-観光島管理という仕事-
「貴方に観光島の総指揮を取っていただきたいです」
「・・・え?」
先ほど終わった会議の内容を反芻していた僕のところにやってきたサチナリア様が突然とんでもない事を言い出して来た。
「あの、人違いでは・・・?」
「そんな事はありません」
そう断言され頭の中は真っ白になってしまった。
「どうして僕を?」
「顔です」
「か、顔?」
「貴方ならやれる顔していたので」
「えぇ・・・」
サチナリア様は前から突拍子もない事をたまに言う人だとは思っていたが、どういうことなんだろうか。
「やっていただけますね?」
「わ、かり、ました。やって、みます」
自信に満ちた視線に逆らえず、口から勝手にこのような言葉が出てしまっていた。
元々技術的な事に興味があった。
ただ、色々な技術職を転々としていくうちに僕は知りたいだけで自ら作り出そうという意欲が低い事に気が付いた。
そんな時、観光島企画の話を知り、興味本位で聞きに行った。
話の内容は僕の興味心を大きく刺激した。
今までそれぞれの職業の人が活動している場へ赴かないと見られなかった技術がここにくれば一度に見られる、そんな夢のような場所を作る話だった。
是非完成したら通おう。そう思っていた。
それがまさか自分が関われるとは思ってもいなかった。
その日は不安よりも興奮で眠れなかった。
不安で眠れなくなったのはその次の日からだった。
「まず自分の事は僕ではなく私にしましょう。あと背筋はもっと伸ばしてください。そうです」
僕のところに一人の女性がやってきた。
なんでも僕に足りない指揮する力を付けるための指導をしてくれるらしい。
「徹底的に身に付くまでやりますよ」
「ひー」
僕、いや、私が皆の前に出るまで時間はあまり無かったので指導はかなり厳しかった。
「返事はうんではなくはい」
「は、はいー」
「伸ばさない!」
「はい!」
うぅ・・・こんな私が皆の前に立って指揮なんてとれるのでしょうか。
厳しい指導の後、私は観光島企画に参加する人たちの前に立ちました。
「皆さん、よろしくお願いします」
言われたとおり深々と頭を下げてから皆さんを見たとき私は驚きました。
「なんだ、総指揮ってお前だったのか!」
「その服なかなかかっこいいわね。似合ってるわよ」
「お前が上なば、安心じでやれぞうだ!」
「これは楽しみですな」
そうなのです、参加する人達は皆私の知っている方々だったのです。
私が興味を示してやってきた時は優しく迎え入れ、別の職へ移る時も暖かく見送ってくれた人達。
嬉しさで涙が込み上げて来る気持ちと共にもう一つ強い気持ちが私の中で芽生えました。
私は、私はこの人達と観光島を作り上げたい!
その日はあまりに楽しみで眠れませんでした。
「進捗はどうですか?」
「現状この通りです。竹林と料理への着手が遅れています」
「わかりました。この二つへの着手は後にして結構なので他へ影響が出ないようにしてください」
「了解です」
サチナリア様は頻繁にこちらに顔を出してくださいました。
お忙しい立場のはずなのに何かと気に掛けてくださいます。
「料理はソウが農園で料理の相談をすると言っていたので近日中に何か出せるかと思います」
「わかりました。ありがとうございます」
サチナリア様と話していると度々出てくるソウ様というお方。
技術者達から聞いた話をまとめると普通で凄い神様らしいです。
・・・どういう方なのでしょうか。さっぱりわかりません。
ともかくいずれここにも視察にいらっしゃるでしょうから恥ずかしくない出来にしたいです。
観光島での私の仕事が次第に分かってきました。
職人というのはどうしても一本気な人が多く、意見のぶつかり合いがよく起きます。
「なあ!お前はどう思う!?」
ぶつかり合いが起きた時、必ず最後にこの言葉が私のところに来ます。
「まずは落ち着きましょう」
指導の時、私はトラブルの解決方法を学びました。
まず感情的にならない事。
次に双方の言い分をちゃんと聞く事。
そして最後にこの島にいらっしゃる人の事を考える事。
そうすれば自然と答えが出て来るので理由を添えて伝えます。
「ふむ・・・なるほど。わかった、やってみよう」
職人の方達も何も相手が嫌いで言い合いをしているわけではなく、より良くしたいという熱意が溢れ出て来てしまっているだけなのです。
私の仕事のひとつはこの熱意を受け止めてちゃんとした方向に仕向ける事だと最近思うようになりました。
色々と気苦労が絶えず寝不足になる日もありますが、技術の交錯を間近で見られるというのはやっぱり楽しいです。
ついにソウ様がいらっしゃいました。
・・・なるほど、皆さんが言ってる事が何となくわかりました。
とても普通な方なのですが、言葉の端々に不思議な何かを感じます。
今日の視察は観光車両の試乗のみの予定です。
まだ島内の至るところで造島師をはじめとした技術者達が作業を行っているのでまだちゃんとお見せできないのが残念です。
ソウ様は飲食車両を選び、慣れた様子でコタツに入ってくつろいでいます。
なんでもこのコタツもソウ様の提案が元で作られたものらしく、納入しに来たアズヨシフさんが嬉しそうに語っていたのを思い出します。
車両が進むとソウ様から質問が飛んでくるので答えます。
不思議なお方です。
我々が常識に思っている事を知らなかったり、我々が持ち得なかった新しい考え方をお持ちだったりともっとお話してみたくなります。
程なくして試乗会は無事終わり、後はお見送りするだけです。
そう思っていたところにイレギュラー発生です。
