第20話 スマホから聞こえてくる

 そのために知恵を振り絞った。


 その答えがこの状況をつくりだすことだった。

 そう、今日カラオケに来たのも、宮野たちを部屋に残したのも、僕が自分のスマホを通話中のままポケットに忍ばせたのも、北山さんが通話中の状態にしたままスマホを部屋に放置したのも全部茶番。

 そう、全てはこの状況を作るためだ。

 そして僕たちは見事、目的を成し遂げた。

 あとは盗聴──もとい、スマホ越しに聞き耳を立てるだけ。


 北山さんに、ペアリング設定を済ませてあるワイヤレスイヤホンの片方を渡し、もう片方を自分の耳に装着する。


 さ〜て、宮野たちは一体なにをしてるのかな〜?


 なんだったら乳くりあってくれてもいいんだよ〜、と思いながらイヤホンから聞こえてくる音に耳をすまし──、



『村上はすごいんだぞ! ウェブ小説を書いてるんだ!』



 ──第一声で羞恥心が限界を突破した。



「なんでそんなことを知ってるんだー!?」

「へー小説を書いてるんだ──って何してるの村上君!? ひとまず落ちついて、スマホを壊そうとするのやめて!」

「じゃあせめて宮野を殴らせろ!」

「一番ダメだよ村上君! 今までの小細工を無駄にする気!?」

「知ったことかー! いいから離せー! じゃなきゃ死なせろ!」



 北山さんが羽交い締めにされた僕は、必死にもがく。

 だが、それで宮野たちの話は終わるわけがなく。



『ウェブ小説ですか、意外な趣味でね。で、面白いんですか?』

『おいおい、仮にも俺様の友だぞ。少なくとも、つまらない……なんてことあるわけがないだろ』

『村上さんのことを信頼してらっしゃるんですね』

『まあ、友人だからな』

『そうなんですか、けどそれなら雪菜の方が凄いですよ』

『ほう、北山の一体どこが村上よりもすごいと言うのだ?』



 勝手に僕ら自分の友達で張り合わないでもらいたい。

 僕たちが聞いているということを露知らず、聞いているこっちが恥ずかしくなるような話は続く。

 そして次第に白熱していき──、



『雪菜のおっぱい!』

「ちょっと、何言ってるの美空!?」



 ──流れ弾が北山さんに被弾した。

 あとついでに僕も、神崎さんから同類おっぱい好きの気配と変人の片鱗を感じ取る。

 北山さんは顔を赤くし、悲鳴のような声を上げる。

 だがやはり、その叫びは届かない。



『……まあ、確かに男性の村上あるだろうな』

『大きさだけじゃなくて柔らかさも凄いんですよ』



 ──ようするに、羞恥プレイことばぜめは終わってくれず。

 かといって二人の進展具合を知るには聞かないわけにはいかないというわけで。

 僕と北山さんは、宮野たちの話に悶えるしかなかった。




 ■ ■ ■




『──それにしても、お前とこうして話しをすることになるとは思わなかった』



 イヤホンから聞こえてくる音声の雰囲気からして、どうやら友達自慢とは名ばかりな羞恥プレイことばぜめは終わったらしい。

 引きづられるように、いつの間にか思考を放棄していた意識が覚醒する。

 そして、それは北山さんも同じらしい。なにやら股を擦らし、少し挙動不審ではあるものの、先ほどまで赤かった顔に落ち着きが戻っていた。



『そうですね、私もそう思っていました。それも、これほど友達自慢が弾むとは思っておりませんでした』

『そもそも、その友達自慢していたのだって、他に話せる話題がなかっただけだからな』

「なら歌おうよ!? せっかくのカラオケだよ、そのためのカラオケだよ!?」



 ちゃんと、話す内容がなかったとしても気まずい思いをせずに済むようにカラオケを選んだのに!


 どうやら僕たちが恥ずかしい思いをしたのは、その場つなぎのためだったようだ。

 よし、後で殴ろう!



