強襲(3)

 ソラを先頭にして、舞、綾香、エレック、ミアの五人が石造りの建物内を駆けていく。エントランスとなっていた大広間の兵士を下し、長い廊下で待ち構えていた兵士を吹き飛ばしながら走り抜ける。

 速人が一樹と共にラーズを食い止めるために一行から離脱してから、ソラたちは領主館の中でかなりの距離を稼いだ。何度か敵兵士の待ち伏せもあったが、速やかに侵入できたのが幸いしてこれといった被害は出ていない。

 仮に誰かが傷ついたとしても舞の回復魔法がある。ソラは強力な光魔法に加えて魔法の大剣まで備えている。いかにラルガの率いる精強な兵(つわもの)とはいえども、そこいらの兵士では止められるはずもなかった。


「邪魔だッ!」


 今もまた、グラムを片手に待ち伏せしていた敵兵を薙ぎ倒しながら進むソラ。舞がそれに追い付きながら口を開く。


「……分かれ道だね」


 彼らの目の前には真っ直ぐに進む通路と右へと曲がる通路が現れた。全員が足を止める。

 綾香は当たり前の疑問をつぶやく。


「ラルガは、どっちかな?」


 その問いに答えたのはエレックだった。


「……このまま真っ直ぐ行って、そのまま道なりに一番奥だ。この建物は細長く出来ていてな。普段町長のいる執務室までは一本道になってるんだ」


 主力となって敵兵を倒していたソラは息を整えながらエレックの方を見て不思議そうな表情をした。


「……やけに、詳しいんだな」


「ここには一度だけ来たことがあるのさ。これでも一応ある町の町長の息子なんでね」


 エレックはそう言ってため息をつき、続ける。


「それと、俺とミアはここまでだ」


「え? ……どういうことだ?」


 ソラは首をかしげる。道がわかり、息も整ってきていた。そろそろまた走り出そうと考えているところだった。

 エレックは目を伏せる。


「わかるんだ。……ミアも、そうだろ?」


 一行の一番後ろにいたミアはエレックに呼ばれてうなずく。エレックはそれを確認して剣の柄を一層強く握りしめた。


「『縁』ってのは、一種の魔法みたいなものなのかな……。俺の倒すべき敵は向こうにいる」


 言いながらエレックが指差したのは真っ直ぐに進む通路ではなく、右へと曲がる通路だった。ソラは一度何か言いたげな表情をするも、エレックたちを拘束する権利がないことを思い出して引っ込めた。


「……そうか。……ここまでありがとう。助かったよ」


 礼を言い、そして手を差し出す。エレックはその手を取って握手した。


「ああ、こっちこそ。……じゃあ、健闘を祈るよ」


 その言葉を残してエレックは立ち去る。それについていくミアを見てソラは口を開いた。


「なあ。……『ミア』」


「……なに?」


 呼び止められたミアはソラを振り返る。彼はあの夜のヒュルーで輝と対峙したことを苦々しく思い出す。


「輝が去ってしまったのは俺のせいだ。だから、俺がこんな事を言うのも、きっとおかしいんだってわかってるけど」


 少女を前にして、ソラは問う。


「どうして、お前は歩き出せたんだ?」


 その問いかけに、ミアは目を閉じた。

 確かに彼女は一度、輝に突き放されたことで大きな喪失感を覚えた。しかし、彼女はこの場所に来ている。『後ろ』へ戻った異世界の少年とは対称的に、『前』へと進んだのだ。

 今まで誰にも語ることのなかったその理由。彼女はゆっくりと目を開いてソラを見据えた。


「……それはボクが、するべきことをして――」


 彼女は、輝に拒絶されたあの夜を思い出す。

 そしてソラと話すことで、輝がもう一度立ち直るという、祈りにも、希望にも似た確信を得た。だから彼女は考えた。


「――また輝と会ったとき、もう一度、受け入れてもらうため。……何も変わらないままじゃいられない。あのまま、立ち止まるわけにはいかない」


 言葉だけではない。ミアの毅然とした表情も問いの答えとなる。ソラはそれを見てからゆっくりとまばたきをする。咀嚼するように、緩慢に。


「……そうか。……それなら、そうなるように、祈るよ。俺も」


 ソラの言葉にミアは沈黙してうつむき、そして、何かを決意したように小さくうなずいた。



 館の攻略は続いていく。相変わらず待ち伏せする敵兵はいるものの、ラーズの警笛から間髪をいれずに侵入していったため、高度な罠などが仕掛けられることもなかった。

 一本道ではあるものの、侵入者の侵攻を遅らせるためか、左右に折れる曲がり角が時折現れる廊下を進んでいく。幾人もの敵兵をかわしながら駆け抜けていくと、その突き当たりに扉が現れた。

 エレック、ミアと別れたソラ、綾香、舞は扉の前で立ち止まる。木製の扉ではあるが、細微な彫刻が施されており、見た目にも重要な場所へつながる扉だということがソラには感じられた。


