料理教室

調理室でサチが空間パネルを表示しながら説明をしている。


「と、このように加熱する事で素材の新たな味を引き出すことができるのです」


移動したらすぐに調理開始するのかと思ったら、サチが先に座学をすべきと進言してきたので任せることにした。


内容は基礎中の基礎。


サチ自体もルミナ達より少し知識がある程度なのだが、それでも皆真面目に話を聞いていた。


正直俺は暇で、ぼんやりと窓際に座って呼ばれるのを待っている。


まだ時間がかかりそうなので置いてある包丁と適当な作物を取って皮むきを始める。


んーいい包丁だ。切れ味がいいから均等に力が入れられて綺麗に剥ける。


あーそうだ、どれだけ長く皮が剥けるかやってみよう。


やっぱり若干違いがあるから最初のうちは切れてしまうが次第に慣れて来る。


お、おー、結構な長さになったぞ。


「おぉー」


上に持ち上げて長さを見てたら天使達に拍手された。


「ちょっと、ソウ。集中の妨げになります」


怒られてしまった。




「じゃ、実際作ってみるぞ」


机の上に各種道具と作物の数々。皮むき済み。


調理器具の説明はサチが座学でしておいてくれたので俺は調理方法を実際やって見せるだけ。


机の周りには天使達が見に来ており、お料理教室のようになってる。


見せるものもやはり初歩的なもの。


焼く、炒める、茹でる、そしてサチの助力によるレンジ加熱。


煮るには調味料が足りないし、揚げるとかはもう少し慣れてからじゃないと怖がられそうだから今回はパス。


「あえて少し焦げ目を付けるとカリッとなって食感が楽しくなるぞ」


フライパンの中で牛肉の実がジュージュー音を立てている。


ひっくり返すといい感じに焼き色がついててうまそうだ。


うん、一部の天使の子が涎たらしてるね。みっともないから拭きなさい。


他にも豚の実の生姜風炒め、ポテトサラダ、果実ジュースなど作って見せた。


「こんなとこかな」


人数が多いので器に盛るとそれなりの量に見える。


みんな自分の分を席に持っていき、餌を前にした犬みたいな目つきになってる。ルミナが一番ヤバイ。


「どうぞ、召し上がれ」


そういうと一斉に食器を持って食べ始める。


「もう少し落ち着きをもって食べるべきだと思うのですが」


サチがそんなことをぼやいていたが、ちょっと前のお前もこんなんだったからな。


ま、たまにはこうやって皆で飯を食うのも悪くないと思う。


ちょっと黄色い声が多すぎるのはそのうち落ち着くかな。


泣き崩れる子が出るのはさすがにどうかと思うしな。




料理教室が終わって片付けも終わり、各々自由行動をしている。


調理室では数名の天使達が残って料理についてあれこれ感想会が行われているようだ。


頃合を見て片付けの手伝いをしてくれていたルミナに聞く。


「なあルミナ。作物のなかに米とか小麦とかないか?」


「米?小麦?うーん、どんな見た目かわかりますか?」


えーっと、図で説明するのがいいかな。


書く物書く物・・・お、あんがとね、サチ。このパネルに書けばいいのね。


「こんなような見た目のものなんだけど」


米と小麦をそれぞれ書いてみる。


正直俺の絵心でどれだけ理解してもらえるかわからないがとりあえず書いて説明する。


「この草を食べるのですか?」


「いや、この実。種の部分を食べる」


「種!?体が侵食されたりしないのですか!?」


あーこれは知らないな。知ってる知らない以前の問題だわ。


「されませんよ。下界の人々はこれを粉にしてから料理に使っているようですよ」


「そうなんだー」


サチが何を馬鹿な事を、と言わんばかりの顔をしている。


それでもちゃんと教えてくれるんだから面白い。


ルミナに至っては気にしてないようだ。


「うーん、少なくとも今育てている中には無いと思います」


「そうか。主食になるものがあったらもっと色々作れると思うんだが」


「!!ソウ様!お時間をください!」


俺の言葉を聞いてルミナが瞬速で手を掴んで顔を近づけてくる。


圧が凄いのと心臓に悪い。


「ルミナテース、貴女まさか」


「探してきます!」


「やっぱり」


サチが顔に手をあててうんざりしてる。


「探すって天界内をか?」


「はい」


「大変じゃないか?」


俺自身天界の広さを把握しきれてないが、くまなく探すとなったら相当な手間だぞ。


「ソウ、やらせていいですよ」


サチが投げやりに言って来る。


「これでもルミナテースは元警備隊隊長で、ここの天使達も元警備隊の子が多いですから。彼女達がその気になったら恐らく数日で見つかると思いますよ」


警備隊の力凄いな。


「いや、しかし存在しない可能性もあるじゃないか」


「それならそれで彼女達にとってはいい運動程度の事なのでやらせていいです」


な、なるほど。前向きだね。


「じゃあルミナ、それらしいのを見つけたら連絡くれ。確認しにくるから」


稲と麦の自生してそうな場所の特徴を俺の知っている限りで教えておく。


「はい、ありがとうございます!」


「躍起になるのはいいですが、くれぐれも前みたいに生態系を破壊するような事はしないでくださいね」


「わ、わかってるわよ」


生態系破壊って一体何をしたんだ。恐るべし警備隊。




「はい、いいですよ」


サチの声に目を開く。


うん、全身すっきり。


こっちに来てから寝る前に必ずサチに綺麗にしてもらっている。


綺麗にと言っても拭いてもらうとかそういった次元ではなく、念じると現れる光の輪が立っている体を上から下に往復するだけで綺麗にしてくれる。


体の表面は勿論のこと、内臓の不純物や老廃物まで除去してくれる。


非常に便利である。


「なあ、サチ。俺もそういう魔法みたいな能力使えないのか?」


興味本位で使ってみたいというのもあるが、事あるごとにサチに頼るのも悪いなと思ってる。


「使えますよ」


マジか!


「ですが、今は使わない方がいいと思います」


「ん?なんで?」


「神様の場合、神力と言って我々の使う力の源が違います」


「ほう」


「私達は体内エネルギーやマナを使って力を使いますが、神様は信仰力を使います」


信仰力、下界の人達の信じる力か。


つまり俺がむやみに使うと下界の人達のために使う力が減ってしまう、もしくは有事の際に使える力の蓄えが減る。


「それは困る」


「はい。ですので生活面においては私が何とかします」


「でもそれだと四六時中一緒に居ないといけなくないか?大丈夫か?」


「大丈夫ですよ?ソウと一緒にいると色々と新しい刺激があって楽しいですし」


「そ、そうか」


一人になりたいときとかあるんじゃないかと思ったがサチはそうではないらしい。


俺は俺でサチの事を邪魔と思ったことは無い。


彼女はいい距離感を保ってくれている。


仕事の時、二人の時、多数の人達と居る時、それぞれでちゃんと立ち位置を弁えている。


「じゃあ今後ともよろしく頼む」


「はい。遠慮せずに頼ってください」


遠慮せずにと来たか。


そうか、じゃあ今日も夜のお誘いしますかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る