第9話 女子との語らい ②

「う〜ん……」

「どう、なにか思いついた?」

「いんや何も」

「………………はぁ」

「そこ、ため息をつくな。文句があるなら自分でなんとかしなさい。ってか文句がなかったとしてもお前さんも少しは考えろ」

「わかってるよ。そっちこそ一生懸命考えてよね」

「ハイハイ、名案が思いつかないと思うけど考えるだけ考えてみるよ」



 保険をかけつつ再度思考に入る……入るのだが、さてどうしたものか……。

 なげかわしいことに僕ごときの頭脳じゃどれだけ思考しても何も思いつかないし思いつく気もしない。


 ……北山さんはなにか思いついたかな。


 自分ではなんの案も閃かないと悟った僕は北山さんに視線を向けてみる。

 だが悲しいかな、何も思いついていないのは北山さんも同じようで、思案げな表情を浮かべながら一言も発さず今も頭をひねっていた。……どら焼きを咥えながら。



「…………」



 今日ずっと北山さんに振り回されていたせいだろうか、何気ないその様子を見ただけなのにとめどなく感情が湧いてきた。


 おかしいな、今日一日僕を振り回してくれやりやがった女の子がただ深刻そうな面持おももちで思い悩んでいるだけなのに……。

 なんだろう……この、モヤモヤしたものがなんかスッキリしたような感覚は——



「あ、ざまあみろだなコレ」

「急にどうしたの私なにかした⁉」

「気にしないでぐたさい☆ コッチの話です☆」

「うさんくさいよ村上君⁉」



 何を言うか、僕ほど誠実な人はそうそういないというのに。てか、他人の家て自慰オナニ●をしていたくせに『なにかした!?』などとよくもまぁ言えたものだなコノヤロー。


 そういった非難の気持ちを込めた視線を向けるが北山さんはすでに気を取り直して考え事に没頭していた。

 ……胡散臭いと思うならもう少しくらい気にしてもいいんじゃないかな。


 北山さんが苦悩している様を見て感じた喜びは早くも消え去っていた。



 ■ ■ ■



「なんの進展もなかったな」

「そうだね〜」

「お前なぁ、そんな他人事みたいに……」



 北山さんの腑抜け切った声につられてコチラも脱力してしまう。


 結局のところ、進展はまるでなかった。

 この問題はあまりにも難解で、あれから一時間ほどの間、僕と北山さんは互いに案を出し合い、話し合いを重ねたがこれといって進展はせず気がつけば時間のみが過ぎていた。



「時間が過ぎるのは早いなァ。不毛な話し合いをしてただけだというのにこんなにも時間が経っているんだから」

「そうだね。今からじゃ帰る頃には日が暮れ始めているかな」

「あ、それもそうか」



 僕は今更ながらに、目の前にいるのは女の子であるということと、学生は外が暗くなる前には帰るべしという常識を思い出した。まったく、そんな当たり前のことを念頭から忘れるとは。我ながら呆れたものである。



「んじゃ、そろそろお開きにしよっかね」

「大丈夫じゃないかな。ここは都会じゃあるまいし」

「そうはいかん」



 北山さんは帰るのを渋ったが僕はそれを却下した。今からでもまだ遅くない。無理矢理にでも帰ってもらうことにした。


 とはいえ、僕としても正直名残惜しかった。本心である。

 この会合は互いの友人同士のためのものであり、僕と北山さんの間に友情というものは無いを言ってよいだろう。

 だが僕の家に同級生が来るのも、宮野以外の人間と馬鹿なやり取りをするのも僕にとって久しぶりのことだった。

 僕は普段娯楽に満ち溢れた現代社会において、『他人なぞ居なくとも人生は楽しけり』を信条に生きてこそ性格をひねくれさせているがそんな僕でも、初めてや久しぶりなことには心躍ることもある。率直に言えば楽しかったのだ。


 とはいえ、これ以上長居はさせられない。

 たしかにここは都会ほど物騒ではないものの、女の子が夜道に一人というのは流石に危機感がなさすぎる。学生ならば尚更だ。



「はぁ……しょうがないね、じゃあ私はもう帰るよ」

「そうかい」



 僕の気持ちがわかってくれたのかこれ以上居座るのを諦めて帰ろうと立ち上がった。だが気のせいか北山さんはどこか残念そうだった。話がまとまらなかったのがそんなにも残念だったのだろうか?

 友人思いもここまでくれば大したものであるという気分になってくる。


 まァそれはさておき、



「さて、行くとするか」



 北山さんが立ち上がるのに合わせて僕も立ち上がり散歩に出かける用意をしながら北山さんに呼びかける。すると、何がそんなに意外だったのかは分からないが「え?」という素っ頓狂な声が返ってきた。



「どうしたの北山さん、僕なんか変なことでも言った?」

「いや、そうじゃないけど……もしかして迷惑だった?」

「? 何が?」

「だって出かける準備しているから何か用事でもあったのかなと。だとしたら無理に付き合わせて申し訳なかったなって思って、だからその……」

「あ〜、なるほどそういう事か。安心しろ用事なんてないから。ただ北山さんを駅まで見送ろうと思っただけ」

「え?」

「おい待て、その『え?』はどういう意味だ?」



 もしかして意味が伝わらなかったのだろうか?僕の説明は下手すぎたのかな?



「村上君は紳士的じゃないというか、そんな気配りができる人だと思ってなかったから」

「……酷い言われようだなァ」



 心配無用だった。意外に感じただけのようだ、意味はちゃんと伝わっていたらしい。



「そう? そこまで間違ってないと思うんだけど」

「いや、確かにそこまで認識を間違っている訳でもないけどね。駅まで送る道中に少しは話し合いの続きができるかと思ったからこそ見送ろうと思ったわけだし」

「ほら、やっぱり〜」



 そう言って北山さんは得意げに笑う。


 その、あんまりな言われように対して僕は苦笑を浮かべざるを得なかった。

 ……まァ、少なからず打算がある以上僕には否定することはできない。できないのだが……だからといって少しは発言をオブラートに包んでくれても良いのではなかろうか。心配しているのもまた事実なのだから。



「早く行こうよ村上君」



 先程までの渋っていた態度は何処どこへやら。

 よほど神崎さん達の事を話すことができるのが喜ばしかったのか、それとも帰りたいのを我慢する理由がなくなったのが嬉しかったのかはわからないけど、北山さんはすっかり帰る気になっていた。

 華麗で高速な、見事なまでの掌返しであった。

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