食材研究士

車両試乗会も終わり、今日の視察はこれで終わりかと思っていたら中央の広場に高速で女性の天使が着地してきた。


「ま、間に合った!」


上がる息を整える前にこっちに走って来た。なんだなんだ?


「サチナリア様、急な事ですみませんがソウ様とお話できないでしょうか」


「・・・まずは自己紹介してください」


「申し訳ありません。私、食材研究士のヘリーゼと申します」


「食材研究士?」


「まだ実績をあげていないので正規申請はしていません」


「そうですか。それで、その食材研究士が何の用ですか?」


「えっと・・・これをソウ様に見ていただきたく」


そう言って空間収納から小さな小瓶を取り出した。


小瓶の中には茶色い液体が入っていて俺やサチの他にも周りの人たち皆が注目する。


「これは?」


「試作の調味料です」


調味料でこの茶色い液体・・・まさか!?


「醤油か!?」


「あ、はい、まだ試作ですが、あの、えっと・・・」


「ちょっと、ソウ、落ち着いてください」


「え?それじゃこの方がソウ様ですか?」


「そうです、この方が」


「サチ!とりあえずどこか座って話せるところは無いか!?」


「あーもー・・・先ほど車両から見えた建物ならまだ空いていると思います」


「よし!行くぞ!」


確かこっちだったな。急ぐぞ!


「ちょっとソウ!一人で行かないでください!」




追いついたサチに小声で叱られ落ち着かされた後、指定された建物に入り適当に座る。


俺とサチとヘリーゼの他にも何人か付いてきて同席したので結構な人数が座っている。


本題に入る前にサチがヘリーゼの食材研究士という職業について聞いていた。


なんでも農園の料理を気に入った人達が農園の手伝いを申し出たところ、農園の手伝いより食べられる食材を探して欲しいという要望からこの職業が出来上がったらしい。


活動内容は食材探しと研究。


それ以外にも定期的に農園の人達と一緒に料理研究会も行われているらしい。


「発案者はルミナテースですか・・・。あの人はまた勝手に大規模な活動を始めて・・・まったく・・・」


「す、すみません、ちゃんと連絡入れたほうがよかったですか?」


「問題ありません。あと貴女が謝らなくても良い事ですよ。ルミナテースは後日問い詰めますが」


「あ、あはは・・・」


聞く感じだとそれなりな人数が集まっているようだ。


俺としては自主的に色々精力的に動いてくれるのは嬉しい限りだが、サチを困らせるのはよくないぞ。ちゃんと手順を踏んで欲しい。


「食材研究士という人達がいるのはわかりました。それで、今回連絡もなしにソウへの面会を求めた理由を教えてください」


「はい。まず急な面会を求めた事改めてお詫びします。ですが、観光島が正式に運営される前に是非これをソウ様に見ていただきたくて無理を承知で馳せ参じました」


「ふむ。詳しく」


「現在観光島では料理の提供も視野に入れられていると思いますが、手間取っていると伺いました」


「そうなのか?」


一緒に同席してくれた案内人に聞く。


「恥ずかしながら彼女の言う通りです」


「具体的には?」


「出せる料理の種類と人手不足です。現在提供できる料理の多くが甘いものになってしまっており、それ以外の料理は観光しながら楽しむには若干不向きなものになってしまっています」


