湖上の街
今日の仕事場はいつもとちょっと違う雰囲気だ。
現在下界の時間は停止中。
サチは色々とパネルを操作して準備中。
俺は緊張中。
「準備できましたので改めて説明します」
「うん、よろしく」
「視野範囲の任意拡張は神力を消費します。消費量は広さで変動し、下界の時間の進みは関係なく消費され続けます」
「うん」
「拡張中の情報収集は可能ですが、処理の関係上精度が落ちます。時間経過の速さと反比例して落ちると思ってください」
「わかった」
「それではどのぐらいの範囲を拡張表示するか予め決めますので指示をお願いします」
「あいよ」
今日は下界の視野範囲の拡張に挑戦する。
日々神力をこつこつ溜めてたおかげでかなりの量が溜まってるらしいので、どういうものかを知るためにも実験的に試す事にした。
視野拡張の場所は密林に居る末裔から崖方向。
時間と範囲から算出される神力量を見ながら調整。
「うん、こんなもんかな」
「確認します。表示時間は五分。範囲は密林から崖方向に比較的広範囲。下界時間は停止状態。神力の消費量は収支換算して下界時間五日分の消費になります」
「うん。それで頼む」
「では開始します」
サチが操作した後に承認すると画面の視野範囲が広がる。
崖の先には予想外のものが映っていた。
街だ。それもオアシスや草原の街と並ぶほどの。
崖からは大量の水があちこちから街に流れ込んでおり、崖の下は大きな湖となっている。
湖は海と面しており、湖から溢れた水が海へ流れ出ていてなかなかに風光明媚な場所だ。
そんな湖の上にある街。そうだな、湖上の街とするかな。その湖上の街には他には無い特徴がいくつもあった。
木で作られた橋の道、そこで生活する耳の長い人達。見た感じだと女性が多い。
それに各所に置かれた水を利用した装置のようなものがある、なんだろう。
「あっ」
そう思ってたところで時間が来てしまって視野範囲が消えた。
むぅ、気になる事が一杯あったな。
サチに話しかけようと思ったが情報処理に追われているので少し待つ。
「お待たせしました」
「うん。街があったな」
「はい。どうやらエルフ種の街のようですね」
「エルフ?」
「耳が長い長命種です。知力が高く魔法や技術力が高いのが特徴ですね」
「俺の勝手な印象だとエルフって言うと森っていうイメージなんだが」
「はい。本来はそれで合っています。どうやら地形との関係性が強いのでそのあたりを説明します」
「よろしく」
どうやらあの湖は密林の影響を受けて出来たものらしい。
元々密林が出来る前、ここにはエルフの森があったのだが、密林が出来るにつれて地下水が増加。
それにより森がごっそり地盤沈下を起こして今のようになったらしい。
「相当被害出ただろう」
「そうですね。エルフだけでしたら全滅していたかもしれません」
「ん?エルフ以外も居たのか?」
「えぇ」
・・・このサチの表情、嫌な予感がする。
「・・・勇者?」
「よく分かりましたね」
やっぱりかー。
元々男の出生が少ないエルフは迷い人を保護という名目で捕らえることが文化としてあった。
そんな中、迷い人に男の勇者が混じっていたらしく、そのまま定住してたらしい。
「その勇者は既に亡くなっていますが、この街の多くの人はその血族にあたります」
視野範囲が消える前に保存していた湖上の街の画像を見せてもらいながらサチの説明を聞く。
地盤沈下によって生活が大きく変わったが、この時勇者の持っていた知識が役に立った。
「移住は考えなかったんだな」
「既にエルフの周りの森は密林でしたから、移動も困難だったのでしょう」
それもそうか。
頑張って崖を登ったとしてもその先には人を襲う密林がある。
更にその先に自分達が住める環境があるかどうかもわからないのであれば、この土地でどうにかしようとするのが普通だな。
「で、この勇者は何を持ってたんだ?」
「科学技術の知識ですね」
「またなんでそんなものを貰おうと思ったんだろうなぁ」
「それは私もわかりません。ですが、そのおかげで彼は密林を突破し、エルフの森に辿り着けたようです」
「なんでそこまでしてエルフの森に行ったんだろう」
「・・・無類のエルフ好きだったようです」
「・・・」
そ、それじゃしょうがないな。定住もするしエルフと共に運命を共にしたいと思うだろうな。
「とにかく、その彼の科学技術のおかげで何とか全滅を免れる事ができた功績は大きいです」
「そうだな。そんなエルフの土地で死ねたのなら彼も本望だろうよ」
「それに彼の知識は元々頭の良いエルフにとって非常に有益な知識となり、今では彼と同様に扱う事ができるようです」
「ということはこの街は文化レベルがかなり高いのか」
「素材や種族的な関係上限界がありますが、そうなります」
元々魔法や技術力のあった種族に科学が加わったわけか。
いわば魔科学文化というべき場所なんだなここは。
元々エルフが温厚な種族なようなので外部を刺激するような事はないようだし、そこは安心できそうだ。
しかし、外部と接触した場合どうなるかが不透明なのが心配だ。
信者が居ないと状況把握できないしなぁ。
とりあえず湖上の街があることがわかったのは大きな収穫としておこう。
「このあたりですね」
サチに抱えられた状態で転移して、そのまま飛んで小時間。
もうここがどこだかわからない浮遊島の一角に降り立った。
今日は新しく浮遊島を召喚する仕事をしに来ている。
