農園
「それでは本日の仕事を開始します」
家から出た直後にサチが俺の腕を掴み、念じると直ぐに仕事場に転移した。
昨日と同じスタイルで下界の様子を見る。
例の母親は順調に回復していき、娘と一緒に祭壇まわりを掃除してくれていた。
その様子に感化されたのか次第に村人が祭壇に足を運ぶようになった。
そうすると次第に送られてくる願い事の数々。
大半は個人的で打算なものだったりするが、そうじゃないものも混ざってるので気が抜けない。
本当は細かい願いも全て叶えてやりたいが、ぐっと我慢。
ここで甘い顔をしすぎると将来的にあの爺さんと同じ轍を踏む可能性がある。
ただ、叶え過ぎないと今度はそれはそれで信じてもらえなくなるので、運が良かったと思うかどうかギリギリの部分で願いを叶える。
「むー・・・」
その様子を不満そうに唸りながら見るサチ。
直接手を打てば手っ取り早く解決する内容をあえて遠回りな、しかも気付かれない方法でやってるとなると非効率に見えてくる。
俺もそう思う。
でも神の存在を大きく感じてはいけないと思ってる。
実際例の娘の母親は不思議な力を感じたと発言していたらしい。
あの程度でも感知されるとなるともっと遠まわしな手を打つしかないと思う。
とりあえず今は徐々に村の中に信者が増えて行っているいい傾向の状態だ。
直接手を打つのは後からでも遅くない。
神はあくまで心の支え、頼られてはいけない、それが俺の神の在り方であり方針だ。
「ソウ、一時間経ちました。切り上げましょう」
「む、もう時間か。やっぱもう少しやった方がいいじゃないか?」
「ダメです」
むぅ、若干消化不良気味。
「すみません。でもこれに慣れてください」
サチが申し訳なさそうに言う。
「じゃあこの後何かあるか?」
「いえ、特にありません」
そういいながらサチが寄ってきて腕を両手で抱え込む。
うん、色々当たっていい感触。
いや、そうじゃなくて、どうしたんだ?
「問題ありません」
あぁそういう事。家まで我慢しような。
「特に無いなら料理の食材とか調理器具欲しいんだが」
「料理?」
「うん、あの質素な飯は心が寂しい」
「そうですか。・・・わかりました、案内します、転移!」
少し思案してからサチはぱぱっと転移を念じる。
くっついてると即発動できるのはいいけど、まだ慣れないので心の準備をさせて欲しい。
転移した先は大きな農園の入り口。
一瞬目を疑ったが眼前に広がる、正直果てがどこにあるかわからないレベルの田畑の規模に驚く。
「ここは?」
「農園です。物好きな知り合いがやってるのでここで色々分けてもらいましょう」
スタスタと中に入っていくのでそれに付いて行く。
「分けてもらうっていいのか?」
「大丈夫です、きっと彼女も喜んで分けてくれます。不本意ですが」
サチの歩く速度が心なしか早い。
怒ってる?困ってる?よくわからん。不機嫌なのはわかる。
暫く歩くと遠くから猛スピードで近づいてくる人影が見える。
「サチナリアちゃーーーん!」
両手を広げて走ってきたそれは途中でジャンプしてそのままダイブしてくる。
そしてそれを最小限の動作で避けるサチ。
そのまま地面に突っ込むかと思ったら空中で一回転して華麗に着地。
「ひさしぶりーーー!」
サチに向かって再び両手を伸ばす。
サチはそれを払う、再度伸ばす、払う、伸ばす、払う。おお、凄いラッシュ。
「あーもー鬱陶しい!」
サチが大きく手を払い、距離をとる。俺を盾にするな。
不機嫌な原因はこれか。
「それで、そちらの殿方は?」
品定めするような視線だが気にせず相手を見る。
銀髪で出るところはしっかり出て、くびれるところは綺麗にくびれてる豊満な女性。
サチよりもう少し背が高く大人びた雰囲気はするが、着ている服が完全に農作業着なので農家の若奥さんという印象。
