第19話 打ち上げ
カラオケショップ。
テストの報告書を見せ合った後、放課後の学校を出発。
僕たちはテストで溜まっていたストレスを解消すべく、打ち上げをするために、僕の発案で学校から最寄りのカラオケに来ていた。
みんなの代わりに僕が、四人分の部屋の手続きを済ませる。
「俺はカラオケに来るの初めてだ」
「奇遇ですね、わたし達も初めてなんです」
「遊ぶに行くとしても喫茶店でお茶をしたり、一緒にショッピングに行くぐらいだもんね」
僕の背後から、みんなの話し声が聞こえてきた。
どうやら宮野と神崎さんは、今日がカラオケデビューらしい。
「意外だな、神崎はクラスの奴らと来たことないのか? 誘われたりとか」
「いいえ。誘っていただことはありますし、クラスメイトのみなさんも別に嫌いではないんですけど、なんか息苦しいんですよね」
「美空って高校に入ってから、余計にそう感じる傾向が強くなったよね」
「そうね。実際に社長令嬢や学年首席だからって理由で近づてくる人が増えたからね」
「お前も苦労してるんだな。俺たちと一緒にいるのは苦しくないか、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですよ。宮野さんが……その、そんな理由で一緒にいるわけじゃないのはわかってますし」
「……そうか、ならよかった」
気を使ってもらえたのが嬉しいのを誤魔化すのと、嫌われるのを避けるために急いで神崎さんと、息苦しくないと言われて安心する宮野。
二人から、そこはかとなく青春の匂いがする。
「それにしても、意外といえば、村上がカラオケに行こうって言うとは思わなかった。カラオケにはよく来るの? ……陰キャなのに」
「失敬な、陰キャでも普通に来るよ。カラオケを楽しめるのは別に、陽キャやリア充の特権なんかじゃないでしょ」
空気になっていた僕に話が回ってので、手続きを終え、割り振られた部屋に向かいながら会話に応じる。
僕がカラオケにちょくちょく来るのが腑に落ちないのか、あるいは不服なのか。
怪訝な表情をした三人が、僕の後ろを着いてくる。
「確かに特権ってわけじゃないけど、カラオケって陽キャの独壇場のようなイメージあるよね」
「確かに、そういった偏見がありますね。失礼ですけど、村上さんがカラオケってイメージ出来ませんね」
「村上みたいな陰キャが一人でカラオケに来て、しかもノリノリで歌ってたら普通に爆笑ものだしな」
「宮野。お前は僕と、全て陰キャを怒らせた。ていうか、陰キャ
確かに陰キャ──と
けど、だからといってカラオケが楽しめないというのは偏見だ。
「別に騒ぐのが苦手でも、ストレス発散や歌の練習、純粋に歌うのが好きだからって理由でカラオケに来る奴だっているだろ。それに、カラオケで歌う時は個室で一人。仮に、他の誰かがいたとしてもソイツは、一緒にカラオケに来る程度には仲が良い、そんな相手ってことだろ」
なら、陰キャだとか陽キャなんて関係なく、普通にカラオケを楽しめるはずだ──。
そう言おうとしてみんなが、なぜか生あたたかい目でこっちを見ていることに気づいた。
「……なに、どうかしたの? もしかしてカラオケについて熱く語りすぎた?」
だとしたら困った。
陰キャでも楽しめるということを伝えたかっただけで、別にカラオケをそこまで好きじゃない──、
「いや、カラオケを熱く語ってることもなんだが……」
「わたし達のことを、少なくても一緒にカラオケに来る程度には仲が良い相手だと思ってくれていたんだなと思うと嬉しくて……」
「村上君ってそういうことを口にすることないから意外だなー、て」
「そういえば……そう、だね」
確かに、今まで誰かに面と向かって『友達』とか『仲のいい相手』って言ったことないなァ。
だって、気恥しいし……。
…………。
うわ、今更ながら超絶恥ずかしい!
