-人間種はじめました 料理と錬金術師-
俺はルシカ。人間だ。不本意ながら。
本当に人間の身体というのは不便だ。
身体を動かしても魔法を使ってもすぐに息切れする。
そして燃費が悪い。とてつもなく。
すぐに腹が減るし喉も渇く。計画的に動かなくてはならない。
如何に過去の自分の身体が良い性能をしていたかが今になってわかってくる。
しかし嘆いていても仕方が無い。前向きに考えるとする。
この身体になって少なくとも二つ良い事があった。
一つは女と触れ合う機会が増えたことだ。
人間という種族は今の街のように群れて生きる。
そうなると必然的に男女が触れ合う機会が増える。
人間になって早々に過去の自分の経験や願望を次々と突破していった時は夜中一人で涙したのは今も忘れない。
慣れてくると女の良し悪しも分かるようになってきた。
この前徒党を組んだ女達もなかなか良かったが、若さ故少し落ち着きが足りないのが残念だった。
別に年上が好みと言うわけではないのだが、冷静な判断力は重要だ。
勢いや雰囲気に任せて突っ込んでしまうような部下はもうこりごりだからな。
そして良い事もう一つ、料理だ。
最近料理が作れるようになった。まだ簡単なものしか作れないが。
伝手で知った変わった飯屋に節約がてら通っていたら自然とある程度作れるようになっていた。
料理というのは知れば知るほど錬金や魔法研究に近いものを感じる。
過去に魔法研究をしていた俺にとっては相性のいい物なのかもしれない。
人間の燃費は悪いが料理と言うもので効率よく栄養を摂取したり、食事を楽しくすると言うのは俺は好きだ。
若干ここの常連のオヤジ達が煩わしいと思う事もあるが、居ないと気になるので居てくれた方がまだいい。
それにここでは面白いものが見られる。
「みんなーおまたせー!」
「うおおおおお!!」
箱の台の上に二人の子供が乗って挨拶をするといい年の大人達が大きく盛り上がる。
俺がここに来る少し前から定期的に行われているライブが今日も始まる。
料理人の連れ子らしき双子の子供が箱の上で歌って踊り、色々なパフォーマンスをする。
俺はかぶりついて応援するオヤジ達の後ろの方の隅でそれを見ながら飯を食う。
多少うるさいがこういった賑わいの中で食う飯は悪くない。うむ、今日もなかなかの出来だ。
しかし歌っている双子を見て思うが、なんでこんなところに天使がいるのだろうか。
一見普通の人間に見えるが、身体を巡る魔力の流れを視ると人間のそれとは大きく違う。
天使とは前の身体の時に戦った事もある。あの時は偉そうな口ぶりと光の攻撃が厄介だった。
しかしそんな天使の悪い印象もあの子達を見るとどうでもよくなってくる。むかつく野郎の顔なんてさっさと忘れてしまいたいしな。
ま、あのオヤジ達がデレデレになるほど良い性格なのは確かだ。
ただ、俺の対象枠からは外れているのでそれ以上には何も思わない。思ったらダメだと思う。父親にでもなれば別だろうが。
「きょうもありがとー!」
ライブが終わり、適当に拍手をして、片付けてオヤジ達が席に戻る前に帰る。
ここで帰らないと絡まれて感想会に巻き込まれるからな。あれは二度とごめんだ。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
冒険者ギルドに戻ると受付のお姉さんが迎えてくれる。こんな時間までお疲れ様。
さっきの飯屋で作った夜食を渡して自室に戻って横になる。
大分この街にも慣れたがいい加減ギルドに世話になり続けるのも良くないと最近思うようになってきた。
どっか安くて良い物件ないだろうか。
今度探してみるかな。
「ぬぅ・・・」
冒険者ギルドに併設されている不動産窓口で差し出された空き物件の一覧を見たがロクなのがない。
いや、言い方が悪いな、理想の物件がない。
俺が求めるのは一人身で引き払いしやすいもの。
この街に住むのであればそれなりに好条件のものがあるのだが、俺はこの街に住むつもりは無い。
良い街なのは確かなんだが、どうしても確かめたいところがあるので、いずれは旅に出る事を考えると住み易すぎるのは良くない。
そうなると旅人や冒険者が長期滞在するための貸家になるのだが、基本的に複数人向けのものしかない。
そういう家は徒党で借りるのを見越した金額になっているので少し割高になってて俺一人で借り続けるのは厳しい。
「これ以外にはないのか?」
「あることはありますが、こちらで保障しかねる物件になりますのでおすすめは致しません」
ふむ。ギルドの管轄外の物件もあることはあるのか。
仕方ない、自分の足で探してみるか。
ギルドの管轄外の物件というのはギルドが安全を保障してくれなかったりするものを指す。
契約も自分で行うので仲介料が無い分割安だったりするのだが、全て自己責任ということが付いてくる。
どっか適当な空家でもあればいいんだが、この街は思ってる以上に管理が行き届いている。
仕方ない、街の外で探してみるか。
街と北のダンジョンの間ぐらいの小さな森の中に良さそうな小屋があった。
うむ、静かだしマナが多くて良い。
・・・良くなかった。
くそ、まさか無法者の拠点だったとは!
