第2話君を見ていたい

  ロマンチストと言われ続けた昼休みを終え、五時間目が始まる。私は授業の時間が好きだった。なぜなら、彼が前にいるというだけで時間がすぎていくので、何時間でも過ごせる気がするのだ。

彼の仕草、時々見える横顔を眺めながら彼の言っていたことを思い出す。「心臓の音を聞いていたい」とはどういうことなのか。やっぱり2人きりになってずっと一緒に居たいってことなのかな。

とか、考えてると急に恥ずかしくなってきた。前に座ってる彼の背中を見る。心臓があるのは体の左側、そこに彼の心臓があって彼が生きていることを証明するものである。

彼の心臓はどんな音がするのだろうか?私は自分の左胸に手を当ててみた。トクントクン。少し早い気もするがいつも通りであったと思う。

私が彼に近づいて心臓の音を聞いたらどうなるのだろうか。彼の心臓は早く脈を打ってくれるのだろうか。私はそんなことを思いながら、前にいる私より一回り大きい背中をみていた。

そんなとき、彼は後ろを振り向いた。少しだけ目が合う。彼の手にはプリントがあった。授業で使うプリントのようで、周りを見るとみんなに配られていた。


「ありがと」


私は彼に聞こえるかどうかわからない程度にボソッと言って、プリントを受け取る。彼は少しニコッとして、すぐに前を向いた。

私はこの笑顔に弱い。彼のキリッとした顔から見える優しい笑顔。そんなギャップに女の子は弱いのだ。そして、私もその1人だ。きっと、男女構わず使われる笑顔はいつか私にだけ向いてくれればいいと思う。そんな強欲な私がいた。それでも、私はいつかそうなって欲しいと願っている。

彼は卓球部で副部長である。高校2年生の今、部活を頑張っている。勉強は中の中ぐらいかな。彼は男子グループの中で1番大きいグループに入っていて、とても明るいという訳でもないけど暗くもない。誰にも優しく接してくれるし、女子からも頼りにされるのが彼だ。

だから、私の他にも彼を狙ってる人がいるかもしれない。例えば、女子卓球部の部長とか。よく話しかけているのを見るし、クラスも一緒というなかなかの繋がりだ。なにかと、可愛いしキラキラしてる。私より、ああいう女の子が好きなのかもと思うと憂鬱になる。

私も彼と親しくなれるだろうか。なにかきっかけさえあればいいなと思うのだが、そういうのは、自分で作らないと一生来ない。

だが、そんなきっかけを作れない私は臆病者であった。私が考えている間に、授業が残り10分になった。先生の話しを聞いて板書するだけの授業は、考え事をしている私にとっては好都合だった。先生の話は流して、黒板に書かれてることだけをノートに写していた。

周りの生徒はみんな眠そうで、寝てる人も3人ほどいた。だが、先生は寝ている人をおこす素振りもなく、淡々と授業を続けるのであった。


「ふぅ…」



黒板を写すのも一通り終わり、あとは、授業の終わりまで彼を見つめているだけであった。

先生が今日の授業のまとめを言ってる時にチャイムが鳴る。その後も早口でまとめを読み上げ、5時間目が終わった。特にすることも無く、教科書とノートをしまって、次の授業の準備をしていた。そこに、私の友達が来た。


「英語の宿題見せてー!」


彼女の要件はだいたいわかっていたので、素早く英語の宿題を見せる。


「ありがとー。今度お菓子あげるね!」


と、学校に毎日お菓子を持ってくる友達に言われた。物に釣られたわけではないが、お菓子は貰っておくことにする。友達は隣の座ってない椅子を取り、机の左側に着いた。

そして、私の机を半分ほど占領し宿題を写し始めた。この英語の宿題は英単語を自分で調べたり、英文を訳すものである。普通にやると時間がかかるが、見せてもらうと休み時間内に終わる。

英語の先生は宿題を忘れると怖いし、授業で宿題の答え合わせをやる為、この宿題は重要なものだった。ただ、英語の授業前の休み時間に、宿題が終わってる人の宿題を写すのがこのクラス通例だった。

前の彼は宿題が終わってるようで、ゆっくりと英語の授業の準備をしていた。


「あっ」


と、彼は小さな声で言う。見えてしまったのだが、彼の英語の宿題は真っ白だった。私はこれはきっかけなのでは、と思った。

私が宿題を見せれば、彼と話せるはずである。上手く行けば仲良くなれるのかもしれない。勇気を振り絞った。肩を叩いて、「宿題見せてあげよっか?」ということを言えれば、きっかけができる。心臓がドクンドクンと高まり、なかなか行動に移せない。

今、私の顔はどうなっているのか。心配になる。そんなことしてるうちに、彼の方からきっかけが来た。


「宿題見ていい?」


彼は後ろを振り向いて言った。私に言っているはずである。後ろは私しかいない。そして隣の友達でもないはずだ。できる限り平常心を装って私は答える。


「いいよ……」

「サンキュー」


  彼は軽く答える。そして、椅子を後ろに向け私の前に彼が宿題のプリントとシャープペンを持ってくる。私の机に宿題のプリントを乗っけた。すでに、私の机を占領していた友達は彼に文句を言う。


「ちょっ、邪魔!」

「えー、じゃーこうして、これでどう?」


私のプリントをどちらにも見やすいようにした。両者納得したようで、黙々と続ける。私の机を2人で全て占領され、やることがなく手を膝において、彼を見ていた。

ち、近い。彼のサラサラした黒髪が揺れる。どんな匂いがするのだろうか。気になってしまう。

彼がこんなに近くにいると集中できない。私は心を抑えることにした。彼に気が付かれないように、大きく吸って吐いてを繰り返し、なんとか平常心を取り戻す。



「終わったー」


先に始めていた友達は、彼より早く終わった。プリントをしまい、友達が帰ろうとする。

このままでは、2人きりになってしまう。できれば残って欲しい私と、2人きりになりたかった私がいた。友達は彼に


「ちゃんとお礼しろよー」


と言い残し去っていった。「はいはい」と彼は素っ気なく返事をして、宿題を写すのに戻った。

私たちは今2人きりだ。彼の英語の宿題を写す作業だけがあり、他には何も無かった。教室のガヤガヤは小さく聞こえ、二人の間だけが静かに流れっていった。私はそれに気まずさを感じ、何かを話そうとした。


「答え間違っていたらごめんね」


なんとか絞り出された言葉は短かった。


「あぁいいよ。宿題はやってくることが大事だからね。間違っていても気にしないから」


そしてまた、静かな時間が流れる。彼に集中させた方がいいのか、楽しく話した方がいいのか分からなくなってきた。結局、黙々と進める彼を見ることしか出来なかった。


「助かったよ。何か忘れちゃった時とかは僕が助けるから」


  彼は笑顔で言う。彼なりのお礼は私に刺さる。


「あ、うん。何かあったら頼るよ」


彼と何を話していいのか、分からないまま彼は自分の机に戻っていった。少しは近づけたような、あまり変わってないような気がした。

彼には気にするなと言われたが、英語の宿題の答えがあっているかとても気になった。6時間目は緊張と恥ずかしさでいっぱいになった。

そして、彼とは何事もなかったように、帰りの支度をするのであった。

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