多分この人も天使なんだろうけど羽を出してないのでわからない。道走ってきてたし。
「こちらはソウ。私が仕えてる新しい神様です」
「どうも」
こういう紹介されたことがないので少し照れる。
「神様!?」
紹介を聞いて銀髪の女性は急に慌て出し、念じたかと思ったら着ている服が輝いてサチが着ている服に似たデザインの服に変わる。
「神様とは知らず、とんだ無礼お許しください」
片膝を付いて祈るように謝罪する女性。この服は正装なのか。
「えっと・・・」
「彼女はルミナテース。私と同じ上位天使でここの農園をやっている物好きです」
「物好きってそんな紹介しなくても・・・」
困ってサチを見たら紹介してくれた。
悲しそうにこちらを見上げるルミナテースにサチは勝ち誇った顔をしてる。
何となく二人の関係がわかって来た気がする。
「ルミナテース、ソウは余りそういうかしこまった事は好まないので普段と同じように振舞ってください。いいですよね?」
「ああ、そうしてくれ」
事後承諾なのはどうなんだろうか。俺を理解してくれてると考えよう。
「ですが・・・」
「もう農作業着姿も見られているのですから今更取り繕っても無駄ですよ」
「うぅ、わかりました」
仲いいなぁ。
「改めまして、ルミナテースです。はじめまして神様」
「よろしく、ソウと呼んでくれ」
「わかりました、ソウ様」
立ち上がって握手を求めて来たので応じた。
うん、農家の手だな。
「それで、今日はどうしたの?」
俺が神になった経緯などざっと説明した後ルミナテースは聞いて来る。
神が代替わりしたのにその事にはあまり驚かないのか。よくわからんな、神の位置付け。
「ソウが料理をしたいとの事なので作物を分けてもらえないかと」
「え!?料理!?」
凄い勢いでこっち見るね。
というかこっちは全力で驚くのか。ますますわからん。
「お、おう、こっちの飯は質素でな」
「ソウ様!私、貴方に付いて行きます!」
ルミナテースが俺の手を両手で包んでガン見してくる。顔近いし鼻息荒いぞ。
「え?いや、あの」
「ちょっとルミナテース!離れてください!ソウが困ってます!」
サチが引き剥がしに割って入ろうとすると、今度はサチの方に振り返って全力で抱きしめた。
「え?ちょっと!?」
「サチナリアちゃん!ありがとう!私嬉しい!」
そしてそのまま泣き出した。
サチも泣かれてしまったので剥がすに剥がせず困った様子で落ち着くまで彼女の事を軽く説明してくれた。
ルミナテースがやっている農業はこの天界ではあまり理解してもらえなく、変わり者として見られている。
サチはそんな中でも己の信念で活動する彼女の事が気になり、ちょくちょく様子を見に来てたら今の関係になってたらしい。
いい友達じゃないか。
「不本意ですけどね」
認めようとはしないが泣きついてるのを剥がそうともしない。かわいいやつめ。
「見苦しい姿をお見せしました」
落ち着いたルミナテースが恥ずかしそうに頭を下げる。
「話を続けたいので今度は落ち着いて聞いてくださいね」
「は、はい」
サチは呆れながら今回の用件を伝える。
俺が料理をしたい、そのための作物を分けてもらいたい、できれば調理道具も貸して欲しい等。
ルミナテースは用件の度に溢れそうになる感情を必死に震えながら抑えていた。相当嬉しいんだな。
「そんなところだけど協力」
「全力でします!」
サチがいい終える前に回答が来た。うん、顔もアップで凄い圧。
「そうとわかれば善は急げです」
そういうと俺とサチの腕を掴んで引っ張っていく。凄い力だ。
サチの方を見ると諦めたように溜息をついてる。
ああ、これもいつもの関係の流れなのね。
わかった、俺もその流れに従おう。
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