第2話 吉田陸
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約五百八十万円。
これが、中学生である俺が一月で稼ぐ金額だ。
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もう二月の中旬。中学二年の俺達が、最高学年になるまでもうそろそろだ。
昼休み、陸は自分の机で勉強をしている。理数系以外苦手科目の陸は、次の期末考査で、なんとしても文系のテストの点数をとっておきたかった。
理数系が得意な彼だが、将来は文系の大学に進み、就職したいと思っている。
「さて、これは…」
分からない単語を調べようと、英和辞典に手を伸ばしたところで、俺は八坂景と目が合った。合ってしまった。
目を逸らしたが、ターゲットとして見られたのなら、俺に逃げるすべはない。
景が近づいてくる。このパターンは、もう終わりのやつだ。
予想通り、俺は声をかけられる。
「おい陸、ちょっとこっち来いよ」
俺は言われるがまま、彼について行く。逆らうと痛い目を見るのは明らかだったから、目が合った時点で、半ば諦めていた。
そしてそのまま屋上への入り口へと連れていかれた。俺を連れて行く途中、まるで友達同士の会話だと思わせるような声のトーン、内容で、周りの人からの目を欺いていた。
そして、
「俺今月ピンチでさ、少し金が足りないんだよね。だから俺に十万、貸してくんない?」
今日は少し少ないかもしれない。そう思った自分が嫌になる。
「今はない。放課後ホームルームが終わってから渡す」
「おう、悪ぃな」
全く悪びれた様子もなく、彼はそれだけ言って教室に戻って行った。
残された陸は、時間を確認し、昼休みが終わる五分前までそこで座って、諦めるように息を吐いた。
「月五百八十万…か」
そうつぶやき、陸は教室へと向かった。
五、六時間目の授業は文系の科目なのに、頭に入れようと頑張っても集中出来なかった。
やがて放課後になり、俺と景以外がいなくなってから、俺は十万円を渡した。
「まったく、ありがたいなあ」
そう言う彼の顔は完全にカモを見る目だった。
「また今度頼むぜ?」
彼はそう言って歩き出す。
そして俺しかいなくなり、陸は下駄箱へと歩き出した。
下駄箱で靴を履き替え、外に出た時、景が待っていた。
「陸、一緒に帰ろうぜ」
こいつといても俺にはメリットがない。
「悪い、今日は用事がある」
明日を生きる為に必要な用事がある。
そして景の方から舌打ちの音が聞こえると、彼は言葉を続けた。
「そうかよ、じゃあな」
そう言って彼はグラウンドの方へ消えた。おそらく次のカモにも同じことを言うのだろう。
心の中でそのカモに応援しながら、俺は帰路につく。
俺はその時に必ず心の中に悪魔を住まわせる。
あいつにやられっぱなしでいいのか?よくない。
あいつこそ不幸になるべきじゃあないか?その通りだ。
周りのヤツらの不幸なんて気にしてられない。そうだ。
お前だけ理不尽なのはおかしい。ああ。
俺は、今日も盗みを働く。
陸は家の近くのコンビニに着き、時間と店内状況を確認する。学校帰りの生徒が多く、今日は少し不利かもしれない。だが、隙がないならつくればいい。
俺はそのコンビニに入り、周りの人達を確認する。
店員が一人、学生十人、社会人二人、お年寄り二人。
そして俺は店内にあったアイスの蓋を緩くして、レジから遠い場所へと落とし、声を上げる。
「うお、やべえこぼしちゃった!」
するとそこへ店員がかけつける。
「掃除しておきますので、少し下がって下さい」
そこを中心として何人かの人達が群がり、気分を悪くした人達は帰っていった。
レジ近辺には人がいないことを確認し、俺は札を数枚抜き取り、申し訳なさそうにしてそこの店員に謝りに向かった。
店員は許してくれたが、内心どう思われたか分からない。
おそらく完全に顔を覚えられただろう俺は、明日から盗む店を変えることを決めた。
その後家に帰り、自分の部屋でお金を確認する。
「…十二万千円、か。少ないな」
そう言って陸は自分の鍵付き貯金箱にお金を入れた。
「疲れた…」
そう言って彼は自分の机に座り、勉強を始めた。
だが、疲れた体では思うように脳が働かない。
彼は眠気を感じながら、心の中で思う。
復習決行まで、あと九日。
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