第23話 祝福と最悪な気分、の板挟み
前原が立ち去ったあと僕は一人、店の外に残って気持ちの整理をつけていた。
最悪な気分だった。
気にする必要なんてないことはわかってる。
前原自身も『極端な言い方』だと言っていた。そしてそれは僕も同意見だ。
僕は薄情なのかもしれない、それは認める。
けれど、だ。だからといって何も感じない、なんてことはならない。そんなことは決してない!
……そう、わかっている。そのはずだ。
けれど僕は否定できなかった。
それどころかアイツの言葉を、心のどこかで共感してしまってる。その通りだと思ってしまっている。
その事実が何より、この心に深く突き刺さる!
「……あァ、ホントに最悪だ」
さっきの話の後だと、先程までの宮野と神崎さんの進展は祝福したいという気持ちさえ気のせいではないか、空っぽなんじゃないかと思えてしまう。
「とはいえこのまま
僕も人を待たせてる。いつも通りの接し方ができるかはわからないけど、そろそろ戻らないと……。
そう思い店の扉を開ける。
「遅かったね村上君」
店の中に入ってすぐのところに北山さんがいた。
「こんなところでどうしたの北山さん?」
「いやその……」
「もしかしてずっと僕を待っていてくれたの?」
一抹の不安がよぎる。
もしかしてさっきの会話を聞かれてないよね。
「ううん、別に待っていたわけじゃないよ。美空と宮野君の飲み物を届けるために部屋に一回戻ったし」
「そっか」
よかった、聞かれてはなさそうだ。こっそり胸を撫で下ろす。
「ただその後で店長に叱られてただけだよ」
「いったい何をしたの?」
軽い注意程度ならともかく、何をすればお叱りを受ける自体になるのだろうか?
「なに、他の客に迷惑になるほどはしゃぎでもしたの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあどうして──」
「ノンアルコールビールを注いでいたら怒られた」
「そりゃ怒られるわ。ドリンクバーで、ノンアルとはいえ高校生がビール注いでる絵面はアウトだろ」
「さっきは大丈夫みたいなこと言っていたよね!?」
どうやら僕の言葉を真に受けたらしい。
「バカだな〜、こういうのはバレないようにやるのが社会の基本だよ」
「バレなきゃ犯罪じゃない理論が社会で通用すると思ってるの?」
「通用するから今も昔も、いじめ、横領、差別、誹謗中傷といった表面化しづらい問題が解決されぬまま、社会のいたるところに
「嫌な社会だね」
「まったくだ」
北山さんの言葉にうなずきながらそっと、いつも通りの受け答えができていることに安堵する。
「それはそうと、北山さんにビールねェ……なんていうか似合わなそう」
「何言ってるの、飲みたいって言ったのは村上君でしょ」
「ん? ……もしかして僕の分を注いでくれようとしたの?」
「そうだけど」
「あ〜、それはなんかゴメン」
「別にいいよ」
そう言って北山さんは首を横に振るが、僕のせいで不利益を被ったのならさすがに申し訳ない──
「叱られているとき、ちょっと下着が濡れちゃっただけだから」
「説教で欲情してんじゃねェのよな」
叱られて興奮できるとは、なんて燃費のよさだ。
申し訳のない気持ちを返してくれ。
「それはセクハラ? 私はただ、下着が濡れたとしか言ってないんだけど」
「それはそうだけど、かといって飲み物をこぼしたとかそういうわけじゃないでしょ」
パッと見た感じ、北山さんの衣類に何かをこぼしたかのような痕跡はない。
もし飲み物をこぼしたとかなら、服は濡らさず下着だけが濡れた、なんてことにはならないだろう。
「ならもう、説教されて発情したぐらいしか」
「理論が飛躍しすぎでしょ」
「では北山さん、君は発情しなかったと言えるのかね?」
「まあ確かに、かなり発情はしたのは間違いないけどね。けど下着を濡らしたのはそれだけじゃないよ……」
「発情したことは変わりないのかよ、見境ないな!」
思わずツッコミをいれる。
北山さんとはじめて話した時と比べ、近頃は宮野と神崎さんといったメンツが近くにいるおかげだろうか。
最近は北山さんの性癖が表に出ることが減っていたため僕の、下方面に対する免疫能力が低下してしまっていたようだ。
聞いたのは自分のくせに、北山さんの暴走に頭の処理が追いつかなくなってしまう。
よし、ここは少し落ち着こう。
「はァ……で、いったい何で下着を濡らす羽目になったの?」
何事にも動じないよう心を落ち着かせ、ゆっくり話を聞く。
「実は叱られている時に尿意が──」
「よーし、話は理解した! それ以上は言わなくていいよ!」
そのワードを聞けば十分だった。
落ち着きは吹き飛び、急いで話を切り上げる。
「──我慢の限界に達してね、少し漏らしちゃった」
「言わなくてもいいって言ってるでしょ!」
話の切り上げに失敗した!
今更ながらに、宮野たちの様子を盗み聞きしていた時に北山さんが、挙動不審気味に股を擦らしていたことを思い出す。
どうやらあれはフラグだったらしい。
「そんな恥ずかしい姿を他人に見られてると思うと更に興奮して下着は大変なことになってね」
「クラスメイトの性的興奮した話を聞きたくないという僕の言葉は届かないの?」
「店長も下着事情を察してくれたのか、『もういいから戻っていいよ』って言ってくれたよ」
「そうか、興奮したうえに見逃してもらえて良かったですね! とりあえずブレーキを踏もうかお願いだから!」
僕は店長に同情が芽生えた。また今度、菓子折りでも持っていこうと心に決める。
「北山さんさ……僕にそんなことを言って恥ずかしくないの?」
「聞いてきたのはそっちでしょ」
それはそうなんだけど。けど途中で、もう言わなくていいよって言ったよね?
北山さんのおこないに僕は頭を抱える。
「お願いだから僕に対してもう少し本性隠してくれ」
「というと?」
「宮野や神崎さんが近くにいるときは上手く本性を隠してるでしょ。あんな風にしてくれってこと」
「別に美空たちに対して隠そうとしてるわけでもないんだけどね」
いや、そこは隠そうと努力してもらいたい……。
「それに村上君には、村上君の家で
「嬉しくねェ」
そんな信頼は今すぐ捨ててしまいたい。
だが……ま、それはいいや。北山さんと関わりを持ったのが運の尽きと割り切ろう。
「そういやあの後、宮野たちはどんな様子? 一回は部屋に戻ったんでしょ」
「ん〜、まあ進展はあったみたいだよ。仲良くデュエットしてた」
「なにそれ超見たい」
宮野が誰かとデュエットなんて想像できない。
珍しいもの見たさに早歩きで部屋に戻ると、本当に宮野たちが仲良くデュエットしていた。
嫌なことがあったあったせいだろうか。
八つ当たり気味に初々しい二人をおちょくり倒す。たまらなく爽快だった。
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