再び農園へ

今日も下界観察をしてると変化があった。


変化と言っても下界ではなくこっちで。


「人々の多くが食べているあの丸いものはなんでしょうか?」


サチが下界の食について興味を示し始めた。


俺が料理をするようになったから、今まで興味のなかった事に興味が出てきたんだろう。


「あれはパンだな」


製造工程を見てたので間違いないだろう。


パンか。


今朝飯を食ってて思ってたことがある。


主食が欲しい。


おかずになるようなものを作れるようになったせいか、パンやご飯、麺類といったものが無性に欲しくなってしまった。


しかし天界に小麦や米といったものがあるのかどうか。


今度ルミナに会った時に聞けばあるのかもしれないが、逆になかった時のショックが大きくなりそうで不安になる。


「作れるかどうかまだわからんから、余り気にしすぎると辛いぞ」


実際俺が辛いからな。


「俺もそこまで料理には詳しくないからな。調理は出来ても製法までとなると分からないことが多い。下界の人達を参考にすれば作れなくはないかもしれないが」


「そういうものですか。あ、時間ですね」


諦めたのか少し残念そうにしながらも片付けに入る。


出来れば俺も作れればいいんだが、いかんせん食の環境が前の世界に比べると無いに等しいからなぁ。


酒やみりん、味噌、醤油に至ってはぼんやりとした知識しかないし。


「そういえば」


何かを思い出したかのようにサチが顔を上げる。


「近々神々の会合があると思います」


「会合?」


え?神って他にもいるの?


「はい。並行次元の神様達が一同に集まる会です」


「ごめん、ちょっと詳しく説明してくれる?」


久しぶりに混乱してきた。


サチの説明だとこの世界、さっきまで見てた下界と上位天使の生活空間での神は俺だけ。


ただ、並行次元には別の世界があって、それぞれに神が存在しているらしい。


この前天機人達に説明してもらった時の図を一枚の板として考えて、それを立てたものを沢山並べ、それに水平に一枚板を通した図を見せてくれた。


線路の片側と枕木の関係のような、空冷装置みたいな図だな。


そして今居るこの何も無いこの空間こそ、その並行次元と繋がる事が出来る空間、つまり横に通した板の部分。


「異世界の魂を呼び寄せる事が出来るのは、このような構図になっているからですね」


あぁ、なるほどね。


別世界で死んだ俺の魂はそのまままっすぐ上に行かずに、今居るこの空間で曲がってこの世界の場所まで来たわけか。


「で、この縦に並んでる板一枚一枚に神が居て、それが一同に集まるのが今度あると」


「そういうことです」


大体わかった。


恐らく俺の顔見せという意味もあるんだろうな、きっと。


「どうして急にそれを?」


「いえ、その時にソウに不足している食の知識や情報を頂いてくればいいのではないかと思いまして」


「お、おう、そうか」


諦めてなかったのね。




一度家に戻って調理道具をサチに預かってもらい、農園へ向かう。


「気が進みません」


「まあまあ、そう言わずに」


農園を進みながらサチを嗜める。


確かにルミナのあの距離感は驚くが、悪い奴ではないのは確かだ。


あの過剰なスキンシップさえなければいいんだが。


「今日はお迎えないのな」


「はい。事前に来ないように通知しておきました。来たら帰ると」


「あんまりじゃね?」


「このぐらいでいいのです。引き摺られるのは遠慮したいので」


あー確かにな。


「そういうわけなので、ゆっくり焦らしてあげましょう」


そう言って楽しそうに腕を組んでくる。


通知は建前でただこうやって歩きたかっただけな気もする。


農地に生えてる作物を空いている方の手で指しながら教えてるサチをみてるとそんな気がするな。




「いらっしゃいませ、ソウ様」


以前来た建物の前にはルミナと天使達が並んで待っていた。


結構待たせてしまったんじゃないか?


「そして・・・」


あー何か嫌な予感する。


「サチナリアちゃーーーん!」


やっぱり来た。


サチも察知していたようで迎撃の体勢を取る。


凄い速さで距離を詰めてくるがサチは横に避ける。


え?通り抜けたルミナの姿がぼやけて消えた。


「ふふふ、つかまーえた」


振り向くとサチがルミナにがっちりホールドされていた。


「は、離してください。残像とか本気を出しすぎです」


あれ残像だったのか。


前に走ってきた時の速さ、俺達二人を引っ張る力の強さ、そして今回の残像。


凄くないか?ルミナの身体能力って。


「くっ、離れないっ」


もがくサチを全く気にせず頬ずりしてる。


「待たされた分しっかり払ってもらいますからねー」


うん、待たせて悪い気はしなくなった。


自業自得だサチ。


しばらく天使達と二人のやり取りを生暖かい目で見守ることにした。




「あー酷い目に遭いました」


数分後に解放されたサチは肩で息をしながら身なりを整えている。


「満足です」


ルミナは心なしかツヤツヤしてんな。


「まったく、ヴァルキリー警備隊隊長が本気を出すとか何を考えているのですか」


「あんなの本気のうちに入らないわよー」


文句を言うサチに対してのほほんと答えるルミナ。


そんな事より気になることがある。


「ヴァルキリー警備隊?」


「天界にはそういう組織があるのです。治安維持のために結成された自警団のようなものです」


「ルミナがその隊長?」


「元、ですよ、ソウ様。今はただの農園のお姉さんです」


ふふんと胸を反らしてポーズを取る。


ルミナ的には今の方が誇りある感じなのか。


「隊長にまで登り詰める実力があったのに何を考えているのか私にはさっぱり理解できません」


「あら、だって毎日毎日トレーニングするより農業やった方がいいじゃない」


なるほど、ルミナの身体能力の高さの秘密はそういうことか。


ただ、これについてはどちらかの肩を持つことはしない。どっちの言い分もわかるからな。


「まあいいです。おかげでソウの役に立てるのですから良かったのでしょうね」


「サチナリアちゃん・・・」


サチは認めるときは認めるんだよな。美徳だと思う。


ルミナもサチのそういうところが気に入ってるんだろう、きっと。


「さて、今日は約束通り料理教えに来たぞ」


「本当ですか!」


移動から俺の手を掴んで持ち上げるまでの動作が凄まじく早い。


「あ、ああ、調理道具が手に入ったんでな。ただ俺の分しかないから今日は見て食べてもらう感じで」


「はい!楽しみです!」


ルミナの後ろでサチがやれやれと溜息をついていた。

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