それも一箇所ではなく複数個所やるという。
今日だけで結構神力を消費している気がするのでサチに聞いたら、一割も減らないといわれた。
それなら少しは念を使わせて欲しいと思ったが、それを察したのか無言の圧力をかけられた。いいけどさ。
とにかく神力の心配はしないでよさそうなので前々から構想していた島を召喚しようと思う。
「では、設定をお願いします」
渡されたパネルに詳細情報を入れていく。
今回の島は小さめの島を四つ、寒暖ありに設定する。
更に開始季節を個別にして、北の島が春なら南は秋、東が夏なら西が冬になるようにする。
「これでよし。できたぞー」
「はい。・・・うーん」
設定を見てサチが唸る。
「難しそうか?」
「いえ、大丈夫です。召喚作業に移ります」
「あいよ」
前回と同じように承認をすると四つの島が現れる。
今はまだ何も無いが、しばらくすれば結果がわかるだろう。楽しみだ。
「では次に行きましょう」
「あいよ」
「ここですね」
次に降りた場所は開けた場所ではなく既に浮遊島がある場所だった。
「ここは?」
「そちらに見えるのが朽ちる寸前の浮遊島です。このまま放置していると崩壊してしまうので一度こちらで処理してから新たに召喚します」
「了解」
「あ、それとですね、今度はできれば人の住める島をお願いします」
「あ、うん、わかった」
そういえば水の島もさっきの島も人が住むには不向きな内容になってしまっていたな。
サチが唸ったのはそういうことか。反省。
人が住めそうな島・・・人が住めそうな島・・・。
「うーん」
「そんなに難しく考えなくていいですよ。最初から出来上がった島でしたら造島師のやる事がなくなりますので」
「それもそうか」
「ソウもこれを使いますか?」
サチがパネルを操作すると三種類のボタンが表示される。
「これは?」
「一般的に居住に向いた島を作る標準的な範囲の数値をランダムに出してくれるもの、逆に一般外の島を作る場合のもの、完全にランダムなものと私が島を作るときに使っていた機能です」
「へー。便利だな」
「予想外観図も出るようにしてありますので、参考にして良さそうなものが出たら採用したらどうでしょうか」
「うん、ありがとう、そうする」
今回は人が住めるものが欲しいので居住向きのものを何度か押す。
おぉ、全部茶色だが外観表示が出て楽しい。
ん?あぁ、手直しも出来るのか。ふむふむ。
「できましたか?」
サチがパネルを覗き込んでくる。
「こんなんでどうだろ?」
「なかなかいいと思います。大きさも既存の島と同じぐらいですね」
「後は何すればいいんだ?」
「島を再生成します。二度承認お願いします」
「わかった」
サチの説明に従って承認を押すと、召喚時とは逆に朽ちた島が下がっていき、割けた空間に飲み込まれていく。
そして次に出された承認を押すと先ほどと同じように空から島がゆっくりと降りてくる。
うーん、いかにも神らしい壮大な作業だなぁ。
ただ、やってて少し気になった事がある。
「そういや朽ちた島に残った生物はどうなるんだ?」
「事前に退去通知をします。意思疎通が可能な生物であれば離れますが、不可能な生物ですとそのまま亜空間に呑まれます」
「む、そうなのか」
「大丈夫ですよ、亜空間内は空間収納と同じように時間が停止しますので、再召喚時までお休みという形になるだけですので」
「そっか」
ちゃんと生物達への気遣いもされてるようなので安心。
うん、二つ目の島も問題なく召喚できたようだ。
「では次に行きましょう」
「あいよー」
「ぁー・・・」
風呂に浅く湯を張って、寝転がると変な声が出る。
今日は頭を良く使ったのでこうやってぼーっとする時間が必要だ。
今風呂の中には俺しかいない。
サチは今日の召喚した島の情報をまとめてから来ると言ってたのでもう少し来るまでかかるだろう。
目を閉じると今日召喚した島の光景が浮かぶ。
最初の以外は居住向けを意識して設定したが、なかなか難しかった。
いや、難しく考えすぎてしまっただけなのかもしれないな。
もう少し気楽に考えてやった方がいいんだろうけど、うーん、数こなせばそのうち慣れてくるかな?
それにあのランダム機能はなかなか面白そうなんだよな。
特に一般外の方が気になる。
どんな特殊な地形が出来るのか今度時間がある時に弄らせてもらおう。
「・・・なんて状態で入っているのですか」
目を開けるとタオル姿のサチが呆れながらこっちを見下ろしている。
「終わったのか?」
「えぇ、滞りなく。それでソウは何をしていたのですか?」
「特に何も。何となくごろっとしたかったから」
はぁ、と半分呆れたような返事をするサチは気にせず立ち上がって湯を張る。
「ふー・・・」
適当に座って湯船に背を預けると自然と大きな息が出る。
「今日はおつかれさまでした」
「ん、サチもな」
「ありがとうございます。先ほどざっと計算しましたが、今日の消費分は下界時間の十日ほどで戻せると思います」
「結構早く戻るんだな」
「安定した信者数が得られていますからね」
「最初はどうなるかと思ったけどな」
「そうですね。ソウには感謝しています」
そういうとサチが体を摺り寄せてくる。
すっかりサチは俺の労い方を覚えたな。
よし、明日も頑張ろう。
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