食材研究士と名乗る女性がやってきてソウ様に面会を求めました。
本来ソウ様やサチナリア様に会うには事前に連絡をしておくか、いつでもいらしていいようにしておくかすべきで、このように突然行く事はよくないとされています。
しかし彼女が出した小瓶、ショウユと言いましたか。それにソウ様がとても興味を示しました。普段冷静なサチナリア様が動揺するほどに。
そのまま空いてる建物に移動し話す事になりました。
予定外の事を引き起こした彼女に最初軽い怒りを覚えましたが、それよりも彼女が出したショウユというものがとても気になります。
指導を受けていた間に料理を頂いた事がありますが、もしサチナリア様から任命を受けなければ私も料理に関わる仕事をしていたかもしれません。
そんな料理を更に高めようと考える彼女の話を聞いていると先ほど覚えた怒りは無くなり、親近感が沸いてきました。
あ、彼女をけしかけたのはルミナテース様なのですね。あの方ならやりかねません。
今度は同情の気持ちが出てきたところでサチナリア様が静かに怒っている事に気が付きました。
怖いです。はい。とても。
私達が怯えている間にサチナリア様はルミナテース様を呼び出しました。
これが主神補佐官の権限行使ですか、初めて見ました。
次々襲い掛かる感情の入り乱れに頭が付いていかなくなってきたところでお二人は部屋を出て行きました。
え?この料理いただいていいのですか?助かります。
落ち着いたところで私、ソウ様、そして先ほど来た食材研究士のヘリーゼさんとお話する事になりました。
もう少しソウ様とお話したかったので思わぬ機会で嬉しいです。
ソウ様から竹の苦手克服の提案がありました。
なるほど、ここなら材料調達も容易です。
筍料理にショウユが不可欠なのですね。ショウユの出来はまだまだと。ふむふむ。
つまり観光島の正式運用後に竹林関係を進めていけばいいわけですね。
ふふふ、大分緊張が解れて余裕が出てきました。
やはりソウ様から頂いた新しい考え方のおかげでしょうか。
話は食材研究士に移り、ショウユ作りは僅かな人数で大半の方は新たな食材探しをしているのですね。
え?今キノコと言いましたか?あ、画像ですね、出します。
私は様々な職業を体験したのでキノコに対してある程度耐性を持っていますが、普通の方、特に女性ならヘリーゼさんのような反応をします。
キノコは厄介です。
雨の後にどこからともなく出現したり、湿った場所に群生していたりします。
その突如に現れる性質とあの見た目は私も慣れるまで苦労した記憶があります。
それを食べると言うのですか。
実はこの方とんでもない方なのではないでしょうか。
ひとまず認識違いの事をお伝えすると青くなったヘリーゼさんに別の話題を振り、気遣っています。
しまった、ここは私がフォローすべきでした。まだまだ未熟です。
ヘリーゼさんは甘いものを好むようなので甘味料探しの提案が出ました。
話を聞くだけでちょっと口内の涎の量が増えた気がします。
もし入手したら私も口にしてみたいところです。
ソウ様の気遣いのおかげですっかりヘリーゼさんのやる気が戻ってきたところでサチナリア様とルミナテース様がお戻りになられました。
あのルミナテース様がしおらしくしている様子は初めて見ました。貴重かもしれません。
その後直ぐにいつもの調子に戻られました。やはりルミナテース様はにこにこしている方がいいですね。
そして事を後々まで引き摺らないサチナリア様の手腕は勉強になります。
あ、私も料理頂いていいのですか?ありがとうございます。
「本日はありがとうございました」
お帰りになられるソウ様、サチナリア様、ルミナテース様をお見送りします。
「私の目に狂いは無かったようですね。今後もこの調子でお願いします」
サチナリア様から嬉しいお言葉を頂きました。泣きそうです。
「ソウは何か言う事ありますか?」
「今日はありがとな。色々楽しかったよ」
「ありがとうございます」
「あとさ、名前教えてくれるかな?」
「え?あれ?」
はて、私、お迎えした際に名乗りませんでしたか?・・・はっ!?
「こ、これは申し訳ありませんでした。私、この観光島管理のトーフィスと申します」
「トーフィスね。なかなか大変だとは思うが完成楽しみにしてる。また来るよ」
「はい、お待ちしております」
そう言って深々とお辞儀をしている間にお三方は飛んで行かれました。
・・・。
「・・・もしかして泣いてる?」
「な、泣いていません」
一緒に残ったヘリーゼさんが声を掛けてきます。
今下を向いたまま必死に溢れ出る喜びの感情を抑えているところなので放って置いて欲しいです。
程なくして顔を上げるとヘリーゼさん以外の方々は持ち場に戻ったのか居ませんでした。
「あの、これは?」
「みんな貴方に気を使ってくれたみたい。私は用件が残っていたから残ったけどね」
ソウ様がいらっしゃった時とは違い砕けた雰囲気で話しかけてきます。こちらが普段の彼女のようです。
「それは申し訳ありませんでした。では先ほどの建物に戻りましょうか」
「そうしましょ」
その後、ヘリーゼさんとはかなりの時間お話させていただきました。
元々お互い料理に興味がある身だったのもあってかショウユの取り扱いについてもスムーズに提携を結ぶ事ができました。
これでますます観光島を良くすることができそうです。
今日はぐっすり眠れるような気がします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます