第13話 放課後の教室、女の子の誘い方

「宮野、この問題ってどう解くの?」

「あぁそれはだな──」



 北山さんに協力すると約束してから三日が経った今日、放課後の教室で僕は宮野に勉強を教えてもらっていた。


 理由はもちろん間近に迫った課題テストに向け勉強するため、そして──



『──ごめんね』

『──もう、しっかりしてください』

『──これからは忘れ物しないように気をつけるよ』

『──全くもう』



 廊下から女の子の話し声が聞こえてきた。

 徐々に僕たちがいる教室に近づいてくるのを感じる。



「だ、誰かこっちに来ているな」

「忘れ物をしたみたいだね」



 帰ろうとしたところを僕に泣き付かれ、しかも背を向けた瞬間に不意討ちされるわ(返り討ちにされた)、挙句の果てに足を(物理的に)引っ張られてようやく、僕の勉強を見ることを了承した宮野からしたら散々だろうな……。


 人の気配に怯え始める宮野を横目に見ながらテキトーに相槌を打つ。


 そうこうしてるうちに声の主が僕たちがいる教室の扉の前にたどり着く。

 宮野がビクビクしているなか教室の扉が開かれ廊下から聞こえてきた声の主であろう女子生徒が入ってきた。



「あれ、村上君だ」

「なんだ北山さんか」



 教室に入ってきたのは北山さんだった。



「なんだとは失礼だな〜」

「ごめん悪気はなかったんだよ。それよりも北山さんは、教室に何を忘れたの?」

「あれ、廊下の話してたの教室まで聞こえてた?」

「うん、聞こえてた」

「そっかー。実は課題テスト対策のプリントを机の中に忘れてたんだよね〜。そっちは何してるの?」

「見ての通り勉強してる」



 机の上に広げられた勉強道具を指で示す。



「そうなんだ、意外と真面目なんだね」

「いや〜それほどでも」

「真面目なものかよ。本当に村上が真面目な奴だったら、こうして俺様直々に勉強を見ないといけない事態にはなってない」



 さっきまで震えてた宮野が会話に加わってきた。この前北山さんと軽く話したからかな、思ったよりも早く震えは治まったようだ。

 ……それはいいのだが……このまま話が進むと僕の立つ瀬がなくなりそうだ。



「そういえば、ここに来る時に誰かと話してなかった? 姿が見えないんだけど……」



 質問をぶつけて話を逸らす。



「ん? ああ、さっきまで一緒にいたんだけどね。今は教室の外で待ってくれて──」

「雪菜? 時間が掛かってるようですけど何をしてるんですか?」



 噂をすればなんとやらとはよく言ったものだね。

 多分待ちかねたんだろうなァ……。

 北山さんが言い切るよりも先に廊下から北山さんを待っていたであろう女子生徒が入ってきた。



「へぇ」



 その人の容姿に思わず感嘆の声が出た。


 その女子生徒は精巧にできた日本人形のように整った顔立ち、髪は腰まで伸びた長い黒髪は男の僕から見てもよく手入れされているのがわかる。背丈は女子の平均よりやや高く、体型もスレンダー、有り体に言って超美人だった。

 宮野も恐怖とは違う、別の意味で体が硬直していた。



「ごめんね美空、ちょっと話し込んじゃって」

「話し込むっていったい誰と……あ、村上さんと……え、えっと、み、宮野さんもいたんですね」



 僕たちの存在に遅ればせながら気づいた美空と呼ばれた少女──神崎美空さんが丁寧に頭を下げてきた。

 さすが令嬢、高い教養がうかがえる……が、その仕草はどこかぎこちなく言葉もカミカミだ。おそらく宮野の目の前だから緊張してしまってるんだろうなァ〜。

 初々しいな、見ていて微笑ましく感じる……そんなことを思ってる自分は何様か。



「ども」

「ま、まあ一応な……」

「たまたま此処ここで勉強してたみたい」



 神崎さんと同じで意中の異性に前で緊張している宮野と、ほぼ初対面の人との距離感をつかめず僕は口数が少なくなってしまう。


 そんな僕たちを見かねたのかな?

 この場で唯一、緊張していなかった北山さんが僕たちの代わりに何をしていたのか簡潔に説明してくれた。



「そうなんですか、実はわたしたちもこれから課題テスト対策の勉強しようとしていたんですよ。偶然ですね」

「だね〜」



 偶然なわけがない。

 笑い合っている北山さんと神崎さんを見ながら心の中でこっそり笑う。


 そう、あらゆる手段を用いて宮野を説得してまで、わざわざ放課後の教室に残って勉強をしていたもう一つの理由がこの状況を作るためだった。

 なぜこの状況を作り出す必要があったかというと、こないだ北山さんと話していた勉強会の実現するためだ。


 普通なら『勉強会しようぜ』と僕が宮野を、北山さんが神崎さんを誘えばいいんだろうけど宮野は嫌がるだろう。

 だからこうして下手な芝居をうって、偶然という皮を被ったこの状況を作り出した訳だが……さて、どうしたものか……。


 こっからどうやって勉強会まで話を持っていくか思案する。



「どうした村上? そんな険しい顔して、何かわからない問題でもあるのか?」

「いや、そんなことは無いんだけど……」

「? ならいいが……」



 怪訝そうな宮野に嘘をつかずにはぐらかす。

 そう、どうすればいいかという点は難しいことはない。

 なぜなら、どうすればいいのかは分かりきってはいる。誰かが『一緒に勉強しよう』と言えばいいだけだ。

 けれどそのハードルが地味に高い。


 僕から言うのは無しだ。

 陰キャの僕が誘うというのは違和感がある。神崎さんはともかく、少なくても宮野は違和感を感じ取るはずだ。

 おそらく神崎さんと恋仲にしようとしている事が芋ずる式にバレてしまう。

 だがそれだけで済めばいい方だ。もしも北山さんと手を組んでいることまでバレたらあとが面倒だ。

 負けず嫌いの宮野のことだから、見栄を張って面倒なことになるだろう。だからそれは避けなければならない。

 なによりそんなは度胸ない。


 神崎さんから誘ってくるということも無いだろう。

 神崎さんが今、この教室にいるのは北山さんが忘れ物をしたからであって、用が済み次第さっさと帰るだけだ。わざわざ僕たちを誘う理由がない。


 となると、北山さんが言い出してくれるのがベストなんだけど──、



「昨日のドラマのアクションシーンが凄かったんだぁ」

「そうなんですか」

「うん、美空も見てみたらいいよ」

「はい、録画はしてあるので今夜見させてもらいますね」



 神崎さんと全く関係のないドラマの話で盛り上がってやがる。

 頼むから協力してくれ……。

 1人頭を抱える。

 ホントにどうすれば──



「神崎と北山も勉強するつもりなら、ついでだし一緒にどうだ?」

「え?」



 思わぬ人物──宮野からの提案に驚きの声が漏れた。

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