第8話

翌朝 目が覚めたら

時計は5時40分を指していた

見慣れた寝室

サイドテーブルの向こうに

妻の沙奈江が静かな寝息をたてている

少し身体が重く感じる

動作も鈍い

手探りで携帯を探し画面を見た

8月8日5:42

そうか…きょうは僕の誕生日だ

65歳になったんだ


あれは 長い長い夢だったのだろうか……

いや、昨日まで僕は確かに29歳だった

2、3週間に渡る生活の夢を

克明に見ることなど出来るはずがない


不思議な世界だった

その中で

兎沙のことは しっかり思い出した

昔のような深い深い悲しみはない

気持ちは いたって平静でいつもより満たされている


その時、突然また 兎沙の声が聞こえた


「ねぇ こうちゃん わたしたち約束しない? 万一 離れ離れになることがあっても 決めた日に決めた場所で必ず逢うの」


「そうねぇ…こうちゃんは忘れん坊だから こうちゃんの誕生日でいいわ!多分 定年って55歳とか60歳でしょ…だから…

うん!65歳の誕生日8月8日8時にしょう」


「場所はふたりの想い出の場所ね!

万一よ!万一 それぞれに向かうようなことになったら……

やだ!やだっ!そんなことないよね?

一緒にあそこに行こう!!

その頃は

もう、おじいさんとおばあさんだよね わたし達 ハハハハ」


約束したんだ!!


時計は6時になっていた

約束を守らなければ…

車ならあそこまで1時間もあれば着く

沙奈江を起こさないように

そっと寝室を出た

〈ちょっと出て来る〉

メモを残して30分後には

僕は自宅を出ていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る