今すぐにも手で顔を覆いたくなってくる。
今の僕の顔にはきっと、羞恥心がにじみ出ていることだろう。
これがアニメだったら、茹でダコのように真っ赤な顔になっている演出がされているはずだ。
「そんなことよりも、せっかくのカラオケなんだから歌おうよ」
恥ずかしさに耐えきれなかった僕は、ちょうど部屋に着いたので扉を開け、みんなに歌を歌うことを勧める。
僕が恥ずかしさを誤魔化すためにできることはこのくらいだった。
■ ■ ■
──三十分後。
「……ふぅ、さすがに疲れたね」
「そりゃ三十分間も何も飲まずに歌えば疲れるのは当たり前でしょ」
「……だね、反省してる」
恥ずかしさを誤魔化そうとして、ぶっとうしで歌いっぱなしだった僕に、先ほどからスマホを夢中だった北山さんが顔を上げ、呆れたように言われてしまった。
歌い終わったら、次の曲が始まる前に水分補給をしっかり摂るべきだったな。
「フッ、軟弱な奴め」
「宮野はえらい元気そうだな」
「鍛え方が違うんだよ」
「それに村上さん以外は一曲しか歌ってませんしね」
「…………」
なぜかドヤ顔をする宮野と、宮野の言葉に補足を加える神崎さんを、僕はジト目で見る。
「どうかしたのか村上、そんなでこっちを見て」
「……いや、なにも…………宮野と神崎さんって今日が初めてのカラオケって言ってたよね?」
「?
はい、そうですが……」
「それがどうかしたか?」
「……いや、初めてのカラオケにしては上手すぎるなと思っただけ」
二人は今日一度だけ歌ったのだが、その際に宮野は九十六点、神崎さんは九十三点という結果を出している。
普通にすごい高得点だ。
とても初めてとは思えない──、
「普通に歌っただけですよ」
「歌うだけなんだ、別に初めてかどうかなんて関係ないだろ」
「うん、そんなことだろうとわかってた」
今まで一度たりとも、八十三点よりも高得点を取ったことがない僕は、静かに涙をこぼした。
まさか、カラオケですら才能の差を見せつけられようとは……。
「……まァ、いいや。今から飲み物取りにドリンクバーに行くけど、なんかいる?」
なんか馬鹿らしくなってきた僕はスマホを軽く操作したあとスマホをポケットにしまい、席を立つ。
飲み物を取りに行くことにする。
「じゃあ俺はコーラを頼む」
「では、そうですね……わたしはレモンティーをお願いします」
「宮野はコーラ、神崎さんはレモンティーね。北山さんは?」
「ん〜、私も一緒にいくよ。やっぱり何を飲むのかは見ながら考えたいし、一人で全員分の飲み物持ってくるの大変でしょ」
「それもそうだね、ありがとう」
冷静に考えでみれば、確かにめんどくさい。
ありがたい提案に甘えるとしよう。
北山さんが先ほどから操作していたスマホをテーブルに置くのを横目に見ながら扉を開け、一緒に部屋を出た。
背後で扉が閉まる音がする。
「ちゃんと繋がってる?」
扉が閉まるの確認すると同時、北山さんが質問を飛ばしてきた。
「当然」
返答するとともに僕は、ポケットしまってあったスマホの画面を北山さんに見せる。
僕のスマホの画面には『北山さん 通話中』と表示されていた。
今、僕のスマホは北山さんのスマホと繋がっている。
そして北山さんのスマホは、部屋の中にあるテーブルに置かれている。
そう、通話中のスマホが!
両片想いの男女が、二人きりでいる部屋に、だ!
すなわち、うまくいけば二人きりでいるとき、一体どんなやり取りをしているのか、聞けるかもしれない、ということだ。
「……なんか緊張するね、村上君」
「まァ、やろうとしていることは盗聴と変わりないからね……心の準備はいい北山さん」
「大丈夫だよ、そのためにカラオケに来たんだし」
僕と北山さんは互いの顔を見ながら頷き合う。
当たり前だが、宮野たちが二人きりでいるときはどのようなことを話しているのか僕は知らない。
そしておそらく北山さんも。
だがそれは困るのだ。
僕と北山さんはそれを知らなければならないのである。
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