パイ作り

オアシスの街の食生活に変化が起きている。


それまで草原の街から仕入れていたため草原の街に依存した保存食が多かった。


一応嗜好品に分類されるであろう高級品もあったが、魔法を利用した保存方法をしているのでとても一般人が出せる金額ではなかった。


しかし最近になって南の密林に入れるようになったのでそこから仕入れる事ができるようになった。


元々密林はマナ溜りから出来た場所なので環境に強い植物が多く、そういった植物から採れるものも環境に強いものが多かった。


それによりオアシスの街に果物やハーブなどの葉物の供給量が増え、食生活に多少ではあるが変化が起きていた。


人気なのは砂糖漬けにした果物を使ったパイやタルトで、出す度に列が出来て即座に売り切れている。


ハーブ類は主に調味料として使われ、それまでの味に変化を与えて新しい需要を生み出しているようだ。


一方で一部の商人達は頭を抱えている。


それまで草原の街で仕入れて売れば儲けが出ていたのがそうも行かなくなってきたからだ。


密林の管轄は街の上層部が全権握っており、商人達は手が出せない状態にある。


一応街に雇われれば密林の品を扱う事も出来るが、個別で仕入れに行くというのは不可能になっている。


商人としての才や嗅覚が備わっている人であればこの変化に柔軟に対応して儲けを出せているのだが、草原の街とオアシスの街を往復するという単調な仕事をしていた商人は廃業の危機に立たされてしまっている。


まだ若い商人であれば別の職業に就く事も出来るかもしれないが、長年やってた商人はなかなか打開方法が見つからないのが現状だ。


オアシスの街としてもこの状況を把握しているようだが、まだ打開策といえるような物は打ち出せていない。


俺の無い頭で考えるなら街主導の運送業を始めたらいいなと思ってる。


今の商人は仕入れから販売まで全て行っているが、運送業は運ぶだけで仕入れや販売は別の人が担当する。


これまで二つの街を往復していた商人であれば運送のノウハウをしっかり持っているはずだから運送業を行うには最適な人材じゃないかなぁ。


前の世界にはそういうのがあって知ってるから俺でも思いつく事だが、今の下界には異世界の知恵を持つ人はごく僅かしかいないから自力で思いつくしかない。


基本的に俺は下界に大きく干渉する事はしないので知っていても手助けは出来ない。頑張って思いついて欲しい。


それとも何か別の方法を編み出すかな。


それはそれでちょっと見てみたい気もする。




今日は特に予定が無いので家で料理する日になっている。


今回作るのはパイだ。


オアシスの街を見ていたら何となく食べたくなってしまった。


小麦粉と水とバターを合わせてよく練る。


バターは牛乳の実を熟れさせるとバターになる事を風の精との発酵実験の最中に見つけた。


常温で液状な点と油分が少ないのがこっちの世界のバターの特徴なので油をあとから少し足すといい感じになる。


おかげでたまに作るパンの質もぐっと良くなった。


その代わりサチが使う念のコントロールも難しくなってしまってあまり頻繁に作る事はしなくなってしまったが。


今日のパイもそれなりに念のコントロールが必要だと思うんだが、快く引き受けてくれている。


うん、引き受けてくれるのはいいんだけどその果物の砂糖漬けはこの後使うからつまみ食いは程々にしてほしい。


美味しい?そりゃよかった。


力を借りるのはもうちょっとコレを練ってからだから待ってる間それを食べるので我慢していただきたい。


今日作るパイは三種類あるので生地の量もそれなりに多くて時間が掛かっている。


一つは先ほどサチがつまみ食いした果物の砂糖漬けを入れたフルーツパイ。


もう一つはトマトを塩水漬けしたものと牛肉の実を細かく刻んで挽肉状にしたものを入れたトマトミートパイ。


そして残りの一つは前に作っておいた餡子を使った餡子パイ。


とりあえず今日は試作として一ホールずつ作るが、出来が良ければ今度農園で作り方を教えようと思う。


農園の方が小麦粉があるし、このパイ生地は工夫次第で色々に使えるからな。


本当はピザも作ってみたいところなんだが、チーズがまだ無いのでお蔵入りになっている。


醤油作りが一段落したら今度はチーズ作りを頼んでみようかな。


ドリスの事だからもしかすると既に研究を開始してるかもしれないが連絡が無いので淡い期待だけしておこう。


さて、それなりのパイ生地が出来上がった。


後は伸ばして皿に敷いてそれぞれの具を入れる。


蓋はどうしようかな・・・とりあえず網目状にしておくか。


「よし、それじゃ頼む」


「何か指定はありますか?」


「パンと同じで上下からの加熱でいいと思う。パンよりちょっと焦げ付きやすいけど、ちょっとぐらいなら大丈夫」


「わかりました」


後はサチの腕次第だ。頼んだぞー。




出来上がったパイを切ってテーブルに並べる。


三つも並ぶと豪華だな。


前の世界でケーキ食べ放題とかで並んでるのに似ててテンションが上がる。


サチがどれから食べようか目を輝かせながら視線を右往左往させてて面白い。


悩んだ挙句三種全部皿に乗せたのか。欲張りさんめ。


俺は普通にフルーツパイから順番に食べる。


うん、こんなもんかな。


思ったより甘さが控えめな気がする。


俺はこれでいいけど人によってはもう少し甘い方が好きな人がいるかもしれない。


その辺りは要望に応じてクリームを足したりしてもいいかな。及第点。


次にトマトミートパイだ。


甘い後に塩味は嬉しいのでこの順番はいい。


味は・・・うーん・・・。


ちょっとトマトが生っぽいな。


塩水に漬けてたから火が通り難くなってたかもしれない。要改善。


最後に餡子パイ。


他の二つと違ってペースト状になっているから詰めたら結構な重さになってしまってるな。


味は悪くない。


しっとりしてた餡子の水分が少し飛んでさらっとしてる部分があってしっとりした部分とさらっとした部分が楽しめるのがいい。


でも、やっぱりちょっと入れすぎた気がする。


このしっとり感とさらっと感を楽しめるような入れ方が出来ればもっと良くなるな。要改良。


ふむ、初めて作った割にはそれなりの出来かな。


今回は円形のホールタイプのパイにしてみたが、スティックタイプのパイでもいいかもしれない。


将来的に観光島とかで食べてもらえるようになればいいなぁ。


さて、品評はこれぐらいにして後は普通に楽し・・・。


「なぁサチ、あと一切れずつしか残ってないんだが」


「そうですね」


「残りは?」


「美味しかったです」


「そ、そうか・・・」


残しておいてくれてるだけ成長したと考えておくべきかこれは。


うーん、サチがこの様子だと皆に広める際にまた一騒ぎ起きそうな予感がする。


その時は心しておこう。うん。

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