~北山雪菜の視点~ 帰宅後の乙女、その心境
「ただいま」
「おかえりなさい。今日はいつもより少し遅かったわね」
外が暗くなる前に帰ってきた私を出迎えてくれたお母さんが、なぜ帰りが遅くなったのかを少し心配そうに尋ねてくる。
こういう何気ないようなことを日常っていうんだろうな。
「うん、ちょっと友達と話してたら遅くなっちゃった」
年頃の女の子としては男子と一緒だったというのを話すのは少し気恥しいな……。
私はお母さんの気配りに感謝しつつも、遅くなった理由をその友達が男子という部分を伏せた上で軽く説明する。
「別に友達と遊ぶのはいいけどほどほどにね。あ、今ご飯を作ってるところだから少しだけ待って」
幸いにもお母さん勘ぐるようなことは無いみたい。
「うん、わかった。部屋で休んでるからご飯が出来たら呼んで」
お母さんに夕飯作り終えたら伝えるように言うと私は自分の部屋に入って、制服姿のままベッドに飛び込む。
色々なことがあって疲れてたのかな?
ふかふかのベッドに寝転んでいると緊張のようなものがほぐれ、心が落ち着いていくのを感じる。
そして落ち着くにつれて心に余裕が出来たからか今日の出来事がフラッシュバックして──
「あわわ、私は、な、なんてことを〜〜〜!」
落ち着きが消し飛んだ。そして悶える。
自分で言うのもなんだけど、私は
痛い思いや恥ずかしい思いをするとむしろ、幸福でいっぱいになってしまいそう。
けれどちゃんとした常識的な性格や
要するに何が言いたいかというと、
「あんな
枕に恥ずかしさで赤くなっているであろう顔を押付け、気を紛らわせるために足をばたつかせる。
どうしてあんなことをしたのか見当はついてる。
私は彼を、村上君を信用している。
そもそも、いくら効率がいいからといって信用できない人間に協力してもらおうとは思わない。
私と村上君は少し似ている。
私たちには互いに才色兼備の友人がいて、それ以外に目立った個性は特にない。
要するに同類だ。
だからだと思う。
村上君と話している時、彼は躊躇なく土下座したり、命の危険を感じるとすぐに手のひらを返したりと、いつだって正直だった。正直すぎるほどに。
その姿を見てこう思った。
──ああ、自分をさらけ出してもいいんだ、と。
だからあんな奇行に走ってしまった。
「穴を掘ってでも入りたいよ……!」
私は、こうした辱めには耐性がないみたい。
おかげで今、こうして羞恥に駆られてる。
そうしてベッドの上でジタバタしてたら、不意にスマホからヒュポッ、という音がした。
驚きのあまり体が物理的に飛び上がる。人間、本当に驚くと漫画みたいに体が浮くんだね。
急いでスマホの画面を確認してみるとメッセージアプリの通知が来ており、『村上君からメッセージが届きました』と表示されていた。
「え、嘘……どうしよう……」
今日は村上君にたくさん迷惑かけちゃったから嫌われたりしてしまってないかな、協力したくなくなってたりしないかな。
さっきから感じていた羞恥心が不安に変わる。
……まあ嫌だと言っても手伝わせるけど。
「とりあえず返信しなきゃ」
既読スルーはマナー違反だしね。
少し緊張しつつも、意を決してメッセージを確認する。
『急ぎで聞きたいことがあるんだけど今いい?』
アプリを開くとそういったメッセージが来ていた。
「? 一体なんだろ?」
急ぎで聞きたいことって何かな?
思い当たる節がなくて首を傾げる。
急ぎでってことは勉強会のことじゃなさそうだけど。
『いいけど、それは勉強会のこと以外で?』
『それは後回しでいい。今は別件について今すぐに、それでいて特急について話がある』
メッセージを送ると、それこそ特急で返事がきた。
『そんなに?』
『うん、事と次第によっては僕は今日眠れそうにないんだ』
『それって私関係あること?』
『むしろ当事者だ』
『そうなの?』
なんのことだろ?
全く心当たりがないんだけど……。
『うん、実は今日どこで眠ればいいのかわからなくて……』
『普通に布団で寝ればいいんじゃ……』
『本日同級生の女子が僕の布団でオナニーを』
『理解したよ〜』
確かに当事者だった。
さめざめと泣くキャラのスタンプを送ってくる村上君に理解したことを伝える。
『別の誰も使ってない布団使えばいいんじゃないの?』
『いや、そうしたいのは山々なんだけど』
『他に布団がないの?』
『あるにはあるけど……』
『じゃあ問題ないんじゃ?』
『ゴキブ……Gの糞がついてた』
『じゃあ諦めて自分の布団で寝むれば?』
返信が途絶える。
多分今頃頭抱えて悩んでるんだろうなあ。
これ以上ないほどに葛藤している村上君の姿が容易に想像が着く。
まあ、私も人のこと言えないけど……。
自分が自慰していた布団で誰かが寝ると思うと顔が熱くなっていくのを感じる。
私たちは夕飯ができるまでの間、そんな調子で村上君がどうやって寝るかについて話し合った。
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