迷子の風の精
下界の漁業は今のところ二箇所でしか確認出来ておらず、あまり盛んに行われているとは言い難い。
一箇所は漁村と月光族の港町の間の大河で、もう一箇所は和人族の城下町の港から船を出して行っている。
一応川などで獲った魚を焼いて食べるという事はあるが、それを商売とする漁業となると一気にその数は減る。
下界の魚は相当凶暴だから仕方ないといえば仕方ない。
船に集団で体当たりして転覆させようとするぐらいだからな、それぐらいなら空気があるところで戦える地上で狩猟をする方がまだいい。
そういう経緯もあってか、魚料理は他の料理と比べてレベルが低いように感じる。
調味料があればある程度どうにかなると思ってたんだが、さすがに限界があるようだ。
しかし、そんな魚料理を研究しているところがある。
勇者の料理本を所持する屋敷だ。
ここでは様々な食材を自ら育成栽培しているのだが、川から水を引いてきて魚の養殖まで行っている。
よくもまぁあんな凶暴な魚を養殖なんてする気になったなと最初思って見ていたが、よく観察していると面白い事に気が付いた。
凶暴な魚なのは同じなのだが、その凶暴具合が大河の魚より下がっているみたいなのだ。
やはり餌が安定供給されるからその分凶暴性が落ちるのか。
世代が進めば次第に落ち着いた別の品種になるやもしれんな。
品種改良か・・・。
神の身からすると正直あまりやりすぎは良くないと思う。
確かに生産性などを突き詰めていくのはいいかもしれないが、その結果作り出したものが生産者に牙を剥く場合もある事を忘れないで欲しいところだ。
冒険者ギルドを見ているとその辺りの危機管理意識は大丈夫かな?上手くやってほしい。
一方和人族の城下町の方の漁業は比較的平穏だ。
近くに竜の島があるせいか、巨大な魚や危険な魚がこの海域に来ると島の統括竜が戦って倒してしまうので安定した漁が行えているようだ。
ちなみに統括竜によって倒された魚は城下町の港に運ばれ放置される。
放置された魚は城下町の人達の手によって解体された後、素材と食材に分けられ、食材は美味しく頂く。この辺りは万国共通っぽいな。
解体が終わって振舞われる頃に統括竜達は竜人と共にお忍びでやってきて堪能して帰っていくようだ。
統括竜はどっちかというと振舞われる料理が楽しみで狩りをしている気がする。気のせいかな。
なんであれ人と竜が良い関係を保てている限りはここの漁業は安定していられるだろう。
むぅ、おなかすいてきてしまった。後で何か食べよう。
自宅のある島の端に腰掛けて手製の釣竿を垂らしてぼんやりする。
今日もサチは会議島で用事らしく、俺は留守番となった。
とりあえず少し多めに作ったサンドイッチを適当に頬張る。
竹で作った水筒にサチに頼んで入れてもらったお茶を飲む。
はー・・・落ち着く。
腹もこなれたところで竿を揺らす。
今日はまだ風の精も来てないので無意味なのだが、さっき下界の漁を見ていたので何となく釣り気分が味わいたいだけでこんな事をやっている。
今頃サチは会議島であくせくしながら観光島計画を進めているんだろう。
そんな中俺はこんな事をやっていていいのかと少し不安に感じるが、神がこのようにゆるりとしている様子が安心を与えるらしく、存分にゆっくりしろと言われている。
うーん、神の在り方というか上の者の在り方というのもなかなか難しいなぁ。
特に染み付いてしまった人間の頃の忙しない生き方が抜けないので何かやっていないと落ち着かないのが厄介だ。
既にこの無意味な釣りに飽きてきてる自分がいる。どうしよう。
あーあーひまだなーひますぎるーどうせ釣れない釣糸まわしちゃうぞー。
・・・ん?ちょ、ちょ、先に何か付いてる!?停止停止。
なんだ?釣糸引き上げてみよう。
風の精だった。それにしてはサイズが小さいな。子供か。大丈夫か?
あーあー泣くな泣くな。よしよし。怖かったな、すまん。
なんであんな釣糸に掴まったんだ?
あぁ、振り回してる音が気になったのか。で、仲間からはぐれたと。
どうする?帰れるか?難しそう?そうか。じゃあここで他の風の精が来るの待ってる?
送って欲しい?すまん、俺飛べないんだ。そんな驚かんでも・・・。哀れみの視線をされてるが大丈夫だからな?
それで、どうする?うん、邪魔じゃなければ待たせて欲しいと。いいぞー、代わりに俺の暇つぶしの相手になってくれ。ははは。
先ほどまで座っていた場所に再び座り、釣糸を垂らす。
風の精の子供は俺の脚の上で寝てる。
島のあちこちを見て回っているうちに力尽きてしまった。
今回はただ釣糸を垂らしているのではなく、ちゃんと先に物を付けている。
一見ただの木の棒にしか見えないんだが、風の精はこれで連絡を取るらしい。どういう原理なのかはわからん。
見易い場所に置いておけばいいと言われたので、島の外の空間に出しておけばいいかと思って再び釣りを再開している。
しばらくするといつもうちに来る風の精がやってきて釣竿に気が付いたようだ。
ん?あれ?引き返していった。おーい、ここにいるぞー。行っちゃった。
少しすると先ほど来た風の精とそれより大きな風の精が飛んできた。
おぉ、お母さん、久しぶり。元気そうだね。
え?子供が迷惑を?いやいや、そんな事はないからそう何度も頭下げないで。うん。
なんでもこの前生まれた風の精達の空中散歩をしていたらはぐれてしまって探し回っていたらしい。
何かすまんな、元はと言えば俺が釣竿で変な遊びしてなければそんな事にならなかったんだが。
勝手に自由行動したのが悪い?まぁそうだけども。
少しの間一緒にいたが、この子は他の風の精より人一倍物事に興味を示す子のようだ。
なんでもない事にでも興味を示すというのは優秀になる一因だと思う。サチがそんな感じだし。
だから帰ったらこっぴどく叱るのは勘弁してやってくれ。厳重注意ぐらいで頼むよ。
風の精の母は仕方ないといった表情で承諾してくれたので、そっと足の上で寝ている風の精の子供を返す。
言う事は言ったし、帰ったこの後どうするかは家庭の方針だからそれ以上とやかく言う必要はないだろう。
再三頭を下げてから風の精の親子は帰っていった。
落ち着いたらまた遊びに来るかな?今度は親子連れで来て欲しいな。
見送っていたらすれ違うようにサチが帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま戻りました。今のは風の精ですか?」
「うん。迷子の引き取りにね」
「何かあったようですね。詳しくは後で伺います。今はお風呂に入りたいです」
「あいよ」
さすがのサチも少し疲れているか。
俺に出来る事は少ないが、今日は精一杯労うとしよう。
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