「なるほど・・・」


これは俺の責任でもあるな。


教える相手が女性が多かったせいもあって甘い物を優先的に教えたせいかもしれない。


教えた料理を思い出しているとヘリーゼが醤油の入った瓶を皆が見えやすい位置に移動させた。


「そこでこのショウユを使った料理をこちらで出せないかと思って今日持ってきました」


「そんなに凄いものなのですか?」


「はい、それは勿論!食材の癖のある臭いを消し、焼けば惹かれる香りを放ち、料理の幅を大幅に広げてくれる素晴らしい調味料なのです!」


「そ、そんなに凄いのですか」


サチを含めて同席している人達が彼女の説明に呑まれている。


確かに言ってる事は正しい。正しいが・・・。


「少し気になる事があるけどいいかな」


「あ、はい、なんでしょうか」


「その醤油、どうやって手に入れたのかな?いくら食材研究をしているからとはいえ、そう簡単に作れる代物とは思えないんだが」


「う・・・」


俺の指摘に彼女の勢いが一気に落ちる。


実際俺もこっちの世界で醤油を作ろうと思ってあれこれやってみたがなかなか上手く出来ていない。


ただ俺の力量が足りないだけかもしれないが、そうだとしても何から作るかとかサチ以外の誰かに詳しく説明した事はない。


例外があるなら一つだけあるが。


「・・・すみません、正直に話します。実は私達食材研究士には特別顧問の方がいらっしゃいます」


「ほほう」


「偶然農園の料理を食べていた時に知り合った方なのですが、表立って名前を出すなと付き添いの方に言われまして、私達が作ったという事にしていました」


「そうか」


うん、やっぱりそんな感じになっていたか。


俺の脳裏に最近この天界にやってきた竜の娘がはっきりと浮かぶ。


「申し訳ありません!ですが、これが観光島のためになると思うのは私達の総意なのです!」


「あーうん、大丈夫、怒ってないから。あれだろ、その特別顧問ってちょっと話し方に癖があって自分の事を我とか言う奴だろ?」


「え、あ、はい、その通りです。ご存知なのですか?」


「まぁね。そいつは皆と仲良くやれているのか?」


「はい、私達の知らない知識を沢山持っていて勉強させていただいてます」


「ふむふむ。特別顧問ってことは師弟関係って感じ?」


「ええと、一応そういう事にはなっていますが、どちらかといえば同志や友人でしょうか」


「そうかそうか」


どうやら上手く友人を作れて行っているようだ。


「とりあえず判断を下す前にその醤油の味見していいかな?」


「あ、はい、どうぞ」


瓶からサチが出してくれた小皿に醤油を数滴出して味見する。


・・・うん、醤油だ。かなりギリギリだが。


味は鋭すぎるし塩辛い。深みもない。香りもイマイチ。


だが、この短期間でこれを作ったのは単純に凄い。


ちゃんと作れる環境が出来上がればもっと良い質の醤油が作れるだろう。


「どうでしょうか」


「正直に言えばまだまだってとこだな」


「やっぱりそうですか」


「やっぱり?」


「顧問にソウ様にまだ出せる出来ではないと言っていましたので」


「それでも持ち込んで来たのは?」


「ひとつは私達食材研究士を知って頂くこと、もうひとつは観光島の一助になればと思っていたことです」


「このタイミングで来たのは?」


「ショウユが出来上がったのはつい数日前の事だったのと、ルミナテース様が突然行った方がインパクトがあると・・・」


「・・・」


今サチの中でプチって何か音がした気がした。


そのまま素早くパネルを操作するとそれに向かって強めの口調で話しかけた。


「こちら主神補佐官のサチナリアです。ルミナテース、直ちに観光島に出頭しなさい。大至急」


「お、おい、サチ」


「怒っていません。どうやら詳しい事を聞かなくてはいけないと思っただけです」


そ、そうは言うけどな、その強い怒気が全然抑えられてないぞ。


皆が怯えるのでもう少し抑えて欲しい。どうどう。


程なくして島の広場に光りが降り立ったと思ったらそのまま土煙がこっちに向かってきたのが窓から見えた。


「はー!はー!る、ルミナテース、出頭しました!」


「来ましたか。すみません、少し席を外しますのでよろしくお願いします」


そう言ってサチは俺に来る前に作った料理を押し付けてルミナを引き摺って別室に移動してしまった。


「えっと・・・」


あまりの事に全員呆気に取られてしまっている。


「とりあえず料理作ってきたから皆で食べようか」


俺が言えた言葉はこれが精一杯だった。

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