汚いからもう誰も使ってないと思ったのに、お前らもう少し掃除しろよな!
一対多人数の戦いになったが、一人なら一人の戦い方がある。
とりあえず全員ツタで縛っておいた。弱すぎる。
街に戻ってギルドに報告したら臨時報酬が出た。ふふふ、お姉さんに撫でられたし今日はいい日だ。
・・・はっ、ちがう、今日は物件探しだ。
街の外は荷馬車が要るので結局出費がかさむ事がわかった。無法者達を引き摺るのは骨が折れた。やれやれ。
そうなると街の中で適当な物件を見つけないといけないのか。うーむ。
街の中をブラブラと歩き回って日も暮れる頃、商店地区の裏路地で一人の女が俺を待ち構えていた。
「やっと来たね。さ、お入り」
見た瞬間相当な手練れだという事がわかった。人間だが限りなく人間からかけ離れた存在だった。
如何にも魔女というような格好をしたその女は自分の店に俺を招き入れた。
もちろん警戒はしたが、今の俺では勝てる気がしないので大人しく従う。
「占いで店子が入ると出てね。待っていたんだよ」
キセルを吹かしながらそういう魔女はこの街でも有名な錬金術師だそうだ。
魔法、錬金、占星、風水など色々な技術を会得しているらしく、歳は三十を越えてから数えてないとか。絶対百を越えてると思ったが黙ってるのが吉だな。
「で、俺に何の用だ?」
「住む家を探しているんだろう?うちの屋根裏を提供してやろうかと思ってね」
「・・・代わりに手伝いをしろってことか」
「話が早くて助かるよ。なに、ギルドじゃ請け負わないような仕事をたまにしてもらうだけさね」
ギルドじゃ請け負わないような仕事というのは厄介な内容と言う事か。
その代わり滞在費は無料。報酬も出してくれるのか。
くっ・・・しかし得体の知れない魔女の言葉だからな・・・。
「外を見てみな。そっとだよ」
俺が判断に悩んでいると魔女がそんな事を言う。
言われたとおり窓の外を見ると知った顔が道路の正面の家に入っていく。あれはギルドの受付のお姉さんじゃないか!
「どうだい?悪い話じゃないと思うんだが?」
そう言って悪い笑みを浮かべる魔女に俺は頷くほかなかった。
「だー!こんなん聞いてねぇぞ!」
北のダンジョンで大量の敵対生物に追われながら走る。
「す、すみません・・・」
「舌噛むから黙ってろ!」
俺の腕にはメガネをかけた女が抱えられている。
この女は錬金術師見習いで、俺が住んでるあの魔女の家の弟子だ。
錬金術の腕はなかなかで、鑑定や選別も慧眼の持ち主なのだが、いかんせんどんくさい。
何をするにしてもモタモタするし、他人と話すのも苦手で、俺とまともに会話できるまで十日もかかった。
で、魔女からの依頼で素材を拾いに来た結果、案の定敵対生物に見つかり今の状態だ。
くそ、あの立地じゃなければ断っていたのに!
あの時即決した当時の俺を恨みながらもうすぐ見えるであろう出口へ猛ダッシュした。
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