第5話君の心
秋の10月、文化祭まで2週間となっていた。私と彼が文化祭実行委員になったのはいいのだが特に何も起きなかった。文化祭のことは順調に決まっていき、私たちのクラスは教室で展示をすることになった。これはクラス全員参加で、グループで1つの物を展示するのも可能だった。
毎週木曜日の放課後、卓球部が体育館を使えないので、この日に文化祭の決め事をしていた。私たちが2人だけになれる貴重な時間だったが、今日を入れてあと2回しかなかった。
机を付けて面と向かって作業してる彼に質問してみた。
「ねーねー、文化祭の展示何出すの?」
「えーとね、人間の不思議、心臓編。」
確か彼は彼女ができたら、ずっと心臓の音を聞きたいとか言ってた気がする。
「心臓かー、私たちが寝てる間も休まず動き続けてくれる働き者だよね。」
「そうだね。人間の活動に必要なものだし、もし心臓が止まったら死んでしまうからな。」
「私たちの心臓ってさ、いつでも居て、私たちに合わせて心拍が変わるし、最後まで一緒にいてくれる。これって、彼氏と彼女みたいじゃない?」
彼に笑われる。私の顔は恥ずかしさで赤くなる。なに訳の分からないことを言ってるんだろう私は。ようやく笑い終えた彼は笑いを抑えながら言う。
「面白いねそれ。展示のやつに書こうかな。」
「え……あの……それは恥ずかしい……から……その……やめて欲しいんだけど……」
「うそうそ。まぁだけど、心臓が彼氏とか彼女みたいってのは分かるよ。俺も心臓の音とか聞いてて安心するんだ。多分、心臓の音って自分はここにいるよって教えてくれるものだから。」
「あーそれ、わかるかも。自分だけじゃなくて他の人の心臓でもそう思う。」
「そうだな。きっと、とっても安心するんだろうな。」
「じゃあ、聞いてみる?」
うっかり口に出す。ただ、言ってしまったことは変えられないので、彼を見つめる。彼はびっくりしたようで、しばらく無言であった。ちょうどチャイムが鳴る。
「ごめんごめん。今のは無しで。文化祭頑張ろうね。」
「おう、頑張ろうな」
「じゃあ今日は用事あるからまた明日!」
私は彼の答えが怖かったのだろう。逃げてしまった。きっと私にはまだ早い質問であった。
昼休み。私は彼に直接聞けばいいのに、いまだ彼のグループの盗み聞きをしていた。習慣であるから仕方ない。
だが、今日は少し違った。いつもうるさい奴が今日は小声で話してる。彼も小声で話していて、とても聞きづらかった。
「――――に文化祭の終わりに――俺は――する」
文化祭の話をしているようだったが、周りがうるさくて大事なところが聞こえなかった。
「まじで!?ここの教室かよ!」
小声で話していても、元々の声が大きいのでよく聞こえる。声が大きすぎたのか、彼に頭を叩かれていた。
その後、膝を突き合わせて、秘密会議みたいに行われていたので、私にはほとんど聞こえず途中で断念した。サプライズ打ち上げでもやるのだろうか。少し気になった。
文化祭は何事も無く終わってしまった。自分のクラスの受付を彼とできたことは嬉しかったが、それしか無かった。
校庭では軽音部のライブが行われ、文化祭のラストを盛り上げていた。一方、校内は人がいる気配は無く、静かであった。私は軽音部のライブを聴きながら、私たちの教室に向かっていた。
暗い校内に私たちの教室だけに電気がついていた。私は中を覗くと、彼と女子バトミントン部の部長がいた。2人だけの教室はとても静かで中に入れそうにもない。私は盗み聞きをすることにした。
彼は彼女の目を見てハッキリ言う。
「――あのさ……俺はずっと一目惚れしてた。多分君を見つけた時から……。君を見てると心臓がドキドキして止まらない。――だから、その……俺は君のことが好きです。付き合ってください!」
私が1番聞きたかった言葉が聞こえる。私に向かってではない。彼が思いを伝えたい人に向け話されてる。その言葉を受け取れたならどれだけ嬉しいだろうか。
私の片思いは片思いのまま終わってしまう。彼に私という存在は元からなかったのだ。
涙が出た。私はその場で座り込み、抑えきれない声と涙を制服の袖に押し付けた。
「ありがとう。でも、私は好きな人がいるから、君の思いには答えられない。部活仲間としてこれからもいてくれると嬉しいな。」
「あぁ……わかったよ。」
彼の恋は終わったようだ。複雑な気持ちだ。少し嬉しいような、悲しいような。涙を拭き、なんとか立ち去ろうとする。この顔を見られるわけにはいかなかった。
そこに、さっき彼の思いに答えなかった彼女が教室から出てきた。彼女は私の顔を見ると、視線を下にする。
「ごめんね。」
彼女はすれ違いざまに私が聞こえるぐらいの声で言った。私に言うべきことではない。その言葉は彼のために言うべきである。
間を置いて彼が出てきた。何事も無く歩いていこうとするが、彼に話しかけられた。
「今の聞いてた?」
彼の声はいつもと違って少し震えていた。私の後ろにいる彼はどんな顔をしているのか怖くて彼の方を振り向けなかった。
「ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」
「そっか、じゃあまた明日な」
「あ、うん。また明日。」
彼は何も言わなかった。校庭から有名な失恋ソング聞こえる。不釣り合いにも拘わらず学校は最高潮に盛り上がっていた。
文化祭が終わり、またいつもの明日がやってくる。
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