魂の循環

下界には吸血鬼種がいる。


鬼じゃないから吸血種のほうがいいのか?どっちでもいいか。


ともかく、少数ながら血を糧とする種族が存在している。


そんな彼らが北の領と月光族の村の中間にある森の中に館を構えて住んでいるのが最近わかった。


定期的に森で狩った獣を月光族の村に持ち込む女性が居るのだが、最初は森の中に住む亜人種だと思っていた。


ところが気になって調べてみると、吸血種となっており、その動向を追ってみたところ森の中の館を発見する事が出来た。


館は精巧に偽装されており、大木の中に屋敷が建てられていた。そりゃ気付かないわ。


彼らが月光族の村で狩った獣と交換しているものが牛乳だ。


下界の吸血種達は牛乳が大好物なのだ。


最初見たときは驚いたが、よくよく考えてみると納得できた。


牛乳も元は牛人種の母乳だ。


そして母乳は血液から出来ている。


つまり血液から変化した牛乳と言うのは彼らにとって血液と同等のものという認識なのだろう。


元々子供を育てるためのものだし、栄養価も高く、理想の栄養補給方法なのかもしれない。


そのせいか、彼らは全く吸血行為をしない。


しかも牛乳が安定供給されているのでとても温厚な種族になっている。


牛乳と交換するために最低限の狩猟はするが、その程度で荒っぽい事はしない。


うーん、俺のそれまでの吸血鬼の印象はもっと恐怖の象徴みたいな感じだったんだが、大きく覆されてしまった。


彼らの一日は夕方に起き、館の周囲の散歩、日によっては狩猟、日が変わる頃には館に戻り、自由に過ごし、早朝に寝る。


月光族の村へは女性が早朝寝る前に狩った獣を持って行くのが決まりなようだ。


もちろん男の吸血種もいるのだが、男女共に美形の種族らしく、男が行くと村の女性が群がって混乱が起こるので控えているみたいだな。偉い。


しかし男ならこぅ、直接飲んでみたい、みたいな願望は無いのだろうか。


俺はある。サチがそんなだったら飛びつくぞ、たぶん。


さらに詳しく調べたら一応あることがわかった。


村の外れに普段倉庫に使っている小屋があり、そこで定期的に村の住民と吸血種の希望者が会う場が設けられているようだ。


中で何をしているのか見ようとしたら望遠にされた。そういうことね。ちくしょう。


そのおかげで双方良好な関係を築けており、少子化対策にもなっているようだ。


ふーむ、それぞれ地域によって色々な文化があるなぁ。


とりあえず後で牛乳を使った何かを作るとしよう。甘めの味付けで。




「魂についてですか?」


「うん、詳しく知りたいから教えて欲しい」


仕事終わりに片付けをするサチに聞く。


「・・・」


何か震えてる。なんだ?


「ソウ!」


「は、はい?」


「やっと!その話に興味を持って頂けましたか!」


「お、おう?」


なんだなんだ?怒っているような嬉しいような、表情が読み取り難い。


「神様になってそれなりに経ちましたが、こちらから話を振ったのに軽く流された時は本当にどうしようかと思いましたが」


「あ、あぁ、すまん。重要な事だったのか」


何となく聞いてはいたが、いつ聞いたかも覚えてないんだよな。悪い事をした。


「いえ、別にそれ程に重要な事でもありません」


「ないんかい!」


「ふ。ふふ、さすがソウ、良い突っ込みです」


ぐ・・・つい勢いで思いっきり突っ込んでしまったが、演技だったか。ちくしょう、ツヤツヤしてやがる。


「さては会合で魂の話題が出たから事前に準備してたな?」


「はい。思った通りに事が進むと気持ちが良いですね!」


くっそーいい笑顔してやがる。あとで覚えてろよ。


あーもー嬉しそうに小躍りしちゃって。


落ち着くまで少し待つか。おのれー。




落ち着いた後、改めて説明を頼む。


「では魂の循環について説明します」


「うん、よろしく」


色々説明しやすい画面を出してくれる。


「まず魂というのは基本的に下界のもの全てに宿っているある種の情報体のことです」


「情報体?」


「生まれてから死ぬまでの間の記録されているものだと思ってください」


「ふむふむ」


「魂は宿っていたものから離れると一度こちらの次元に来て魂の精査を受けます」


「うん、それは聞いた」


いつ聞いたかまでは覚えてないけど、魂はこっちに来て下界に戻るの繰り返しをしているらしい。


「魂の情報をもとに精査の後、現状維持、昇格、降格のどれかに分類されます」


「うん」


「現状維持では同じようなものへ、昇格した場合は以前より影響力のあるものへ、降格した場合は逆に影響力の無いものへ転生します」


「影響力ってのは意識みたいなものだっけ」


「はい。成長する、他のものを糧にする、考えるなどの能力が備わるかどうかですね」


上位から人、獣などの生き物、その下に植物、一番下だと石などがパネルに表示されている。


「そうなると石から成り上がるのって相当大変だな。何も出来ないわけだし」


「そうですね。ただし、魂の位が低ければ低い程入れ替わりもしやすいので変動が大きいです」


「ん?同じものでも魂が入れ替わるの?」


「はい。器となる体の方との密接度がそこまで高くないので入れ替わりが行いやすいのです」


「へー」


じゃあ岩とか大樹とか知らないうちに中身が違う魂になってたりするのか。


影響力が無いから入れ替わっても分からないけど。


「ここまでの循環についてはいいですか?」


「うん」


「ではこの循環から外れる事について説明します。まず下界でこの循環から外れる例外の存在についてです。大きく分けて思念体と邪念体があります」


「どう違うんだ?」


「思念体は何かしらの理由で下界に留まり続けたい意志が強い魂や幽体離脱した人などを指します。基本的に目的が達成されないと魂の循環に戻ろうとしないので、浄化の魔法なども通用しません」


