散歩
「そういえば、天界には暑いところとか寒いところとかあるのか?」
今日の仕事を終えて片付けの間、オアシスの街を見ていて何となく思ったことを聞いてみる。
「ありますよ。浮遊島別に気候が違います」
「四季がある浮遊島はあるのか?」
「えぇ、あります。ルミナテースの農園のある場所がそれにあたりますね」
あーなるほどね。四季が無いと育たない作物もあるからな。
「色んな浮遊島があるんだな」
「はい。皆気に入った島に住んでます」
「サチは今の場所はどうして気に入ったんだ?」
「そうですね、気候がすごしやすかったのと小さかったからでしょうか」
「小さいのがよかった?」
「はい。住人は島の維持管理も担うのですが、小さければ管理も楽ですので」
なるほど、効率を求めた結果か。サチらしいな。
「そういえば、俺今住んでる島の全容知らないわ」
「そういえばそうですね。では今日は私の浮遊島の散歩にしましょうか」
「そうしよう。じゃあ一旦家に寄ってくれ。弁当作ろう」
「?わかりました。転移します」
弁当が何だかわかってなさそうだったが深く聞かず転移してくれた。
「じゃあいこうか」
家でちょいちょいと簡単なものを作ってサチの空間収納に預かってもらった。
うーん、何か弁当とちょっと違う気もするが作ってる最中に弁当箱が無い事に気付いたのでしょうがない。
「はい」
すっかり二人の時は腕を組んで歩くようになったな。
まずは家から正面に向かってまっすぐ歩いていこうか。
初めてここに来る時上空から来たからぼんやりと覚えてはいるが、じっくりと歩いたことはないから楽しみだ。
先日手入れした小さな庭園を抜け、木々で出来た天然の門を抜ける。
「おぉ・・・」
抜けると開けた空間と崖だった。
「この崖がこの島の縁です。落ちないようにしてくださいね」
「うん。これ落ちるとどうなるんだ?」
「雲海の上に着地します」
「え、雲って乗れるの?」
「はい。下界の雲も乗れますよ。下界の天使は雲の上に建物を建てていますし」
以前天機人に見せてもらった画面にもそのような風に描いてあったが、抽象的表現ではなかったのか。
「うーん、乗ってみたいような怖いような」
「ダメですよ。落ちたら引き上げるのが大変ですから」
「じゃあせめてこっちの世界の雲について教えてくれよ。水蒸気の塊じゃないんだろ?」
「いえ、その認識で基本的にあっています。ただし、こちらの世界の場合マナが関係しています」
崖の下を見ていた俺を引き戻して歩きながら説明してくれる。
簡単に言えばこっちの乗れる雲はマナ雲と呼ばれる水蒸気とマナの集合体らしい。
普通は雨となって降ると消えるが、マナ溜りと呼ばれる部分に雲が出来ると変質する。
そして変質したマナ雲は半物体化して半永続的に雲として漂う事になる。
「このマナ雲は体内にマナがあると反発反応を起こすので物体のような感触になります」
「なるほど。じゃあマナ枯渇症の時に雲に乗ろうとするとどうなるんだ?」
「沈んで飲み込まれます。そして即座にマナ中毒症になります」
げ、てことは即死コースか。
俺は大丈夫だとは思うが、マナ中毒症の破裂を想像するとゾッとする。マナ雲怖い。
「うん、乗るのは諦めよう」
「そうしてください。ちなみに下界では天使ぐらいしかこのマナ雲の存在を知りません」
「で、こっちはそのマナ雲が浮遊島の下に敷き詰められていると」
「はい。あ、小川が見えてきましたよ」
お、本当だ。
じゃあ川のところでお弁当にしますかね。
「これがお弁当ですか?」
適当な岩に腰掛けてサチの空間収納から出した弁当を並べる。
「うーん、一応そうなんだけど、俺がイメージしてたのとちょっと違うかなぁ」
そもそも空間収納があるので幾らでも持ち運び出来てしまうというのが盲点だった。
俺のイメージだと弁当箱に色々詰めて適当な場所で広げて食べるというものだったのだが、再現出来たのは外で食べるという部分ぐらいだ。
「そうなのですか。私としては外で食事をするという事が初めてなので楽しみです」
「そっか。とりあえず食べようか」
「はい、いただきます」
さっき家を出る前に作ったサンドイッチもどきを手に取って食べる。
パンが作れないから果汁を抜いてスポンジ状になった果肉部分を代用して、フルーツサンドっぽいものを作ってみた。
「ほあ、あまいれす」
「おやつみたいな感じになってしまったな」
「そうですか?これはこれで美味しいですよ」
うん、出来はなかなかだと思うが理想とは程遠い。
でもサチは気に入ってくれたようで美味しそうに食べてくれてる。
あっという間に皿が綺麗になった。
