第3話 わたし、OKされてしまいました。

 ねえねえ、わたし。

 どうしてあなたは戸が開いた瞬間、後ろの確認をしなかったの?

 それで今、こんなんなっちゃってるよ?

 あのソラきゅんが、こんなアホマヌケ女に頭を下げてるよ?

 わたしはソラきゅんの彼女になっちゃったみたいだよ?


「あっ、電話……」

「う、うん!」


 ソラきゅんの言葉にハッとし、わたしは電話に出た。相手は日直の仕事を終えたと思われる我が友であった。


「はいっ、もしもし!」

「あ、コトリン! おめでとう~!」

「……は?」

「実は告白、聞いちゃってた」

「えっ! ちょ、ちょっと!」

「だってコトリンの声、大きいんだもん。教室に着くまでに聞こえちゃった。でも大丈夫! 他に聞いている人はいないみたいだよ~。どのクラスも人ゼロ!」

「そっか、それは良かっ……じゃなくてぇっ!」

「とりあえず二人で帰りなよ!」

「えっ、それは……」

「私は図書室に用ができた」

「そうなのっ? じゃあ、わたしも!」

「アニメは大丈夫? それに漫画も買うんでしょ? 時間かかるよ~?」

「う……」

「はいっ、彼氏との下校に決定~。じゃ、また明日! 手伝ってくれて、ありがとねっ! あー、私は親に迎え頼むから心配しないで~」


 わたしにNOと言わせずに電話が切れた。

 まさか、こんなことになってしまうとは……。


「あの……大丈夫?」


 わたしが呆然としていると、ソラきゅんが心配してくれた。


「はい……。友だちが用ができて遅くなるから、一緒に下校できなくなっただけなので……。その子は迎えを頼むから大丈夫ですけど」

「いや、大丈夫じゃないだろっ!」

「へ?」


 急に表情がキリッとしたソラきゅん。

 ど、どうしたの……?

 そんなに見つめないで。

 何か、すごくドキドキする……。


「暗くなるし、俺と一緒に帰ろう。というか、俺が一緒に帰りたいんだけどさ……」




「……」

「……」


 ソラきゅんの御厚意を断れるわけがなく、わたしたちは一緒に下校することになった。わたしが「ありがとう。お願いします」と言った直後の、ソラきゅんの心から嬉しそうな笑顔が頭から離れない。

 わたしたちの会話はそれっきりだった。お互い緊張していて、何を話したら良いのか分からなくなっている。

 しかし、ここでやっと沈黙が破られた。わたしは指差しながら、口を開いた。


「あ、わたしの家……あれです」


 自宅が高校から徒歩三分であることに、わたしは改めて感謝した。


「え、マジ? すごい近いな……」


 あまりの近さに、さっきまでだんまりだったソラきゅんがビックリしている。そして少し淋しそう。


「うん。だから絶対この高校に行く! って決めたんだ。中一のときに」

「そっか。俺の家も高校から近いけど、これはすごい……」


 わたしたちは笑いあった。別れ際にやっと、二人揃って笑顔になれた。ここで、わたしも少し淋しくなった。


「ありがとう大木くん。じゃあ……」

「待って」


 わたしが家に向かおうとしたとき、ソラきゅんが呼び止めた。


「な、何っ?」

「呼び方だけど」

「へっ?」


 意外な質問に、わたしは目を丸くした。


「さっきみたいに呼んで欲しい」

「で、でも! あの呼び方……気持ち悪くない? オタク丸出しって感じで」

「そんなことないよ。オタクなんて、俺だって漫画とか読むしゲーム好きだし。それに、特別な感じがするから」


 特別……。


「うん、分かった。そうする」

「ありがとう。じゃあ琴梨、また明日」

「えっ……う、うん! バイバイ!」


 わたしに手を振ると、すぐにソラきゅんは走って行ってしまった。

 琴梨……。

 同級生の男の子に名前で呼ばれるなんて、何年ぶりだろう。顔を真っ赤にしながら、わたしは家に入った。

 そして、あんなに楽しみにしていた週刊チャンポンの買い忘れに気づくのは、まだまだ先のことだ。

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