第21話 祝うべきことと、嫌な過去

 神崎さんの言葉を反芻する。

 これはいわゆる──。



「ふむ……デートの誘い、というやつだろうか?」

「そうなんじゃないかな」



 そっか〜、デートかァ〜。



「ぞればどでも、めでだいなァ……」

「目から血が出そうな顔をしてるけど、本当にめでたいと思ってる村上君!?」

「思っている。ただ僕も男の子だからね。かわいい女子にデートを誘われることが羨ましいんだよ」

「そういうものなの?」

「そういうものなんです……けどまぁ、折角デートまでこぎつけたんだ。友の幸せのため、心から素直に祝福するさ」

「ふーん。じゃあもしも、宮野君が断ったら?」

「ハッハッハ、何言ってるのさ北山さん。好きな異性からの誘いなら、たとえ何があろうと、どんな条件でだって一言オーケーに決まって──」

『俺の出す条件を飲むのならよかろう』

「ん!!?」



 宮野、お前はなにを言っている……?



「……ねえ、むしろ宮野君の方から条件出してきたよ。かわいい女の子からの誘いなら一言オーケーなんじゃないの?」

「普通はそのはずなんだけど……なんで、なんでアイツの方から条件を出すんだよ、バカなの!?」

「まあ条件を出しただけで断ったわけじゃないんだし、別にいいんじゃないかな」

「そ、そうだね」



 北山さんの言葉に落ち着きを取り戻す。

 宮野が言う条件も、きっと別になんてことないことのはず──。



『その条件とは?』

『俺にお前を抱かせてくれ』



 最低かつ、とんでもない条件を提示しやがった。



「アウトォーッ!」



 馬鹿げたことを抜かしやがった宮野に思わず叫んでしまう僕。

 その要求は倫理的にアウトである。



「あのクズ、アイツは本当に馬鹿か!?」

「うん、そうだね。けど私のおっぱい目当てに恋の手伝いをしてる村上君には言われたくはないんじゃないかな」

「それはそれ、これはこれ」

「自分勝手だね村上君!?」



 それに関しては、なんと言われようと構わない。

 他人に厳しく、自分には優しく。

 僕が欲にまみれるのは許せるけど、他人が欲に目がくらむのは許せません!



