第22話 いじめのわけ

 部屋に戻るのをやめて振り返り、前原に問い詰める。


 僕は人に好かれやすい人柄では決してない。

 僕のことが嫌いで、気に入らなく思ってる人間だってそれなりにはいるだろう。

 先ほどはシリアスぶったが、社会では虐めなんてものはありふれている。

 僕が虐められたことだって不条理でも珍しくもない。おかしなところを探すのが変ってものなのだろう。



「わざわざ聞く必要あるのか?」

「必要はないけど興味はある」



 だが前原コイツの場合はいくらなんでも異常だ。


 確かに僕は人に好かれにくい。いじめられることがあったとしてもおかしくない。

 けどそれを差し置いても、わざわざ気に入らない人間をいじめるためだけに、金をばらまいて周囲の人間に僕を虐めさせるよう仕向けるか?

 いや、さすがにそれはないだろう。いくら好かれにくいからって、そこまで他人に嫌われてるようなことした覚えないよ、今と変わらず人畜無害の陰キャでしたよ。

 そんな僕をいじめるために金をばらまく?

 金の無駄遣いにも程があるだろう。



「別に、深いわけとかはないよ」

「それは僕が決める。いいから話しやがれ」

「嫌いだったから」

「テメェ、ふざけてんのか? 僕が聞きたいのはそんなことじゃない」



 聞かなくてもそれぐらいわかってる。



「なぜ僕をあれほど嫌っていたか、聞きたいのはそのわけだ」

「というと?」

「ただ嫌いだったから、なんて理由だけで金をばらまくか? 金で従わせたクラスメイトにいじめなんてさせるか? 普通はそんな事しない。なら、そうまでしてお前が僕を嫌う理由はなんだ」

「いや、ボクはいじめとか関係なしに、相手が誰であろうと関係なく、他人を金で従わせる主義だが」

「それは自分の友だちに対してもか、違うだろ」

「違わないね、他人は他人だよ」

「バカなの?」

「至ってマトモだよ。それにお前の言う友だちだって、金で従うだけの有象無象の木偶デクだろ?」



 どうやら真性のクズらしい。金の無駄遣いもいいとこだ。というか他人の友だちを勝手にけなしてんじゃねェよ。

 僕が嫌悪感をあらわにすると、それをみて前原はくちびるを曲げる。



「……何がおかしい」

「いやなに。ただ村上にもボクと同じ気持ちを共有してもらえて嬉しいなと思ってね」

「どういうこと?」

「別に。そういえば、なんで村上をいじめていたか、だったね? いいよ答えてやる。ただの──同族嫌悪だよ」

「はァ?」



 コイツはなにを言っているんだ?

 同族だと?

 非リア充でいじめられていた僕と、金で他人を従わせ自由気ままに生きる前原がか?



「嫌悪したのは認めるけど、それはあくまで友達を貶されたことについてだよ。それに僕とお前の、一体どこに共通点があるっていうんだよ?」

「そんな言い方するなよ、心外だなー」



 理解できずにいる僕を、前原は嘲るように笑う。



「だって村上も他人に対して、これといった感情を持ち合わせてないでしょ」

「……ッ」



 その言葉に一瞬、絶句した。

 意味は分からない。けどその言葉に、自分という人間の本質を突かれたような気がしたのだ。



「ふぅ……オイオイ、何を言うんだよ。僕が他人に感情を持ち合わせてないだって? 馬鹿を言うわないでよ」



 呼吸を整え、心を落ち着かせることで余裕を取り戻し──それでも焦りのようなものを感じずにはいられない僕は、前原の言葉に食ってかかる。



「自分で言うのもなんだけど、僕ほど感情豊かな人間はいねェよ」

「ほほう、例えばどういったエピソードがおありで?」

「えーと……おっぱいを揉ませてもらうために土下座したり、『ぶち殺す』と言われて恐怖に屈したり、あとエロ本を隠してくれた兄に感謝したり……」

「村上の青春、いじめられてた中学時代のころよりも奇天烈じゃない?」



 否定……できない!



