第15話 勉強会
シャーペンを走らせる音が静かに、それでいて自然とよく聞こえる。
勉強会を始めてから10分の時間が経った。
僕達はその間、課題テストの対策として配布された国語、英語、数学の対策プリントにひたすら向き合っていた。
会話はとくになく、せいぜい分からない問題の解き方を質問したり、その解き方を教えてもらう時くらい。それ以外のときは、ただ静けさが教室を支配する。
だが不快さは感じない。むしろ、僕はこういった周りに気を使わなくていい沈黙というのが好きだったりする。なんというか作業が捗るのだ。
「……っし、国語終わりっと」
国語の対策プリントがあっという間に終わる。
「「え!?」」
そしてザワつく女性陣。
「なに、僕が早く終わらせたのがそんなに意外?」
流石に酷くね?
何気に傷つくんだけど……。
「す、すいません。村上さんは勉強ができないと記憶していたもので」
「そうだよね。授業中は寝てばっかなのにちょっと早くない? もしかしていい加減にやったんじゃないよね? ちゃんと真面目にやらないとためにならないよ村上君」
「全くだ、この戯け」
「なんて失礼な連中なんだ……あと、お前まで便乗してんじゃねェよ宮野」
やめて! 僕のSAN値はもうゼロよ!
とりあえず弁明を試みる。
「僕は映画やアニメも好きだけど、どちらかというとマンガやライトノベルの方が好きな文系オタクだから、国語は比較的得意なんだよ」
「「「…………」」」
「なんで三人そろって、そんな疑わし気な視線を僕に向けるの!? そんなに信じられないのならプリントを渡すから自分たちの目で確認しな——」
「わたしの答案と比較しますから少し待ってくださいね」
「ついでだ、俺も間違ってないか確認してやろう」
「じゃあ私は言葉の意味があってるのかをネットで確認するね」
「言い切るよりも先に粗探しを始めんな!」
ここまで徹底して疑われるのも珍しい。
これはもう一周まわって信用されていると言ってもいいんじゃないだろうか。
そう思っている間にも僕の答案の精査が進行していく。
この勉強会の目的の一つは、宮野と神崎さんの親密度アップだからこの流れは望むべき展開なのかもしれない。だが、決して僕の望んだ展開じゃない。
見たところもう少し時間がかかりそうだから休憩がてら、ライトノベルを読みながら時間を潰すことにした。
一ページ、また一ページとページをめくっていく。
どれくらい時間が経っただろうか?
内容が中盤に差し掛かろうとしたころ、
「おーい、確認終わったよ〜」
「了解」
北山さんにから声をした。
ページをめくる手を止める。
「間違いとかあった?」
間違いがあったかもしれないから一応確認をしておく。
「いいえ、全部あってましたよ」
「ならよかった」
学年首席に太鼓判を押してもらえるとありがたい。
ホッと胸を撫で下ろしながら返されたプリントを受け取る。
「村上君は本当に国語が得意だったんだね」
「そうですね、疑ったりしてすいませんでした……」
「別に気にしなくていいよ」
「ま、普段の行いの結果だから仕方ないもんな〜」
「煽んな。お前は少し気にしやがれ」
ムカつく顔で僕の肩に手を置いてくる宮野の手を叩く。
「そういや、みんなの今回の課題テストで一番得意な科目ってなに?」
先ほどの仕返しと興味本位から質問を飛ばしてみる。
「ん? 得意な教科? そうだね〜課題テストの出題科目のうちだと私は英語かな。ま、比較的だけど」
「俺様はどれも完璧だが、それでも強いて言うなら数学だな」
「わたしも雪菜と同じで英語ですね。家の事情で英語や、色んなの国の言語も習っていますから。七ヶ国語くらいなら、話せますよ」
まさかの回答に僕と宮野の目が皿のように丸くなる。
「それは凄いな」
「神崎さんって色んな国の言葉を話せるんだね」
複数の言語を話せる人を
