-サチの一日-
朝日でまぶたが明るくなると自然と意識が浮上してきて朝を感じます。
目を開けて体調の確認。今日も良好ですね。
「・・・くかー・・・」
上半身を起こして横に目をやるとだらしなく口を開けて寝ているソウがいます。
ソウの体調もいつも通り、そのまま視線を足の方に移動して、こちらもいつも通りですか。
最初の頃は生理現象とは知らず、慌ててどうにかしようとした事もありました。
今は気が向いた時だけする事にしています。
本当なら毎朝しても問題ないのですが、その後の仕事の開始時間が遅くなる事がわかったので自粛しています。
服一覧を開いて今日の服を選びます。
以前は同じ服ばかり着ていましたが、今は日によって下界の服を参考にしたものを着用しています。
今日は草原の街の給仕服にしましょうか。
着替えたら布団から出て、ソウの脱ぎ捨てられた服を綺麗にして畳んでから外へ。
「んっ・・・」
翼を最大まで出して広げ、朝日を全身で浴びます。
そして飛んで浮遊島の点検をします。
これが私達、生活空間に住む天使達の日課となっています。
ぐるっと見回った後に池に降りて精霊石の確認をしてから歩いて風呂場へ向かいます。
最近ソウが造島師に頼んで作ってくれたこの風呂場で桶にお湯を入れ、足だけ浸けて適当な場所に腰掛けて今日の予定を確認します。
今日は来客も予定も特になしですか。
・・・はー、足湯気持ちいい。
ソウに教えてもらったこの簡易入浴は私の中で密かな流行になっています。
足がほんのり桃色になったところで片付けて家に戻ります。
家に戻り布団に向かうと未だすよすよと寝ています。
ソウは一度寝るとちょっとやそっとじゃ起きません。
「ソウ、ソウ、朝ですよ」
ゆする、おでこを軽く叩く、頬をひっぱる。
色々なことをしていると閉じていた目が開きます。
「んぉ・・・」
「おはようございます、ソウ」
「おはよう、サチ」
こうして私の一日が始まります。
今日の仕事は比較的落ち着いています。
魔族の難民流入も見られなく、緊急的に報告する事も今のところはありません。
私の主な仕事は情報の収集と整理。
進言は出来ますが決定権は持っていません。
ですので信者から願い事が来ても私のところで却下する事が出来ません。
たとえそれが、娘が隙さえあれば髭を抜こうとしてきます、というお父さんの平和な嘆きでもソウには一度見てもらわなければなりません。
ソウ曰く、何であれここに届くのであれば本人にとってそれは願いであり、その願いの程度で人々の状態や心の様子を窺い知れることが出来る、とのこと。
つまり願い事の内容以前にその願い事自体に情報が詰まっているという事です。
それまでの私には持っていなかった考えで、これを聞いてから私は願い事に対する見方が変わりました。
先の例に出したお父さんの嘆きであれば、この願いだけで父親、娘がいる、髭が生えているという情報から娘に対して隙を見せる甘さがあるという事まで引き出すことができるのです。
おかげで私の情報収集の効率は飛躍的に向上し、同時に余裕が出来た分、服装の情報入手の機会が増えました。
ふふふ、今日も新しい服装が見つかりました。後で着てみようと思います。
その服を見せる相手のソウは現在オアシスの街を見ながらなにやら思案しているようです。
少しは私に相談して欲しいとも思いますが、もはやこれは癖というべきものではないかと最近思い始めました。
それにこのソウの思案する顔が私は好きなので、眺めているのも悪くありません。
「ん?どうした?」
じっと見ていた事に気付かれてしまいました。
「いえ、何を考えているのかなと」
「あー、たいしたことじゃないんだが、オアシスの街に難民が来ただろ?そのせいで混血児が増えるんじゃないかなって思ってさ」
たまに口にするソウの疑問はソウが異世界から来た人である事を感じさせます。
混血児。別の人種同士が交配した場合生まれる子の総称ですが、混血児になる場合は極めて低いのがこの世界の常識です。