「ま、まァ〜それはともあれだ……そんな愉快なことになっているなか、当事者の一人である僕自身がなにも感じていないなんてことあると思うか?」

「思う」

「……即答だな。その根拠は?」

「根拠というほどのものはないさ。ただ今のを聞いた感じ、村上の言動はアニメとかに登場するキャラクターみたいなんだよね」



 やはり僕には、前原がなにを言いたいのかよくわからない。理解なんてできないのではないかという気さえする。

 けれどなぜか、その言葉は痛く感じた。

 まるで心の奥底を──僕自身が気がついていない、あるいは目を背けていた部分に触れられたような、そんな気がして思わず言葉が詰まる。



「なんというか、わざとらしいんだよ」



 けれど前原は話すのをやめない。

 そんなことを気にかける間柄ではないのだから。



「演じているというか……好きなアニメのノリを真似してを感性豊かな自分を振る舞っている──そんな風にしか見えないんだよ」

「そんなこと──」

「そろそろ現実を見るときだよ、村上。キミは人並みの良識や価値観は持っている。それだけなら十分に誇っていいことだが──けれども他人に対して何かを感じることができない」

「…………」

「そして何も感じないキミは、ちゃんと向き合わないといけない──そうわかってるのに心の奥底では他人に何も思ってないから肝心の、人との接し方がわからない」



 前原の言葉が僕の本性をさらけ出す。


 そうだ、時と場合にもよるが大抵の人はコミュニケーションをとる際、多かれ少なかれ相手に感じた感情に沿って人と接する。

 けれど他人に何も感じない人間にはそれができない。なら人と接するにあたって以外の行動基準が、参考がいる。

 そしてそういった人間は臨機応変に対応できずに、基準に沿うことしかできない。

 だから──



「だから村上はアニメなどを参考にした、お手本マニュアル通りの対応しかできない。どう向き合えばいいのかわからないキミは、感性ではなく良識に従った判断しか下せない」

「……それは大げさだろ。そこまでは酷くない」

「確かに極端な言い分だったかもしれない。けどそれは軽度か重度かの、ただそれだけの違いでしかない。それにその言い分だと、キミにも心当たりはあるんじゃないかい?」

「………………」



 言われてみれば確かに、心当たりはあった。

 僕が北山さんとともに宮野と神崎さんの恋の手伝いをすると決めたのは、『数少ない友だちのため』だ。

 表面上は良い話だと思うだろうか。

 けどそこに情はなかった。あったのは『友だちの幸せのために動かなくてはならない』という使命感だけだった。

 嗚呼、確かに僕は薄情な人間かもしれない。

 けど──



「……それがなに?」



 それとこれとは話は別だ。



「仮にそうだとして、お前はどうして同族嫌悪なんてものを僕に抱いた?」

「わからないの? 簡単な話だよ。他人に関心がないが故に金の繋がりでしか他人と接しないボクと、他人に関心はないけど自身のモラルに従って他人と接する村上。ほら、互いに他人に関心がない者同士、ボクら同族だろ?」

「…………なるほど」



 ようやく、理解した。

 ここまで言われたら嫌でもわかる。

 周りに誤解されやすい宮野の理解者が神崎さんや北山さんであるように、僕にとっての理解者が前原コイツだった。

 ようするに、そういうことらしい。


 ……あァ、全くもって嬉しくない。

 前原が僕の理解者だなんて吐き気がする。



「ま、他人に無関心なボクが嫌悪感を感じるなんて珍しいんだから、そのことに関してはむしろ誇ってもいいんじゃない?」



 嬉しくないことが増えた。



「んじゃ、ボクは行くよ。この後、人とカラオケで遊ぶ予定があるんでね」

「どうせ金で従わせた女だろ」

「そうだよ。男も悪くないけど、体を重ねるならやっぱり女が一番だしね。なんなら一緒する?」

「僕を巻き込むな。そういうことをしたければホテルに行けよ。というか、カラオケには監視カメラあるってわかっているのか」

「問題があれば買収するだけの話だよ」



 そう言うと前原は僕の横を通り過ぎ、カラオケショップに入ろうとする。

 ただ、僕としてはやられっぱなしは気に入らない。

 最後にささやかな仕返しをすることにした。



「あっそ、ならついでに一つ忠告しといてあげる」

「へえ、忠告ねえ……なに?」

「ボクっ娘属性や百合をリアルでやるのはやめといたら? 寒いよ」



 僕は嘲るように笑いながらに忠告する。

 あの女が、僕の仕返しをどう感じたのだろうかはわからない。

 ただ前原は朗らかに笑いながら「死ね」と言い残していった。

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