「目的がなんだか分からないとずっと居続けるのか」


「基本的に無害なので放って置いても問題ありませんが、こちらから強制的に戻す事も可能です」


「そうか。でも可哀想だからなるべく目的を達成させて自然と戻してやりたいな」


「そうですね」


「邪念体ってのは?」


「邪念体は様々あります。思念体が穢れたもの、死ぬ前の負の感情が強すぎたもの、欲にまみれた未練の魂などが邪念体になりやすいです」


「なるほど」


「基本的に邪念体は器を求めます。その器に邪念体が入ったものがゾンビやグールと言った不死者になりますが、邪念体には浄化の魔法が効くので対処はそこまで難しくありません」


「浄化されるとどうなるんだ?」


「元が思念体なら思念体へ、穢れた魂であれば魂の循環に戻ります。ただし、穢れた魂の場合、大半は精査で大幅に降格される事が多いです」


「ふむ。大体わかった」


「ありがとうございます。少し休憩を入れましょうか」


「うん。そうしよう」


そう言ってサチが空間収納からお茶セットを出して用意してくれる。


この後は天界側についての魂の話か。


やっと本題って感じだな。


俺にも関係ある話だから気を引き締めて聞かないと。




「では、再開します」


「今度は天界側か」


「はい。天界側といっても生活空間内とこちらの仕事場の空間の二つで違いがあります」


「どう違うんだ?」


「基本的に生活空間は生活空間内で魂の循環が行われます。特にこちらの次元に魂だけが来るような事はありません。移動するなら肉体ごとになります」


「うん」


「そして、下界から昇って来た魂とは別にこちらの空間内を漂う魂があります」


死後の俺や前に来た迷い人がこれだな。


「基本的に魂の精査から何かしらの理由で吐き出された魂が他の世界を行き来できるこの空間を漂う事になります」


「つまり俺ははみ出しものってことになるのか・・・」


「そうなりますね」


そうか。俺は前の世界の魂の循環から吐き出されたはみ出しものの魂だったのか。


少し落ち込んでいたらサチがこっちに来て膝の上に勝手に座ってきた。うん、大丈夫。ありがとう。


「このように漂う魂は次元を回遊しながら定着できそうな世界へ向かいます。そして神様が提示した条件に見合った魂がその世界へ入り、転生します」


「なるほど」


なんか定置網漁みたいだな。そうなると俺はジジイの張った網に引っかかった魚か。なんか腹立ってきた。


「これが正常な異世界への転生になります。しかし以前ここにも来たように稀に通り抜けてくる魂もいます」


「いたねぇ」


「そういった魂は神様の裁量次第で様々な扱いがされます。うちに来た魂は望んだところへ転送となりましたが、単に放逐される、受け入れられる、場合によってはその場で消滅させられるなどあります」


消されるところもあるのか。こわいな。


あーでも俺も最初ここに来た時はそれでもいいと思ってたっけ。


魂側の希望でそうしてくれる神も居るって事を考えるとなんともいえないな。


「そして、もし神様の居ない、まだ創られていない世界へ入り込めた魂はそのままその世界の神様になります」


「へー。じゃあ漂っている魂は皆神様になる可能性があるんだな」


「そういうことになります」


俺もその可能性を持っていたわけか。


そうなると魂の循環から吐き出された理由が気になるな。ただ世界に沿わない魂だったのか、はたまた神になる素質を持っていたからか。


「ソウ?」


サチが上を向きながらこっちの様子を気にしてくる。


「いや、なんでもない」


「そうですか」


・・・。


サチと会う魂だったって考えたら世界に沿わないとか神になる素質だとかどうでもよく思えてきた。




「それでは最後に今後の漂う魂の扱いについての確認をお願いします」


「あいよ。基本的に今まで通り魂の呼び込みはしない。ただし、通り抜けてくる魂については前の迷い人のようによく話を聞いて対応。場合によっては下界へ転生も検討する」


「転生させる場合はどうしますか?」


「どうって?」


「前世の記憶の有無、能力の継承、転生時の年齢など色々設定できます」


「あぁ、そっか、そういうのもあるんだな。そうだな・・・基本は来た魂と相談して決めるが、たぶん下界の魂と全く同じ扱いになると思う」


「了解です」


下界へ転生させる許可を出す前にあれこれ変な希望は却下してしまうだろう。


妙な道具や能力を与えて今の世界のバランスが崩れても困るし。


ま、転生許可を出すような気の良い魂なら潜在能力が少し高くなるようなサービスはするかもな。


だが、果たしてそんな物好きな魂なんて来るのだろうか。


まぁいいか。二神の様子を見ると形だけでも用意しておくのに意味があるっぽいし。


さて、とりあえず勉強会はこのぐらいで切り上げて、帰って牛乳プリンでも作るとするかな。

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