大半はどちらかの人種の子が産まれ、人種に準じた特性を持つようになります。
「へー、そうなのか。どうりで見かけないわけだ」
私の説明を聞いて種族一覧を見て納得した様子。
ソウは私のつたない説明でもちゃんと理解してくれます。
それどころか私には持ちあわせてない知識や考え方を持っています。
さぞ前の世界でも聡明な方だったのかと思っていたのですが。
「え?ないない、そんな事は全くないな。どちらかと言えば落ちこぼれの方だと思うぞ俺は」
・・・一体どんな世界で生きていたのでしょうか。
非常にこだわりの強い世界だという事は何となく分かりましたが、ソウは余り前の世界の事を話してくれません。
少し興味はありますが、こちらから聞く事はせず、いずれ話してくれる事を待つことにします。
あ、そろそろ仕事の終わりの時間ですね。
「そろそろ今日の仕事は終わりです」
「あいよー」
今日はこの後の予定は特にありません。
ソウの思い付きがなければ帰宅してゆっくりしたいところです。
迂闊でした。
今日は雨が降る日でした。
転移した後にどんよりした空を見て気付くとは、私としたことがなんたる失態。
「大丈夫か?」
愕然としている私を見てソウが心配をしてくれます。
私は雨が苦手です。
以前は嫌い、いえ、恐怖と感じていた事もあったかもしれません。
今はソウがいつも以上に優しくしてくれるので苦手程度までになりました。
「今日はゆっくり風呂でも入ろうか」
ソウが提案してくれます。
「え?えぇ、わかりました」
お風呂に入る事はわかりましたが、何故この雨の日にお風呂に入るかはわかっていません。
ソウの事なのできっと何か理由があると思うのですが、この何か考えがあるぞという表情をしている時は教えてくれないので黙って従います。
風呂場に入り入浴用のタオルに着替えます。
どうせ剥かれるのはわかっているのですが、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。
浴槽に湯を張っている最中に雨が降り始めてきました。
しかし今日はいつもより体が萎縮しない気がします。ソウの腕には掴まらせて頂いてますが。
「水の音が他にしてるからだろ。それに風呂なら濡れるのが普通だからな」
なるほど、ソウが私をお風呂に誘ったのはそういう意味があったのですね。
確かにここであれば濡れることや水の音があることが普通の場所なので拒絶感がありません。
はぁ・・・。もう私はこの人無しでは生きていけないのではないかと思えてきてしまいます。
ソウの後ろにまわり背中から抱きつきます。
「どうした?」
「なんでもありません」
「そうか。もう少し待ってな」
この待っての意味は果たしてどういう意味なのでしょうか。
湯が張り終わる事なのか、それとも別の事なのか、はたまた両方なのか。
なんであれ早くして欲しいので強く抱きしめます。
結局お湯が張り終わる前にソウの我慢が決壊してしまいました。
また雨の日が少し好きになった気がします。
夕食の後、いつものように念で体を綺麗にしたら後は布団で寝るだけです。
そう思って寝られた日はソウと共に生活するようになってからありません。
もはやただ寝る事は不可能と思い、それなら逆に生かそうと思うようになりました。
「今日はチャイナ服か」
優に百を超える私の服一覧から選んだのは横にスリットのある刺繍の入った服装。
私は名前を知らなかったのですが、ソウが知っているところを見ると勇者伝来の服装のようです。
「しかし普通腰までしかスリット入らないはずなんだが」
ソウが前や後ろにまわり私を眺めまわします。
この服の横のスリットは腋まで到達しており、脇の下と腰の部分を紐で縛ってあります。
ソウが好きそうだと思って選んだのですが、コスプ族の改良が加えられていたようです。
「どうですか?」
「凄くいい」
この合図でソウは私に手を出してきます。
今日も寝るのは遅くなりそうです。
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