第14話 放課後の教室、友人の誘い方

 目を皿のように丸くして宮野を見る。



「なんだそんな顔でこっちを見て、そんなに意外だったか?」

「うん意外だった」



 意外でしかない。

 宮野の問いかけに一瞬も躊躇ためらうことなく頷く。



「別に深い意味などない。ただ、俺様以外の人間がいると俺様が教えられないところを教えてもらえるだろ」

「宮野……!」



 自然と目頭が熱くなる。

 まさか、あの超がつくほどのコミュ障な宮野が僕のためにわざわざ勉強会を提案してくれるとは。



「人間長生きしてみるものだな……」

「いや、どんだけ感動しているんだ? まだ長生きしたというほど生きてないだろ貴様」



 感動している僕に宮野が呆れたかのようにため息をつく。



「別にいいよ」

「わ、わたしも構いませんよ」



 協力者である北山さんはもちろんのこと、神崎さんも宮野の思わぬ提案にたじろぎつつも快く了承してくれた。


 北山さんはこの前みたいに奇行に走ろうとする様子はないし、宮野は大人の対応をしているし、今日はラッキーデイだな。

 僕は思わぬ幸運に身を震わせ、



「じゃあ俺がいる必要はもうないよな、先に失礼させてもらう──」

「まァ待ちたまえよ、マイフレンド」



 席を立とうとする宮野の肩を掴む。



「なんだ、マイベストフレンド。俺は今帰ろうとしているところなんだが」

「そう言うなよ、発案者なんだから最後まで残っていきやがれ」



 逃がしてたまるか!


 たとえ勉強会を開くことができても、ここでコイツが帰ってしまったら意味がない。僕は立ち上がろうとする宮野の肩を掴んでいる手に力を込める。



「手を放してくれよ村上。別に『発案者だから最後まで残らないといけない』ってルールはないだろ」

「そんなこと言いつつ実は一緒に勉強したいんだろ。遠慮しなくていいんだよ、マジで」

「遠慮なんてしてねーよ、マジで」



 宮野が笑顔で僕の手をはがそうとしてくる。これ以上ないってくらいにいい笑顔。

 それにつられて僕も笑顔。

 二人揃って超笑顔。


 こういうやり取りをしていると友情のようなものを感じる。



「ふざけるのも大概にしろよ貴様ぁ!」

「それはこっちのセリフだよ! 帰るなって言ってるだろうがテメェ!」



 互いに笑顔の仮面ペルソナを同時に脱ぎ捨て胸ぐらをつかみ合う。

 必要とあれば秒で捨て去る、それが僕たちの友情だ。



「帰るったら帰るんだよ!」

「小学生じゃないんだから我慢しなよ!」

「こんなに人が多い場所にいられるか、俺は帰る!」

「くどい! 死亡フラグっぽく言ってんじゃねーよ! お前が帰ったら男女比が崩れんだろが!」

「知ったことか!」

「るっせえーな、我儘わがまま言ってんじゃねーよガキが!」

「嫌だー!!!」



 ちっ、こうなれば仕方ないか.……。


 口論と言うにはあまりにお粗末な、互いに怒鳴るように繰り広げていた言い合いは、僕の方が先に痺れを切らせた。

 このままでは日が暮れてしまいかねない。

 苦渋の選択をした僕は宮野の首に腕を回し、女子に背を向けてから小さな声で囁く。



「(ここは僕に協力しといた方がお得だぜ)」

「(? 何の話だ?)」



 向こうもこちらの声量に合わせて小さな声で質問してくる。

 その質問にあえて顔を歪ませ、悪魔の囁きを返す。



「(なにって、うまくいけば神崎さんとお近づきなれるかもしれないって話だよ)」



 さっきまの女子を勉強会を誘う流れだと、下手に動けば『神崎さんとくっつけるために勉強会を開こうとしていた』と勘づかれ、北山さんと協力していることがバレるのを恐れて言い出せなかった。

 けど今の宮野を誘おうとするこの流れでの提案なら『一人で女子に混じるのが怖いから』と思うはずだ。少なくても、北山さんと繋がっているのを勘づかれることはまず無い。

 それをいいことに、神崎さんを餌にする。



「なっ!?」



 宮野は顔を真っ赤にし、声を潜めるのも忘れて驚く。



「「?」」



 突然の反応に後ろに控えていた二人が首を傾げて不思議そうにする。


 それに気づいてすぐに平静を取り繕う宮野。

 おそらく聞かれたくないんだろう、さっきまでのような小声ではなくアイコンタクトで話しかけてきた。



『どういうことだ?』



 意味はそんなところかな?


 宮野の伝えたいことを瞬時に読み取る。

 こういった誰にも聞かれたくない時に便利だよねアイコンタクト。



『どうも何も、そのままの意味だが』



 宮野に合わせて僕もアイコンタクトで返す。

 そうやって音の無い会話が成立、そして始まる。



『なんで俺が神崎とお近づきにならないといけないんだ』

『だって好きなんでしょ』

『な、何を根拠に……』

『バレてないとでも? 残念ながらバレバレだよ』

『それは……』



 言葉を詰まらせたのだろう、宮野が目をさまよわせ始めた。これではアイコンタクトが成立しない。



「あの、宮野さんは一緒に勉強をしないんですか?」



 どうしたものか考えていると神崎さんが宮野にやや上目遣いで、少し不安そうに聞いてきた。


 ……その質問方法は卑怯だ。




「えっと……その……」



 もともと人付き合いの苦手な宮野だ、好きな相手にそんな聞かれ方をされて平静でいられるはずもない。わかりやすく狼狽え始めた。

 その狼狽えっぷりがあまりに無様で笑えてくる。


 それからしばらく悩んでいたようだが、



「……わかった、一緒に勉強していく」



 意中の女性とお近づきになれる可能性と、その相手からの上目遣いには勝てなかったようだ。宮野がようやく首を縦に振る。


 神崎さんの顔がよく見ないとわからない程度にだけどほころぶ。


 こういうところを見ると、もとから二人が好きあっているのを知っている身としてはじれったく感じる。


 それにしても、あの上目遣いはあざとかったというか、どこかわざとらしかった。効果的だったとは言え、僕の知っている神崎さんの人物像と重ならないというか……。


 そう思い神崎さんの方を見てみる。すると神崎さんの背後でうっすらと笑みを浮かべてい女子が一名。


 黒幕はお前か!


 心の中でツッコミを入れる。どうやら北山さんの入れ知恵のようだ。

 僕がそんなことを思っていると、こちらの視線に気づいたらしい。北山さんがサムズアップしてきた。

 その表情は頭をなでてほしがっている犬のようだ。


 褒めてほしいのかな? よかろう、ならば褒めてやる。


 さっきは思わずツッコミを入れてしまったけどナイスアシストだったことには変わりない。

 僕も同じようにサムズアップする。


 こうして、一緒に勉強することと相成った。


 僕らは近くにあった机を寄せあい、僕は宮野の隣、北山さんは神崎さんの隣に──宮野と神崎さんが向き合う配置になるように座る。


 一応、隣り合わせにした方がいいんじゃないかと思ったけど……。

 二人とも緊張して目すら合わせれなくなっている。これなら物理的に近くに座らせるよりも、面と向かえ合えるようにした方が良いように感じた。


 全員が席に腰掛けた後、各々が自分のカバンから勉強道具等を取り出し、静かに勉強を開始した。

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