『そういえば、宮野さんは……その、誰かと息抜きにどっか行ったりするんですか?』



 僕の決意を横に、神崎さんが震える声で、戸惑いながらも宮野に対する理解を深めようとするための質問をする。

 思わず身構える。

 人付き合いが上手く、僕の知る範囲では今まで、あまり踏み入ったことを尋ねてこなかった神崎さん。

 それがここに来て宮野に対して理解を深めようとするかのような、この質問。

 普通に考えたらいい傾向なんだろうけど……。

 額面通りに、ポジティブに捉えていいのか。



『……どうしたんだ、急にそんなことを聞いてきて』



 宮野も似たことを思ったのだろう。

 訝しげにその意図を問う。



『別にどうということはないんですが……ただ、村上さんは一人カラオケなどをしている言っおりましたので』

『あぁ。だから誰かと一緒に遊びに行ったりしないのか、と聞いてきたのか』

『ええ。村上さんが一人カラオケが好きというのはわかりましたが、では、他のことだとどうなのかと思いまして』

『そうだなぁ……』



 記憶の整理をしているのだろう。

 何かを考えかのような、少しの間が生まれ。



『……たまに村上とどこかへ遊びにでかけたり、放課後の帰り道にゲームセンターに寄ったりはするくらいだろうな、誰かと遊ぶのは』

『そうなんですか』

『そうなんです。俺は、友達だから一緒に遊ばなければならない、みたいなノリが苦手だから、あんま誰かと遊びに出かけたりしないんだ。それに、そもそも友達が少ないからな』

『……意外です』

『なにが意外なのだ?』

『宮野さんのことですから、村上さんが唯一の友みたいに言うかと思ってました』

『……ククッ、確かに! 嗚呼、確かに少し前の俺が言いそうな事だな、それは!』



 宮野の言葉と笑い声だけが聞こえてくる。

 それを聞いて僕も嬉しくなった。

 思わず笑みがこぼれる。

 どうやら、これまでの勉強会などといった交流は無駄ではなかったらしい。



「よかったね村上君」

「そうだね」



 僕と北山さんは喜びを分かち合う。

 しかし神崎さんには、宮野の言葉の意味がいまいち理解できなかったようだ。



『つまりどういうことでしょう?』

『なぜそこで疑問形なんだ? 別に難しいことなんて何もないはずだが……』



 宮野は、なぜ理解できないのかが分からないという感情を隠さず──。



『村上のセリフをパクらせてもらうが、俺は仲の良くない相手と遊んだりする趣味はないぞ』



 ただ核心を──偽らざる本音を告げた。



『……わたしのことをそう思ってくださるんですか?』

『……当たり前だ、お前は俺にとって数少ない──親しみを抱くに値する相手だ』

『……そうなんですか』



 宮野の言葉に神崎さんは、それ以上なにも言えずに黙ってしまった。

 誰だってここまでまっすぐに言われたら恥ずかしくもなるだろう。

 それも意中の相手からの言葉だ。

 神崎さんの胸中は今、嬉し恥ずかしい気持ちでいっぱいなのだろう。

 だが恥ずかしいのはお互い様らしく──、



『……ああクソッ、恥ずかしいこと言わせんな』



 宮野も羞恥に耐えきれなかったのか、それ以上なにも言えずに黙りこくる。

 おそらく二人とも顔を赤くしていることだろう。



「今の二人の様子を生で見たかったね」

「そうだな。宮野の無様には見慣れたけど、アイツのこんな初々しい、『恋する、どこにでもいる高校生』みたいな反応は滅多に見られものじゃないしね」

「そうそう、美空もそんな感じ」



 だからこの目で見たかった、と。

 僕たちは少し悔しさを感じながら、しかし着実に、微笑ましく進展しているらしい二人をスマホから聞こえてくる音声越しに見守る。

 宮野と神崎さんの間にある沈黙を、どちらかが打ち破るのを待つ。



『…………』

『……あの、宮野さんは誰かと出かけるの不快、というわけではないんですか?』

『? あぁ、そうだが……それがどうかしたか?』



 先に沈黙を破ったのは神崎さんだった。

 質問の意図がわからず神崎さんに質問を返す宮野だが、神崎さんは取り合わない。



『わたしと遊ぶのは嫌……ですか?』

『何を今更。言っただろう、嫌な相手ならこうして共に行動し、話したりはしない』

『そう、ですか……』



 神崎さんの、意図の分からぬ質問。

 宮野はそれに、好きな女の子からの質問に真摯に答える。

 そして、神崎さんは宮野の言葉になにかを見いだしたのか。

 安堵したかのような声が聞こえた。


 結局、神崎さんは何を聞きたいのかな?


 僕は北山さんに視線で問いかけてみるが、北山さんは首を横に振るのみ。

 どうやら心配する必要はないようだ。

 北山さんが──神崎さんの親友がそう言うならそうなんだろう。

 僕にはわからないが、とりあえず理解できた風を装う。

 幸いにも答えはすぐだった。



『じゃあ……わたしと一緒に、どこかへ遊びに行きませんか?』

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