第2話 僕のお爺ちゃんは変わっている
「優斗!単位落として留年したら無一文で追い出すからな!」
あかん、やらかした。殺意のある怒鳴り声だ。とりあえずスマホ取り上げて見てみると、それと同時に本日10回目の目覚まし音が流れた。
午前8時ちょうど。朝飯を食べなければ余裕で着く。朝に弱いだけなのか。耳が悪いのかを一度でも良いから精密検査したくなる。
無料だったら。
こんなふうに怒鳴り声を浴びて起きるが、大学の授業に遅刻したことも、欠席したことも一度もない。
ただ、教授の勝手な判断で遅刻厳禁になっている授業に遅れると確信した時、遠い親戚の達也おっちゃんを書類上で殺したぐらいだ。おっちゃん、ごめんな。
「おはよう、今日朝飯いらんから弁当にして持っていくわ」
大きなあくびをしながら、台所で飯を作ってくれる母の隣を通る。殺気を感じるが慣れてしまった。
「今日会議があって、その後飲み会だから夕飯は勝手に食べて」
母は、目を合わせず手を動かしながら言う。
「大学3年生なのに、まだ子供扱いなんだ」と何度心の中にいる母に言ったことやら。
母は長年、転職しながら販売員として働いている。母方の祖母から聞いた話によると、新卒で入社した会社は、妊娠したら辞職するのが暗黙の了解であった。まぁ、今で言うマタニティハラスメントだ。
そのため、何十人も泣きながら辞職して行ったらしい。ただ、母を抜いて。
母は、辞表を上司の前で破り、働かせてくださいって大声で土下座したとか。それを見た課長が、母に手を差し伸べて産休を与えたという。伝説のような話で信じられない。
けど、土下座っていう言葉が、我が家では禁句である理由がわかる気がする。
団地の最上階から長い階段を降りて、中古のママチャリに乗って大学に行く。大学までは自転車で30分。高校と変わらない感覚だったが、私服で学校行く感じは新鮮だった。ただ、この暑い日が続く時は汗が止まらないため、水の次にタオルは大事だ。
自転車で走っていると、橋の上で手すりに腕を乗せてタバコを吸っている60過ぎたぐらいの爺さんがいる。ベレー帽を被り、半袖シャツに長ズボン。シャツはズボンにインして、昭和のおじさんの雰囲気が漂う。
紹介しよう。この人が僕の父方の祖父である。
「おじいちゃん、タバコは辞めるってこないだ言ってなかった?はなさんが泣いちゃうよ?」
はなさんとは、おじいちゃんの妻で僕のおばあちゃんである。5年前に肺ガンで亡くなったため、葬式の時におじいちゃんは「俺のタバコのせいで」と泣き叫んでいた。
「タバコはやめた。これは、ただの紙だ。」
子供でも分かるような、バレバレの嘘を堂々と言う。
良い意味で、自信家。悪い意味で、老害だ。
「これやるから黙っとれ」
そう言って、新品のタバコを貰った。
「えっ、ありがとう。今日からデビューだ!」
って言ったら、ベレー帽に軽く叩かれた。
「馬鹿、お前はまだ19やろ。このタバコは大事にとっとけ。この先、お前にとって大切なものとなる。」
「意味わからないんだけど」
「頭を使え学生が。なぁ優斗、タバコは何のために吸うと思う?」
待ってました。人生の師匠からのお言葉。僕は、おじいちゃんの言葉が原動力となっている。
「簡単だよ、かっこつけで初めてしまったため、禁煙できないから吸うんでしょ?」
「それもある。ただ、それは考えずに吸っているからそうなるんだ。」
って、言いながら2本目のタバコをマッチで吸い始める。そして、一息ついてから話始めた。
「人と繋がるために吸うんだよ。俺みたいに。」
側から見ると、かっこつけのように見える。けれども、説得力のあるような気がする。
「タバコを吸っている人が関わりを持ちつい先輩だったら。仕事ならば、上司だったら。好きな女の子だったら。近づきたいだろ?
嫌いだから近づかないのは、誰でもできる。だがな、嫌いだけど近づくのはなかなかできん。「だから」と「だけど」は違う。この一歩は、小さいようで大きいんだよ。」
「へぇー、勉強になるわ。えっ、もしかしてだけど、おばあちゃん昔吸っていたの?」
って、言うとまたベレー帽に軽く叩かれた。
「先祖の悪口を言うやつは、我が家系にはおらん。行け小僧。大学に遅れるぞ。」
これはまずい。頑張ってもギリギリの時間だ。
「あちゃー、俺もう行くね。また今度。」
おじいちゃんにそう言いながら自転車に足を掛けると
「人と関われ、拒むものは進化せず。経験してこい若造。」
と笑い言いながら、おじいちゃんは3本目のタバコに火をつけるのであった。
(つづく)
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