窓拭き

情報館は様々な情報が集められているところだ。


しかしその情報を得るには必ず情報館の人を通す必要がある。


つまり前の世界の図書館のように足を運べば自由に情報が手に入るというわけではなく、情報を得るにあたり正当な理由が無いとダメらしい。


「暇だな・・・」


用意してもらったクッキーとお茶を平らげ、早々に暇になってしまった。


こんな事ならサチに下界の魔法一覧でも見られるようにしておいて貰えばよかったなぁ。


情報館で情報を得ようとすると必ず誰かに説明してもらわないといけないので、暇つぶしのために付き合ってもらうのも何か悪い気がする。


何か今のうちに知っておけることはないかな・・・。


ダメだ、腹に物が入ってしまったので思考力が低下してる。軽く眠いぐらいだ。


だからといってここで寝るのもみっともないし、どうしよう。


意味も無く部屋の中を歩き回るがいい暇つぶしが思いつかない。


いっそ断りを入れて外でも散歩しようかなぁ。いや、それだと誰か来るか。


そういえばここの窓ってスモークガラスみたいになってるんだよな。何か意味があるのかな。


・・・違った。


ちょっと触れたら触れた部分だけ透明な窓になった。


よし、やる事が決まったな。




「あの、主様、何をなさっているのでしょうか」


俺の後ろからアリスの困った声が聞こえるので振り向く。


「何って窓拭きだけど」


良い具合に黒くなってきた雑巾の手を止めバケツのお湯で絞る。


「そうではなく、何故そのような事を」


「あー、窓触ったら手の跡ついちゃったから拭こうと思ってさ。んで拭いたらそこだけ綺麗になっちゃって、逆に気になってしまったからいっそ全部やるかなと」


「何も神様がそのような事をなさらなくても・・・」


「まぁいいじゃないか、手持ち無沙汰で暇だったところだったし」


「はぁ・・」


どう応対していいかわからなくなっているようだが、まだ窓拭きが終わってないので再開する。


くすんでいる窓に濡れた雑巾を当てるとザラっとした感触が手に伝わる。


これを何度か擦っていると次第にザラつきが無くなって綺麗になるのが楽しい。


最後に乾いた雑巾で乾拭きして終了。


後はバケツに戻って雑巾を絞っての次の窓を拭く作業の繰り返し。


そんな俺の挙動をアリスは物珍しそうにじっと見ている。


「気になる?」


「あ、はい」


「普段はどうやってるんだ?」


「窓は基本一定期間後に総換えしています」


「え?そうなの?」


「その方が効率的なので」


こっちじゃそういうものなのか。


てっきり念で綺麗にしたりするのかと思っていたが、そんな事もせずに新品に取り替えてしまうのか。


天機人は天使と比べて念の精度が落ちるが代わりに力持ちだから効率を求めるとそうなるか。なるほど。


「もしかして交換前だった?」


「ええと・・・」


アリスが言い淀む。なんだ?


