第7話

面白いことに

兎沙とは同い年で

僕は8月8日 兎沙は9月9日が

誕生日だった

だから梅雨入りする頃には

いろいろな物を買い揃えていた

兎沙は楽しそうだった

僕は 5年の付き合いが 嘘のように

新鮮な幸せを素直に感じていた


それは梅雨の雨が続いて

三日目の朝

いつものように コールしたのに

兎沙は出なかった

たまにそんな日もあったから

気にも留めず

いつもの時間に自宅を出た

公園の紫陽花の横を通り過ぎながら

日曜日に兎沙とここを並んで歩いたことを思い出す

「紫陽花が梅雨ですよぉ〜って言ってる ふふふ」兎沙は雨でも元気だ


出社して1時間ほど経った頃

着信があった

珍しく兎沙の母親からだ

嫌な予感がした


声にならない声は

朝、部屋へ起こしに入ったら

ベッドで冷たくなった兎沙をみつけたと…


娘を失った両親の悲しみは どれほどのものだったのか…

その悲しみに寄り添う余裕もないほど 僕は日に日に憔悴していった


人間の身体は知らず知らずに

身を守る方法を探す

僕を救うために 脳は記憶を消した

数年間の兎沙の記憶が失われた


精神科の治療を受けながら

職場に復帰したのは 秋風がさらに冷たくなった初冬のことだった


今、こうして記憶が戻って

悲しみが再び僕を支配するように思えて 不意に怖くなった

固く目を閉じた


だけど 今回は違った

浮かぶのは 兎沙の笑顔と

幸せな想い出ばかり…

そのまま 僕は眠るように

気を失っていった

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