そんなにいろんな言語を話せるようになるのにどれだけの努力が必要だったのだろうか。
令嬢というも大変そうである。
「じゃあ逆に、課題テストの出題科目で一番苦手なのは?」
「私は国語、登場人物の心情を読み取る問題が苦手」
「国語ほど簡単な科目ってなくない?」
「そういえば確かに、雪菜は国語の点がいつも他の教科よりも点が低いですね」
「うるさいなあ〜、美空は何が苦手なの?」
「わたしですか? わたしは数学ですね」
「あ、神崎さんって数学が苦手なんだ。僕も数学は苦手なんだよね」
自分と他人の苦手な教科が同じだと不思議な安心感がある。
「で、お前は何が苦手なんだよ宮野?」
まだ自分の苦手科目を言っていない宮野に話を振る。
「ん? 俺か?」
「そ、お前」
「そうだな……俺様が苦手なのは……」
宮野は真面目な考え込み始めた。
一体何をそんなに考え込む必要があるというのか。
少しして考えがまとまったらしい。
「俺は保健が無理だな。セックスのこととかさっぱりだ」
「ちょっと待て、お前は何を言ってる」
おかしなことを口走りやがった。
突然の発言に女性陣は固まってしまう。
「みんな口を揃えて簡単と言うが、授業中は基本寝てる俺にはわからん」
「そういうことを言いたいんじゃない」
ってか、そういうのはAVとかエロ本で勉強しやがれ。
そもそもこいつは話を聞いていたのだろうか?
僕が聞いたのは『課題テストの出題科目の中で一番苦手な科目』だ。
配布されたプリントから分かるように、課題テストの科目は国語、英語、数学の三教科で、保健は対象外だ。
すると、僕の言いたいこと理解しているのか、宮野は頭を掻きながら口を開く。
「いや真面目な話、保健以外に苦手な教科なんてないんだが……」
「全然?」
「ああ、普段勉強をしてないだけで、テスト期間に勉強をしたら間違いなく一位をとる自信がある」
「そりゃ凄いな」
さも当然のように言ってのける宮野。おそらく本気でそう思っているのだろう。
「宮野君って頭いいんだね」
僕と同じことを思ったらしい北山さんも感嘆の声をあげる。
そんな中、一人だけ異なる反応を示した。
「へえ……」
神崎さんの目から光が消える。
「ねえ宮野さん、わたしと今回の課題テストので勝負しませんか?」
「!?」
唐突に宮野に勝負をふっかける神崎さん。
突然の行動に驚愕を隠せない。
「(神崎さんが豹変したんだけどアレは一体なに!?)」
北山さんに小声で聞く。
「(あー、アレね。美空は何気に学年首席ってことにプライドを持っているから今さっきの発言で火がついちゃったんだと思う……多分)」
「(……なるほど、そういうことね)」
理解した。
「(要するにスペック高い者同士だと思考が似てくるってことか)」
「(? どういうこと?)」
「(見ればわかる)」
顎で宮野と神崎さんの方を指す。
「ほう、それは俺様への挑戦ってことか?」
宮野が好戦的な笑みを浮かべる。
「はい、その通りです」
それに対して、神崎さんは堂々と、毅然とした態度で返す。
「そういうことね」
「理解した?」
「うん」
宮野の様子を見て納得した北山さんが頷く。
「悪いが手加減はできんぞ」
「手加減なんていりませんよ。むしろ、わたしが手加減しましょうか?」
「ほう、言うではないか。出来るものならやってみせろ」
「上等です」
そうこうしている間にも宮野たちはデットヒートしていく。
「はたから見たらちょっとしたラブコメみたいだね」
「確かに。二人とも好きあってるのにくだらないことで張り合う主人公とヒロイン、みたいな?」
「そうそう、そんな感じ」
そんな二人のやり取りを見ながら談笑を始める僕と北山さん。
こうして勉強のためにという名目で集まったにもかかわらず徐々に迷走し、気がつく頃には外は暗くなっていた。
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