調理道具の性能
下界の様子に少し変化があった。
街に拠点を構える商人が信者になったのだが、その商人が街の周囲で活動したおかげで視野範囲が広がったことがわかった。
今日は山のふもと辺りに行くようだ。
そこには小規模ながら野営施設があり、武装した人達が街と行き来している。
よく見ると野営施設の先の山の側面に穴が開いているのが見える。
「ダンジョンですね」
気にした俺を見てサチが教えてくれる。
ダンジョンの多くは自然に出来る空洞で、暗闇を好む生物が勝手に住むようになるらしい。
そして繁殖して増えるとダンジョンから出てくるという。
この出てくる事が問題で、場合によっては集落等を襲う事もあるとか。
そこで討伐隊が結成され、増殖して出てくる前に数を減らそうというのがダンジョン前に集まる戦士達。
信者の商人は彼ら相手に食料や武具を提供し、代わりにダンジョン内で入手した素材を仕入れているようだ。
一応この商人からの願いも届いてる。
買った人達が無事に帰還できますように、とかなら小さい加護でもと考えたのだが、残念ながら金儲けの内容だったので見なかった事にしている。
これだけ商魂逞しくやってるなら叶えずとも自力だけで稼ぎそうだしな。
ダンジョン内がどうなってるかも若干気になるところだが、まだ中まで入る信者は居ないので把握は出来ていない。
もし俺が勇者になってたらこういうところも行ってたってことか。
よかった、勇者にならなくて。
好奇心やロマンでこういうところ行きたがる奴も居るが、俺はそういうタイプじゃないので行きたくない。怖いし。
ただ、中がどうなってるかは気になる。
生態系もそうだがこちらの力が及ぶのかどうなのか。
「天界にダンジョンはありませんが綺麗な洞穴ならありますよ」
「お?そうなの?」
「はい、いいところですよ」
「じゃあ今度連れてってくれ」
「わかりました」
サチの美的センスはいいから期待できそうだ。
仕事を終えたら今日は直帰した。
何でも転送物があるらしい。
「お待ちかねの物が来ましたよ」
大き目の箱の中には頼んでいた調理器具が入っていた。
「おお!」
取り出してみると見たことのある形状。
アストレウスいい仕事するな。
包丁が二本、まな板が一枚、箸と菜箸が五組、ザル一つ、鍋一つ、フライパン一つ。
こちらがオーダーした通りの物が入っている。
他に四角い分厚めの板の中央に二重丸のくぼみがあり、中に赤い石が配置されているものが入っていた。
「なんだこれ?」
「言っていたコンロって物を試しに作ってみたようです」
サチが添付してた納入書を読んでくれる。
「ソウ、これ火の精霊石ですよ」
「精霊石?」
「先日話した光の精もそうですが、精霊は好んだ石に力を注ぎ込む事があります。それが精霊石です」
「この赤い石がそうか」
「はい。火なら赤、氷なら青、風なら緑、水なら水色、雷なら黄色、光なら白になります」
「へー」
「地と闇の精霊石は土や石と同色なので溶け込んでしまってまず見つかりません」
「あーなるほど」
「力を使い切ると石の色がくすんで灰色になります」
ただの石ころに戻るわけか。
「コンロの使い方は台座に付いてる棒を左右に動かすことで火力調節できるらしいです」
「おおー」
電池式カセットコンロみたいなものだな。
「早速使ってみていいかな?」
「はい。一応事故防止のために近くで見させてもらいます」
「うん。よろしく」
さーて、今日は料理するぞー。
調理器具をキッチンに並べて確認しながら調理開始。
とりあえず試しに使う食材は四角い玉ねぎ。
まな板の上に置いて包丁を入れてみる。
「お、おぉ・・・」
前の世界でもここまでスパッと切れるのを触ったことは無いぐらい良く切れる。
まな板も傷が付かないし、何より玉ねぎを切っても目にしみないのはいい刃物の証。
同じように鶏の腿肉の実、白いパプリカなどを千切りにする。
硬いものも切れるか試すために台形のかぼちゃを切ってみる。
こっちのかぼちゃは台形で安定してていいな。
うん、あっさり両断。
いかんな、切るのが楽しくなってしまう。
よし、コンロをつけてみよう。
「これゆっくり動かせばいいの?」
「はい、そのほうがいいみたいです」
一度最大にして下げていくタイプもあるが、これはゆっくり上げていけばいいタイプのようだ。
火力調節の棒を進めていくと精霊石が赤く輝き始め、一定の位置で火が点いた。
そのまま試しにずらしていくと結構な火力が出るようだ。
ある程度の火力に戻してフライパンを置く。
既に中には先ほど千切りしたものを投入済み。
本当は温まってから入れたほうがいいのだが、今回はフライパンの性能実験のため最初から入れてある。
程なくすると中の素材から焼ける音がしてくる。
菜箸でつつくと素材が結構張り付いてる。
あー油入れてないからな。焦げそうだ。
しょうがないので油の代わりに絞っておいた調味料の実の汁を入れて焦げ防止。
そのまま水気が飛ぶまで炒めて完成。
後は鍋か。
かぼちゃと水、そして絞った調味料の実と果物を細かく刻んで入れて蓋をして様子見。
うん、どれも問題なさそうだな。
ん?千切り炒めの量が減ってる。
横を見るとサチがもぐもぐしてる。
「なにしてるのかな?」
「ろくみれす」
毒見ならそんな口一杯に頬張ったりしないだろうが。
テーブルの上には野菜と肉の千切り炒めとかぼちゃの甘辛煮。
それに前から作ってた肉のペーストクリーム乗せ。
ま、こんなもんかな。
サチが目をきらきらさせて早く食べたそうにしてる。
お前さっきつまみ食いしてただろうに。
「では頂だこうか」
「いただきます」
俺が食事の際にやってる作法をサチも一緒にやってくれる。
そもそも神がこの作法やるのはどうなんだろうと思ったこともあったが、習慣みたいなものだし気にしない事にした。
箸で煮物をつまんで食べる。
うん、うーん・・・こんなもんかなぁ。
砂糖や醤油に相当するものが無かったから代用して作ったからしょうがないかな。
千切り炒めも食べてみる。
うん、こっちはなかなか。
米やパンが欲しくなるなと思ってたらサチがじっとこっちを見てる。
「どうした?」
「いえ、調理中も思っていましたが、それを器用に使っているので」
「箸のこと?」
「はい」
サチは自分で用意した二股のフォークで食べている。
「使ってみる?何組か作ってもらったからあるぞ」
「やってみます」
箸を用意して持ち方を教えてあげる。
煮物を摘んでは落としを繰り返してる。
何か見ているこっちまでへんな力が入ってしまう。
お、いけそうだ。おー、食えた。
「むつかひいれす」
「最初のうちはな。直ぐに慣れるよ」
「がんばりまふ」
その後、飯が冷めるまでサチの箸訓練は続いた。頑張るなぁ。
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