『え、ちょ、なにを言っているですか宮野さん!』

『おいおい少し落ち着けよ神崎』

『落ち着けるわけないでしょー!』

『ハッハッハ』



 スマホの向こうでは神崎さんは困惑し、宮野は笑い声をあげ──



『そう、そうしてくれればいいんだ』

『え』



 何やら満足したらしい。



『いやなに、お前は俺や村上に対して距離を置いている印象があったからな。その距離感をどうにかしたいと思っていたんだ』

『じゃあ、あんなことを言ったのは……』

『ああ。動揺すれば北山に見せる素のお前を俺にも見せてくれると思ったんだ。……唐突に変なこと言って悪かった』

『……ホントですよ、あれじゃただのセクハラです』

『スマン。お詫びにどこでも付き合ってやるよ、お嬢様』

『……約束ですよ』



 スマホ越しから伝わってくる甘酸っぱい雰囲気。

 ……どうやら話が丸く収まったようだ。



「無事に二人きりでお出かけすることになった、ってことでいいのかな」

「そうみたいだね、実にリア充爆発しろめでたい!」

「落ち着いて村上。本音が漏れてるよ」



 おっと危ない。これではただの妬み野郎ではないか。

 ちゃんと挽回なければ……。



「いやだなぁ、ちゃんと心から嬉しいと思ってるよ。宮野に対する嫉妬ごとき、北山さんのおっぱいを触れることに比べればちっぽけな物だしね」

「いやだから本音が漏れてるよ! 欲望が従わないと他人を祝福することもできないの村上君!?」

「当然。できないし、したくもない。おっぱいのためでなければこんな、他人の恋の手伝いだなんて物好きなことを僕がするわけないしネ」

「残念かつ最低だよ村上君!」



 酷い言われようだ。

 まァいいや。



「それよりも、そろそろ飲み物をもって戻るよ。これ以上は怪しまれるからね」

「それもそうだね……コーラとレモンティーでよかったよね」

「宮野と神崎さんの飲み物はそれであってるよ」



 通話を切り、みんなの分の飲み物をコップに注ぐ。



「村上君は何を飲むの?」

「ノンアルコールビール」

「アルコールの有無に関係なく、学生がビールを飲むのは絵ヅラ的にダメじゃないかな」

「この場合、セルフで置いてるこの店に問題があると思う」



 北山さんのジト目を軽くいなし、宮野たちが待つ部屋に戻ろうとする僕たち。



「お、村上じゃね?」



 だがそこで待ったがかかった。

 背後から声をかけられる。



「ゲッ」



 その声には心当たりがあった。

 嫌な予感とともに声の主を見やる。


 その者は最低な性根が浮かび上がっているかのような、下卑た笑みを浮かべてそこにいた。

 もう二度と会いたくなかった過去ものがそこにいた。




 ■ ■  ■




「女と二人きりのところを邪魔して悪かったな」

「言葉が軽いんだよクソ野郎」



 言葉が荒くなるのも気にせず、僕は要らぬ軽口をほざくソイツ──前原に罵倒で返す。


 北山さんに先に部屋に戻るように伝え、僕は前原とともに店の外に出ていた。

 本当は近くにいるのも嫌だが、北山さんに関わられることの方が不快だと感じたからだ。



「思ってもないことを口にするなよ気持ち悪い」

「酷い言い草だな」



 当たり前だ。僕はコイツに礼節を取り繕うつもりはない。



「んで、なんのつもりで声をかけてきたんだ前原」

「久しぶりに再会したから、で話しかけただけだが?」

「ハッ、よしみの意味がわかってないみたいだな。使相手に使う言葉じゃねェよ」



 いい加減なことをのたまうクズを睨みつける。


 何故かは知らない。

 だけど中学時代、前原は僕のことを嫌っていた。

 そしてタチの悪いことに前原は裕福な家庭の生まれだった。

 金なら腐るほど、少なくても女を従わせるのに不自由しない程度には持っていたようだ。

 この者は、金をばら撒くことで性を貪り、己に従う者たちを使って僕への虐めをさせていた。

 そんな奴の口から『よしみ』だと?

 笑わせないでくれ、反吐が出る。


 しかし前原は、おどけたように笑い、なんてことないように言う。



「それは言いがかりだろう。虐めという程のことはしていないはずだが? まあ、になら心当たりあるが……そうそう。訂正しとくと、従わせていたのは女だけじゃないぞ」

「本当に悪質だな」



 そういうところが嫌いなんだ。

 一緒にいることさえ不愉快だ。



「要件がそれだけならもう行かせてもらうぞ」



 要件がそれだけなら話は終わりだ。こちらから話すことはない。

 僕は今度こそ、宮野たちが待つ部屋に戻ろうとして。



「そうだな、こちらとしてもお前が昔と変わらず、虐めたくなるほどに憎たらしいままだってことが知れてたから、もう帰っていいよ」



 その言葉が。その言葉が、僕の足をとめさせた。


 嫌な記憶が蘇る。

 金をもらい、上機嫌なクラスメイト。

 嬉々として嫌がらせをしてくる女ども。

 次はどう虐めるかを話し合うグループに、『どうせ子供のすること』だと笑って悪ノリする担任教師。

 それが当たり前の──当たり前僕の日常。

 そして、

 僕の、『何がしたいのか?』という質問に『お前いじめられっ子が知る必要あるのか?』と問う前原の顔──。


 ハッ、何を今更。

 頭を軽く振る。

 それこそ、現在いまになってはどうでもいいことではないか。一体なんの意味がある。



「……最後に一つ、聞かせ



 それでも僕は。



「なんで僕を虐めていたんだ?」



 どうしても聞かずには、いられなかった。

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