「ソウ、あの、例のデザートを出してもいいですか?」
「あぁ、いいぞ」
サチがそわそわしながら聞いてくる。
実はサンドイッチ以外にも作ったものがある。
どうせ空間収納に入れるならと開き直ってシャーベットアイスを作ってみた。
抜いた果汁をサチに凍らせて貰い、包丁でそれを細かく刻み、その中に小さく角切りにした仙桃を入れる。
食べなくてもわかる。絶対美味い。
「た、食べてもいいですか?」
「うん、冷たいからゆっくり食えよ」
「はい。で、では」
手に持ったスプーンが震えてる。そんな緊張しなくても。
そんなサチの挙動を見ながら俺も一口。
あー美味いわーこれ。ちょっと仙桃が凍ってしゃりしゃりした食感になってるのが更にいいな。
サチは口に含んだままスプーンを持った手をブンブン振ってる。
美味しさを表現してるのね。可愛い。
二口目直ぐ行く?止めといた方がいいと思うけどなー。
「・・・!?んー!んっんん!?」
あーやっぱりね。
頭を押さえて目を白黒させてる。
「だからゆっくり食えって言ったのに」
「・・・んはっ。な、なんですかこれっ」
アイスを食ったら誰もが通る道だ。
「ほれ」
「ひゃっ!な、なぜおでこに器を?・・・あれ?痛みが引いていきます」
「アイス痛になったら頭冷やすと早く痛みが引くぞ」
「アイス痛というのですか。はー、びっくりしました」
「お味はどうかな?」
「あ、はい、とても美味しいです。また作ってください」
「いいぞ、俺もまた食いたいからな」
「あと、今度ルミナテース達にもこのアイスって言うのを作ってあげてください」
お、珍しいこと言うね。
「あぁ勿論いいぞ。やっぱ美味いものは分かち合わないとな」
「はい、アイス痛も一緒に味わってもらおうかと」
そういうことか。
ホント他人の反応見るの好きだね君。
小川に沿って散歩を続ける。
経路は浮遊島の中心にある家から出発、家の周囲に巡っている木々の門を潜って行き止まりの崖前まで行った。
そこから外周に沿って少し歩くと小川があって、小川は木々の外周に沿って流れ、途中で折れ曲がって崖の外に落ちてる。
「ここで半周ですね」
そして今丁度家の裏手に当たる部分まで来たようだ。
そこには小川の源流になる小さな透き通った池があり、中央の底には大きな青い綺麗な石が埋まっている。
「綺麗な石だねアレ」
池から水が湧き出ているので常に水面が揺れていて幻想的に見える。
「水の精霊石ですよ。この浮遊島に住む際に付けていただきました」
「ん?ということは今見てきた小川は人工物か?」
「そうですよ。対称に見えるように配置して頂きました」
「へー。なるほど」
つまり家を中心に家の周りに木々の大きな生垣、その外側に家の裏手側から小川が流れ、途中で折れて島の外へ。
それが左右同じようになっていて上から見れば綺麗な対象になってるわけか。
やっと島の全容がわかってきたな。
しかしこうも綺麗に対称になってるとそれを崩したく無くなってしまうな。
あわよくば露天風呂でも作ろうかと思っていたが諦めた方がいいかなぁ。
「この後どうしますか?散歩を続けても来た道を戻るような風景になりますが」
「じゃあ飛んで近道しようか」
「わかりました。では飛びます」
背中に回ったサチが脇の下からがっちり抱きしめてくる。
相変わらず浮く感覚には慣れないが、それ以上に背中の感触が心地よいので文句は無い。
高く飛び上がり木々の生垣を抜けてものの数分で家の裏手に到着した。
家の裏手は広く空間が取られており、芝生のような草が生えてて着地した感触が心地よい。
さて、家に帰、れないな。名残惜しいのかサチが腕を放してくれない。
よーし、そっちがその気ならこうしてくれる。
「あっ何を?ちょっと?」
少し身を屈めて腕を後ろに回してサチの脚を取り、そのままおんぶの形に持っていく。
「いやぁ、サチさんは歩いて疲れちゃったようなので家まで運んであげようかと」
勿論棒読みで言う。
「いえ、そんな事は。何かこれ凄く恥ずかしいのですが」
「まあまあ、そういわずに」
背中でバタバタ抵抗しているが脚をしっかり脇で抱えたので逃げられまい。
「ソウは意地悪です」
しばらくしたら観念したのか身を預けてきた。体温が心地よい。
そのまま花壇を見たりしてから家に帰った。
家の中までおんぶで居たら突如腋をくすぐられてつい腕を離してしまった。うかつ。
そのままくすぐり合戦に発展して、今は二人で布団に倒れこんで肩で息してる。
何やってんだろうな俺達。
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