「その、情報館は情報を集めるのが主な場なので景観にそこまで力を注いでおらず、窓の交換も風化が見られるまでそのままという事が多く・・・」


あー、一定期間って定期的という意味じゃなくて窓が傷んでくるのが大体同じ周期っていう意味の方か。


そういえば外観も少し古ぼけた感じあったな。内部は綺麗にしてあるようだが、窓はギリギリ外装って事なのだろう。


こういうところで文化や感性の違いを感じるなぁ。


「じゃあ別に俺が窓拭く事は問題ないって事でいいのかな?」


「はい、それはもちろん。学ばせていただいております」


学ぶって、そんな大層な事してないだろうに。


「うーん、まぁ見ていたいっていうなら止めないけど、それなら一緒にやった方がいい気がするんだが」


「ご一緒してよろしいのですか!」


お、おう。食いついてきた。


「じゃあとりあえずこのバケツの水を取り替えてくれるかな。大分黒くなってきてるし」


「承知致しました」




えっと・・・。


「リーサさんそこはもう少し丁寧に。カナエさん、そろそろ水の交換を」


俺の上の方でアリスの指示が聞こえる。


おかしい。もっとゆるりとした時間を堪能しつつ窓拭きするはずだったんだがどうしてこうなった。


アリスと窓拭きを始めたまではよかった。


だが天機人、特にこの情報館の館長の性能の高さを甘く見ていた。


元々そんな難しい作業でもなかったが、要領を教えてからものの数分で俺より上手く素早く拭き終わるようになった。


次第に俺が終わるのを待つ時間を持て余し始めたのか汚れたバケツを持って部屋を出て行った。


しばらくすると数人のメイド達と共に新しいお湯の入ったバケツを持ってきて、その中に錠剤らしきものを入れて溶かした。


何をしているのか最初よくわからなかったが、そのお湯で絞った雑巾を使ったところ、それまで手応えのあった窓の汚れが一発で滑らかに拭き取れた。


詳しく聞くと汚れたバケツの水を分析して専用の薬剤を作ったそうな。


そんな情報館のメイド達の底知れない性能の高さに驚かされながら、人手が増えたので高い場所と外側の窓拭きをお願いしたのがつい先ほど。


あとはもうアリスの統率の下、俺のゆるい速さの窓拭きとは世界が違うような速さでみるみる上の方の窓が綺麗になっていってる。


一応俺の分も残しておいてくれてる気遣いもしてくれているのもさすがだ。情けない限りだが。


「主様、上部の窓拭き完了しました」


「ご苦労様。こっちも丁度終わったところだ」


実際は俺が終わるのを見計らって時間調整してくれてたんだろうけど。


まぁそれはいいとして、拭き終えた窓を少し下がって眺める。


うん、外の緑が綺麗に見えていい。


「あ!まどきれいになってる!」


いつの間にか俺の横に来てたちびアリスが窓を見て喜んでいる。


ちびアリスにはいつも誰か付き添いがいるはずなんだが、撒いたのか?にへっと笑うんじゃない、悪い子だ。


「ねーたまっ!」


片付けが一段落したところでアリスに突進する。


「一人ですか。ではあの子達の昇進はまだのようですね」


「まーまーだったっ!」


「まぁまぁじゃダメですね。せめて苦戦したぐらい言わせられないと」


突進を難なく受け止め抱き上げたアリスがちびアリスから何か報告を聞いてる。


とりあえず情報館で昇進するのはなかなか大変らしい。


「まどきれいになってよかったね!」


「えぇ、主様のおかげです」


「んー?ねーたまがたのんだの?まえからきにしてたれしょ?」


「なぜそれを・・・」


「ふふん、ちびにはおみとおしなのれす!」


お見通しもなにも元は一緒だったから当たり前、とか言うのは野暮なので言わない。


「気にしてたのか」


「ええと・・・」


「ねーたまってばじぶんのきもちはすーぐ、すーーーーぐかくすんれすよ!」


「ほう。じゃあ気にしてはいたが言い出せずにいたのか」


「はい。特にする意味もありませんでしたので」


「ほらまたそーゆー!」


アリスの腕の中でちびアリスが口を膨らませて怒っている。


こういうところはちびアリスの方が一枚上手で見ていて面白い。


「あるじたま、ねーたまにめいれいしてくらさい」


「わかった。じゃあアリス、窓は汚れが目立ってきたら拭くなりして綺麗な状態を保ってくれ。俺はその方が気持ちがいい」


「かしこまりました」


「これでいい?」


「うん!ありがとー!」


「こら、そこはありがとうございますでしょう」


「あははははは」


ちびアリスは俺に礼を言ってアリスの腕から逃げていった。


アリスも俺に一礼してから追いかけていく。元気だなぁ二人とも。


・・・さて。


「それ、いつも撮影してるの?」


「はい!」


先ほどまで窓拭きしていたメイド達が二人のやりとりに恍惚な表情を浮かべながらパネルを開いて撮影していた。


どうやらこの情報館じゃ日常的に行われている事らしい。


「いいですよね、ちびアリスちゃん。ご主人様もそう思いますよね!」


「お、おう、そうだな。アリスとの絡みがいいな」


「さすがよく分かっていらっしゃいます!このあとお時間あれば厳選した映像がありますが、いかがでしょうか!」


あーこれ逃げられないやつだ。


まぁいいか、どうせ窓拭き終わって再び暇になるし、折角だから見せてもらうとしよう。




・・・失敗した。


「むー・・・」


家に帰ってから今日の事を話してからサチがずっとこんな調子で不貞腐れている。


原因はちびアリスの映像を見たという話。


「そんなに見たいなら送ってもらえばいいじゃないか」


「むー・・・そうしたいのはやまやまなのですが、立場的に言い辛いものがありまして」


立場も何もデレンデレンな様子はもう情報館の皆に知れ渡っているだろうが。


「それにですね、常に見られる状態ですと、その、自我を保っていられるかどうか・・・」


そんなにか。


さてはこっちが本音だな?


「わかったわかった。じゃあ今度はサチも一緒に見させてもらいに行こうな」


「はい。絶対ですよ」


「うん。ほら、貰ってきたクッキーでも食べて機嫌直してくれ」


「・・・」


「なんだよ」


「食べさせてくれたら考えてあげなくもないですよ」


何言い出してんだか。


やれやれ、しょうがないな。


「じゃあ美味しく食べる方法教えるからこっちおいで」


そう言って膝を軽く叩くとなかなかの速さで着席してきた。


「ソウ、はやく」


「はいはい」


こりゃあっという間に貰ったクッキー無くなりそうだ。


サチと行く約束もしたし、今度はもっと多めに貰ってくるとしよう。

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