念の習得

オアシスの街を観察していると見知った二人が街中に居るのを発見する。


末裔とヒーラーの二人だ。相変わらず仲良さそうでいいな。


流行も少し落ち着いてきたとはいえ戻ってきた時は騒ぎになるのと思ってたので完全に見逃していた。


注目していると遠巻きに見る若い子達、そしてそれより更に遠くからその様子を見ている人がいる。


斡旋所の人達か。ご丁寧に気付かれないよう風景に溶け込んだ服装をしている辺りコスプ族の片鱗を感じる。


あの二人が戻っても騒ぎにならなかったのは斡旋所の人達が全力で根回ししたからか。


木剣キーホルダーは街にそれなりの利益をもたらしたからなぁ。


その中心となる人物が街に対して警戒心を持ってはそれも台無しになってしまうからな。斡旋所の人達の気持ちもわからなくもない。


そんな人らの事なんか露知らず、二人は土産屋で木剣のキーホルダーを手に取って抜いて振ったりして笑っている。


一方で土産屋の主人の脂汗の量がすごい事になっている。


結局二人でおそろいの木剣キーホルダーを買って他の場所に向かって行った。


次の瞬間その土産屋には沢山の人が詰め寄り一瞬でキーホルダーの在庫が無くなった。


うーむ、二人が戻ってきたことで流行が再燃してるんじゃなかろうか。


斡旋所の人達は大変だろうが頑張って欲しいものだ。


「ソウ、大量の願いが届きました」


「・・・」


俺もその頑張る側だった。


やれやれ、それじゃ信者の願いを見ましょうかね。




「ソウ、提案があります」


仕事が終わった後、サチは俺の方を向いて真面目な顔でこっちを見てくる。


「そろそろ念を扱えるようになってみてはどうでしょうか」


念。こっちの上位天使の空間で日常的に使われている魔法か。


そりゃ使ってみたいが。


「俺が使うには神力が必要なんじゃないのか?」


「はい。しかしその神力も最近の信者増加によってかなり潤沢になり、常時消耗し続けるものでなければ使用しても問題ないかと」


「ふむ。今の神力の総量は?」


「下界に天変地異を起こすなら五十回以上、神罰なら十回程度。願いを叶える程度だと全信者の願いを一度叶えても余るぐらいには溜まっています」


そんな溜まってたのか。例えが物騒だがかなりの量ってことだな。


それに全信者の願いか。


中にはかなり無茶苦茶な内容もあるからそれすらも全部叶えても足りる量になってたか。


ふーむ、神力の貯蓄が多いに越したことはないが、これだけあるなら念の使い方も知っておくぐらいはしておいた方がいいかもしれないな。


「俺が使う念の消費で例えるとどのぐらいだ?」


「程度にもよりますが、火の玉を出すぐらいなら十発ほどで今の下界一日分の神力補充量と同じになります。飛行は飛んでる最中常時消耗するのでおよそ私の浮遊島一周ぐらいで一日分になります」


なるほど、これなら緊急時に使ったとしても大きな影響は無さそうだ。


そういえば念で飛ぶ以外にもう一つ使ってみたいものがあったな。


「空間収納は使えるのか?」


「使えないことはありませんが、使用登録が必要なのと、容量に応じて毎日消費し続け、出し入れの際に更に消費するので厳しいかと」


「そうか。やめておこう」


残念。


ま、サチがいるから困らないからいいけどな。


ちょっとあの手を突っ込むのがカッコいいからやってみたかっただけだし。


「それで、どうしますか?」


「そうだな、使えるかどうかだけでも確かめておく必要はあるからやってみよう。やり方を教えてくれ」


「はい、わかりました」


ふふふ、これでやっと俺も異世界っぽい力が使えるようになるな。




「・・・おかしいですね」


サチがこっちを見ながら思案している。


言われた通りに頭の中で火の玉を想像して手から出るように念じてみたのだが、全く発動しなかった。


映像作品でそういう映像は沢山見たから想像はちゃんと出来ているはずなんだが。


他にも氷や雷といった別のものも試したがどれも同じように無反応だった。


風なんてこの前使っているのを見たから想像はばっちり出来たはずだったのに。


「勇者は使えていましたからソウに出来ない事は無いと思うのですが」


俺が異世界人だからか?と一瞬思ったがその考えも崩れ去ってしまった。


「・・・はぁ」


溜息が出る。


才能や適性が無いとしたら楽しみにしてただけかなりショックだ。


「あ、あの、そんな落ち込まないでください。多分私の説明が不十分なだけだと思いますから」


サチが俺の様子を見て慌てて始める。


いかんいかん、つい後ろ向きな考えが出てしまう。


前の世界からの悪い癖がまだ抜けきってないな。


そもそもサチがいるから念なんて使えなくても何とかなるんだし。


「大丈夫だから。今日のところは帰ろうか」


サチの頭を撫でて落ち着かせようとしたら、ガシッとその腕を掴まれた。


「いえ、これから情報館に行きます!」


「え?」


「転移!」


「ちょっ!?」


久しぶりに心の準備無しの転移を食らった。

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