるっすよー」
アンナマリカがこっちのキノコを指差すと真っ黒なそれの頭らしき部分がこっちを向き、そのままゆっくりふよふよ飛びながら俺の腕に着地した。
間近までやってきた真っ黒な何かを見る。
表面がつるんとした楕円形の体にちょこんと短い四肢と耳と尻尾が生えていて、ちょっと色の違う点のような小さな目と小さな口が頭らしき部分にあるのを確認できた。
「こんにちは。こっちのキノコも食べていいぞ」
そう言うとちょっと会釈のような事をして頭を軽くこすりつけて手先のキノコを小さな口でもしゅもしゅ食べ始めた。
見た目程重さは無く、体はひんやり冷たくモチモチしててさわり心地がいい。
「で、この子は?」
「闇の精っす」
「闇の精?本当ですか?」
闇の精と聞いて怯えてたサチが知識欲を刺激され若干復活した。
「本当っす。本人からそう教えて貰ったっすから」
気づけば別の闇の精がアンナマリカが持ってるキノコにかぶりついている。ここには何人もいるのか。
アンナマリカの話によると偶然夜のキノコの島でこの闇の精を見つけ、数日掛けて様子を観察していたらしい。
観察してると闇の精は俺たちが食べないキノコを好むようで、妙な減り方をしていたのは闇の精が定期的に食べに来てたからだと分かった。
意思疎通を図ったところ思ったより警戒心が無く、というか自由気ままな性格で危害を加えなければ撫でても気にされないらしい。
確かに自由なやつらだと思う。
繊細とはなんだったのかと思うぐらいに。
食べ終わったら何故か俺の頭によじ登ってくつろぎ始めたからな。ひんやりしてて気持ちいいからそのままにしている。
こらこら髪の毛を弄るんじゃない、ボサボサになる。
「それでそれなりに生態が分かってきたのでどこからキノコを食べに来るのか帰りについて行ったらこの廃屋にたどり着いたっす」
「なるほど」
「どうっすか?サチナリアさん。食べられるキノコは料理にして、食べられないキノコはこの子達にあげればキノコ問題解決できそうじゃないっすか?」
「そうですねぇ。解決とまで行くかどうかわかりませんが、少なくとも増え続ける現状からは良くなりそうですね」
考えるサチの手元で闇の精がひっくり返った状態でおなかをさすられて短い手足をうにうに動かしてる。可愛い。
「それにこの子達が島にいると島の劣化が抑えられるっす」
「あぁ・・・なるほど、そういうことですか」
それを聞いてサチはなにやら納得した様子。俺にも説明してほしいぞ。
「島の劣化は主に土壌のマナ不足によるもので、島の所有者になった場合定期的に島の保全として微量のマナ注入を行う必要があるのですが、この島は中心まで行き届いていて妙だと思っていたのです」
「所有権を持っていても興味のなくなった島だと表面にちょいちょいって注入して終わりする人多いっすからねー。内部までしっかり行き届かせるには島に対して愛着がないとなかなか続かないっす」
「それが精霊がいれば別と言うことか」
「精霊もあちしらと同じで気に入った島があれば長く持たせようとするっす。この島は闇の精のお気に入りの島ってことっすね」
「なるほどね。この島の所有者にはどう説明するんだ?」
「ひとまず所有者に連絡してこのまま放棄するか、申請を取り下げるか聞いてみます。放棄するのであれば共有島にして誰の手にも渡らないようにしたいと思いますが、おそらく後者になるかと」
「その場合はどうするんだ?」
「闇の精自体謎が多い精霊なので正直観察して報告してほしいところですが、そこは所有者の意思を尊重したいので所有者次第ですかね」
「あ、それじゃその辺りの連絡や説明はあちしがやってもいいっすか?」
「いいのですか?」
「いいっすよ。わざわざお二人にここまで来て貰ったっすから」
「ありがとうございます。それではお願いします」
「了解っすよー」
アンナマリカが直々に説明してくれるならこの島の貴重さや闇の精との付き合い方も一緒に教えてくれるだろう。
なによりサチの仕事が増えなくて助かる。ありがたい。
「それじゃお土産のキノコも無くなったっすからそろそろお暇するっすかね」
「あ、あの・・・」
「なんすか?サチナリアさん」
「私、もう少しこの子達に触れていたいのですが・・・」
それを聞いて俺とアンナマリカは小さく吹き出した。
暗闇だったから変化に気づかなかったが、気に入ったんだな闇の精。
サチの要望に応え俺たちはもう少し闇の精達と戯れてから帰る事にした。
「うーん・・・」
「何してるんだ?」
夕食後、サチは念で水球を作って表面を触っては首を傾げている。
「どうにかあの子の感触を再現できないかと」
相当気に入ったんだな。
たぶん納得の水球ができるまで続けそうな気がする。
それで今日の運動をお預けされるのはよろしくない。うん、とてもよろしくない。
仕方ない、ちょっと手を貸してやろう。
「サチ、サチ」
「なんですか?」
「これを少しずつ足したらどうだろう」
渡したのは今日のデザート作りで使ったゼリー用の凝固液の残り。
以前ウォーターベッドを作った時と同じ様に既に水球自体の弾力性は出来上がっていたが、表面のつるんとした感触が再現出来ずにいたので凝固液で表面を固めたらどうかと助言してみた。
「やってみます」
コーティングするように水球の表面に凝固液を満遍なく掛ける。
するとそれまで水面のように波打ってた水球の表面がゼリーのような表面に変わる。
「お、おぉぉ・・・これはいいですね。いいですよ、ソウ!」
早速触れたり抱きしめたりして感触を堪能するサチ。上手くいったようだ。よかったな。
「しかし闇の精があんな愛らしい姿をしていたとは思いもよりませんでした」
「確かにな」
「また会いに行きたいですね」
「そのためにはお土産持って行かないとな」
「う・・・キノコですか・・・」
「キノコ以外も好きな物があるかもしれないし、その辺りは要調査だな」
「そうですね。所有者の人が調査に協力的だといいのですけど」
「アンナマリカの説得次第と言ったところだな。上手く協力してくれるといいな」
実際放棄申請していた島を今更と思うところもあるだろうからどうなるかな。
出来ればまた闇の精には会いたいところだ。
頼むぞ、アンナマリカ。
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