観光車両
飲食車両に乗り、案内人が車両奥でなにやら操作をするとゆっくりと車両が動き始める。
俺が飲食車両を選んだので今日は飲食車両のみの運行となったのだが、前にあった観覧車両との入れ替わりが凄かった。
大きな音がした途端車両が下に沈み、こちらの線路ごと前進して入れ替わったのだ。
前々から思ってたが、天界の技術力は俺の想像をはるかに超えている。
ただ、その技術を発揮する以前に使う人が念という力を備えているせいで利用価値が見出せないで使われない事が多いようだ。
今回車両の動力となる力も風の精霊石から出る力を数倍に増幅させて効果を発揮させる装置を搭載しているらしいのだが、今まで使われずにお蔵入りになっていたらしい。
どうやらこの観光島にはそのような使われずにいた技術というのが至るところで使われていると案内してくれている技術者が興奮気味に教えてくれた。
ゴトゴトと木の小気味良い音を立てながら車両は駅から外に出ると心地よい風が肌に当たる。
風の中に緑の香りも混ざっていてこういうのを直に感じられるのは良い。
たまに肌寒く感じる事もあるが、そこはコタツがあるので問題ない。
色々気になる点や改善点は今の時点でもそこそこ見つかってはいるが、後でまとめて言うとして今は風景を楽しむ。
出発点付近は緑の木々が多く、花はあまり無いので注目するところは少ないが俺はこれでいいと思う。
まずは車両に興味が引かれているだろうからな。サチなんかまさにその状態になっている。
しばらく進むと緩やかなカーブに差し掛かる。
カーブ地点は直線より観られる視点が多くなるからか、造島師達が気合を入れて作業している姿が見えた。
こちらの車両に気付くと手を振ってくれたので返す。無理せず頑張って欲しい。
カーブが終わると車両は川に沿って走るようになった。
川に遮られた地区内には竹が幾重にもなって生えており、大きな竹林を形成している。
「この先で一時停車します」
「うん」
車両が一時停車した場所の周囲の竹が伐採され広い空間が出来ていた。
「ここにも駅を作ろうと思っているのですが、なかなか着手してくれる人がおらず、予定地のままになっています」
「ふむ。まだ竹という植物に対しての印象が悪いのか」
「はい。若い造島師が果敢に挑んではいますが、地区内の整備で精一杯な状態でして」
「そうか。とりあえず予定地を確保してあるのなら無理して駅を建てようとせず、必要に応じて進めてくれればいいよ」
「よろしいのですか?」
「うん。嫌々やっても良い物は作れないだろうし、いきなり完璧に完成させるより成長や改善が見られる方が見に来てくれる人に新鮮さを与えられるんじゃないかな」
「なるほど、そういう考え方もあるのですね」
観光島企画は色々初挑戦な事が多いからいきなり完璧な島にするのは難しいだろう。
むしろ来る人や作る人の意見を取り入れて成長していく島になっていって欲しいかな。
一つぐらいそんな共有島があってもいいと俺は思う。
とりあえず造島師をはじめとした竹への悪印象の払拭方法を考えないといけないか。あとで考えてみよう。
竹林地区を抜けて再びカーブを曲がると今度は一面の花畑が見えてくる。
空からあることは分かっていたが、車両からみると新しい驚きがあった。
「これ車両から見た時に綺麗に見えるような配置にしているよな?」
「はい。いかがでしょうか」
「凄くいい」
車両が進むとプリズムのように花々の模様が色々変わっていく様子は目を奪われる。
サチなんか車両から身を乗り出さんばかりに釘付けになっている。
しかし、これ左右に花畑があるからどっちを見ればいいか悩んでしまうな。それもまた良しだけど。
花畑地区にも駅があり、こちらの駅はしっかり出来上がっている。
最初の駅のように囲われた駅とは違い、乗降できるだけの屋根なしの駅だが、ここはそれが正解だと思う。
駅の出入り口にはゲートがあり、その先の駅前広場には噴水やベンチなど配置されていて人が来るようになったらここが一番賑やかになりそうな気がする。
空から見るより駅から見る方が魅力的に感じる気持ちはサチも同じようで、食い入るように見回している。
「寄ってく?」
「ぅ・・・今回は我慢します。ちゃんと出来上がって他の方々が来てから見て回りたいです」
「了解」
そうだな、今日は案内人や関係者が一杯いるから自由に動けそうにないし、見て回るならサチと二人でゆっくり回りたいところだ。
花畑地区から出発すると次第に山が近付いてくる。
上から見るとそこまで高く感じなかったが下から見上げるとなかなか迫力がある。
線路はそのまま山をトンネルで抜けるようだ。
緩やかなカーブと共にトンネルの入り口が近付いてくる。
前の世界でもトンネルに差し掛かる時は不思議な高揚感を感じる。
サチは・・・うん、ワクワクしてるな。あまり表に出してはいないが俺の服を掴んでる手がうにうに動いてる。
トンネルに入ると線路を走る音に反応してトンネル内が青白く光る。
「おぉ・・・」
「これは光の精ですか?」
これと同じ光り方を情報館の帰り道で見た事があった。
たぶん光の精の子供が車両の音に反応して発光していると思う。
「はい、恐らく・・・」
「恐らく?」
「実は偶然このような状態になりまして、線路を引いている間にこのように光るようになりました」
「へー」
「綺麗ですのでこのままにしたいのですが、どうでしょうか」
「うん、俺もこのままで良いと思う。嫌われないようにしないとな」
「はい、上手く共存したいと思います」
光の精は水気を好むようなのでこの水路と線路の隙間が気に入ったのだろう。
そしてこの島にはあちこちから職人達が出入りしているので何かと都合がいいんだろうな。
情報館では左右に青白い光が広がっていたが、ここは天井まで青白い光で満たされて別世界の空間に来たような錯覚を感じさせる。
それに花畑の後というのがメリハリがあってよりこの良さを感じる事ができる。素晴らしい。
ゆっくりとトンネルを進んだ先には川があり、そこを抜けると最初の駅が遠くに見えてきた。
駅の手前には石畳の歩道と建物が軒を連ねている。
「この辺りで食事や土産の提供を行いたいと思っています」
「あぁ、だからこっちから見易い配置になっているのか」
こちらから見て歩道の手前には建物は無く、歩道の向こう側の建物が何を提供しているか直ぐに分かるようになっている。
残念ながらまだ提供はしていないようだが、お土産や飲食物の提供が始まればきっと賑やかな通りになるだろう。
そしてここを見ておけば下車した後に自然と足が向く。考えてあるなぁ。
人が行き来する様子を想像しているうちに車両は駅に到着し、止まった。
「これで車両観覧は終了になります」
「うん、とても良く出来てた。ちゃんと観光島として人が来るようになった時にもう一回乗りたくなったよ」
「そう思って頂けたなら嬉しいです」
やっと案内人の表情が柔らかくなった。
こっちに来てからずっと緊張していた感じだったからなぁ。
よし、このタイミングなら色々提案できそうだ。
とりあえずずっと座ってると尻が痛くなるので座布団みたいな物が欲しいのと、風が吹いた時やトンネル内だと少し寒く感じる時があったから膝掛けが欲しい事だけ伝えておこう。
残りは家に帰ってからサチと話しながらまとめて言った方がいいかな。
・・・あ、しまった、外を見るのに集中しすぎて飲食車両だったのに何も飲み食いしてなかった。
今度乗ったときの楽しみが増えてしまった。
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