夕餉

「ソウ様、ありがとうございました」


農園の外に続く道、ルミナテースは改めて礼を言ってきた。


ルミナテース以外の天使達は建物を去る際に別れてきた。


憧れのような慣れない視線に心が痛んだのは彼女達には秘密だ。


「うん、サチ、彼女にも説明して貰っていいか?」


「分かりました」


「?」


農園の出口が見えてきた辺り、最初に会ったところ辺りで足を止め、不思議そうな顔をするルミナテースに向き直る。


「ルミナテース、これから少々ショックな話をしますので気をしっかり持ってください」


「え、ええ、わかったわ」


不安そうにするがしっかりと見据えてるのを見てサチは続ける。


そう、天使の食文化は下界より劣っていた。


そりゃあんな栄養素だけを集めて固めた豆粒みたいな飯が主食になってれば退化してもおかしくは無い。


サチは神と共に下界を見てたので下界の食文化を知っているが、一般の天使はそれを知らない。


農業も同じ。基本必要でなければ知らずとも生活できる。


ルミナテースは下界の人々が作物を育てるという事、それを調理して食すという事だけ浅く知っている程度だった。


「じゃあ私が料理だと思ってたことは」


「初歩中の初歩だな」


「そんなぁ」


ショックだろうな。地べたに座り込んでしまった。


サチは料理について知ってはいた。


「必要と思わなかったですし、興味なかったので」


バッサリ。


とはいえ農業をしたり料理をするルミナテースを気にしたり、お茶を愛飲してる辺り全く興味が無いわけでは無いのだろうが、本人も恐らくそのことに気付いてないのだろう。


ショックを受けてうなだれるのを見てサチはひとつ溜息を吐いた後に口を開く。


「いいですかルミナテース。前の神様も食には興味が無い方でしたが、ソウはそうではありません」


「ふえ?」


しょんぼりしたルミナテースがサチの言葉に顔を上げる。


「ソウは料理に出来る作物を所望しました。幸いここには料理になりうる作物があります」


「!!」


そうなのだ。


料理の技術は別として、食に値する作物を作り上げたことは大きく評価したい。


「貴女達、いえ、私を含めた天使達の食文化レベルなんてどうだっていいことなのです」


「新しい神のソウが気に入った作物がここにある。それが大事なことなのですよ、ルミナテース」


「サチナリアちゃん・・・」


サチの新しい一面を見た気がする。ルミナテースも泣きそうだ。


「まったく。ソウは彼女に何か言う事は、なんですか?その生暖かい目は」


おっと、にやけてたのがばれてしまった。


「んー。ルミナテースがよければ料理教えようか?程度はそこまで高くなくて良ければだが」


「ほ、本当ですか!?」


凄い速さで立ってこっちに来たな。顔が近い。あ、サチが剥がしにかかった。


「あ、あぁ、ただ条件がある」


「なんでしょうか」


「以後俺はルミナと呼ばせて貰う。それだけだが問題ないか?」


「はい!勿論です!」


うん、どうも俺は長い名前が苦手なんだよな。自分の名前の長さを棚に上げて言うのもなんだけども。


「サチはどうする?」


「そうですね、今すぐは嫌ですね」


ほほう。


「どうせソウと一緒にここに来ることになります。その際ソウが料理と呼んでいいレベルものを私に食べさせてくれたら私も同じように呼びますし呼ばせてあげます」


いかん、顔がにやけてくる。


「サチナリアちゃん・・・。うん、私がんばる!」




「思いのほか長居してしまいましたね」


調理道具は一旦諦め帰宅した俺達は席について一服している。


テーブルの上にはルミナのところから貰って来た作物の数々。


「うん、これだけあれば多少は何か作れそうだ」


「作るって言っても切る道具ぐらいしかありませんよ?」


先ほど貸してくれたナイフを再び出してくれる。


うん、刃幅あるし潰す事も十分できる。


「大丈夫だ、任せろ」


加熱はサチが茶を淹れるときにやっている方法でいけるだろう。


簡単に説明を聞いたが要はレンジと同じ原理のようだ。


加熱だけ俺ではまだ出来なさそうなのでサチに頼んでやってもらった。


「よし、こんなもんか」


作ったものは鶏の胸肉の実をスライスしたものに柑橘酸味系、ニンニク系、辛味系の三種のペーストソースをそれぞれ塗ったもの。


先に試食したが我ながら上手くいった方だと思う。


「ソウ、はやく」


サチが既にテーブルで待ち構えている。


料理に興味ないとか言ってなかったっけ?まぁいいけど。


「どうぞ」


ぞれぞれ皿に盛ったのを出す。


正直おかずが三品のみとかなり寂しい飯ではあるが、それでも丸薬のみよりはいい。


うん、サチ、もう少しゆっくり食べなさい。喉に詰まるから。




食後のお茶時間。


サチの食べっぷりを見れば上々の出来だったと感じる。


しかし現状じゃ調理方法があまりに少ない。


やはりどうにかして調理道具を手に入れたいところだ。


ぬぅ、知らないことが多すぎる。


「ソウ?」


背後から声がしたので見上げるとサチが上からこっちの顔を覗き込んでた。


考えすぎて気配に全く気付かなかった。


「焦らなくても大丈夫ですよ。私がちゃんとサポートしますから」


そうか、焦ってたかな俺。


状況が状況だったしそうかもしれないな。


「すまん」


サチが不満そうな顔をする。


「違うな。ありがとう、サチ」


「よろしい」


満足したのかそのまま俺の頭を抱えてくる。至福の感触。


つい謝ってしまう癖は良くないな、直していこう。


サチには今日の案内の礼もしないとな。


俺なりの方法でな。

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