「ここが一番奥の部屋みたいだな」


 ソラはそう言うとドアノブに触れた。開けようとした瞬間、思いとどまって舞と綾香を振り返る。


「……舞は扉を開けてくれ、最初に俺が入る。綾香は弓を構えて俺の後ろについてこい。舞は最後だ。先に入った俺たちの防御と回復を頼む」


 手短に作戦を伝えるソラ。綾香は「わかった」と言い背中の矢筒から一本の矢を取り出す。舞は静かに頷くと、ソラと入れ変わってゆっくりとドアノブに手をかけた。

 大剣を構えながらソラが口を開いた。勿論声は小さい。


「強襲……先手必勝だ。これで、終わりにする。……舞、カウントしてくれ」


 ソラからの指示を受け、舞の表情がこわばる。それを見たソラは「終わらせて、すぐに引き返して、速人と一樹を助けに行くぞ」と彼女に笑いかけた。

 舞はほんの少し目を細め、「ありがとう」とつぶやく。それから彼女は一つ深呼吸をすると、ドアノブをしっかりと握り直した。


「……いくよ。……三、二、一」


 硬い音がして、それから舞はドアノブを思い切り引いた。勢いよく扉が開け放たれる。素早く中へ入っていくソラと綾香。ソラは素早く部屋の中へ視線を走らせる。

 学校の教室ほどの広さの部屋。壁際には本棚と武具。赤いカーペットが敷かれている。中央には大きな木の机と、地図らしき紙。そして、その奥には黒いマントを身に着け、フードを頭まですっぽりとかぶった男――。


「――綾香! 援護頼む!」


 ソラは剣を手に黒マントの男へと一直線に駆ける。黒マントの男も闖入者に気が付き、すかさず机を跳ね上げた。跳ね上げられた机が壁のようにソラの前に立ちはだかるが、ソラは大剣グラムに光の魔力を纏わせて、それを縦に両断。

 隙間から覗く黒マントを確認した綾香は狙いを定める。


「覚悟!」


 引き絞られた矢が真っ直ぐに飛んでゆく。それに気づいた黒マントは手のひらを突き出す。淡く赤色に光りだした瞬間、手から炎の塊が現れ、それによって矢を焼き払う。


「炎の魔法……!」


 綾香が歯を食いしばる。対する黒マントは手のひらを目の前の両断された机に……机の前で剣を振り下ろし、隙を見せているソラへと向ける。


「燃えろ!」


 一喝。火球は黒マントの手のひらを離れ、ソラへと向かう。今から横へ飛んでも巻き込まれてしまう。そう、ソラが思ったとき、彼の背後から「飛んで!」と叫ぶ舞の声。


「くそっ!」


 ソラは思い切り右へ倒れ込む。その後ろから火球に相対するような水の塊が飛んできて、炎と水が相殺する。

 舞によって放たれた魔法の水は火球によって激しく蒸発し、水蒸気と白い湯気があたりに満ちた。


「見えない……!」


 もうもうと漂う大量の湯気に視界を奪われ立ち尽くす舞と綾香。しかしソラは大剣を手に走り出していた。

 煙幕のような湯気が部屋中に満ちる前に見えた黒マントの人影。彼はその位置に向かって大剣を振り下ろす。


「外した……!」


 ソラの手には、宙を切った虚しい感触だけが残る。そして次の瞬間、ソラは腹に重い鉛玉の様なものを食らって吹き飛ばされた。


「ぐうっ……!」


 ソラが地面に倒れ込むのと同時に強い風が吹く。視界を遮っていた湯気は開いていた窓から風に運ばれて逃げていった。


「かなりの手練れのようだ。これでは警備兵では手も足も出ないだろう」


「く、『風魔法』……?」


 仰向けで倒れていたソラは腹を押さえながら起き上がる。煙が晴れ、そこに立っていた黒マントはソラのグラムを指差した。


「その大剣、ノールのものか……。やはり貴様らが……」


 男は手のひらに魔力で風を集め始めた。輝の使う『風の刃』程の鋭さはない。しかしそれとは比べ物にならない程の量の魔力が練りこまれていく。

 そして、集まる風によって、黒マントの男のフードが外れる。刈り上げた赤い髪と屈強な顔つき。ラルガに『胚珠』を手渡したノーバートという男だった。

 目の前の黒マントの男がラルガではないと気づいたソラは大剣を構え直し、そこに金色の光を纏わせていく。


「ラルガは……どこにいる……!」


 ソラの詰問に、ノーバートは答えない。しかし、「光魔法とは……厄介な……」と呟くと、風を集めた手のひらをソラに向ける。


「貴様をここから先に通すわけにはいかないな」


 言葉とともに、打ち出される空気の塊。対するソラも手のひらから『光の弾丸』を撃ち出す。風と光の弾丸はぶつかり合い、反動で周囲に爆風を撒き散らす。


「相殺された……!」


 爆風を防ごうと左腕で顔を覆ったソラが歯を食いしばる。しかしその直後、ソラのその腕を強い衝撃が襲った。


「ぐあっ……!」


「ソラっ!」


 腕を庇いながら、痛みに足をつくソラ。綾香が悲鳴のような声を上げて駆け寄る。一拍遅れて舞も二人の元へと急ぐ。


「ソラくん……!」


 ソラの元にたどり着いた彼女が目にしたのは、骨を砕かれて歪に折れ曲がったソラの左腕だった。

 舞は息を飲んで一瞬たじろぐものの、すぐに腕輪に触れて魔力を引き出し始めた。


「今、治すから……!」


 腕輪からあふれる青い光を纏った水の球。舞がそれを操ってソラの腕を包み込むと、彼の腕が徐々に元に戻っていく。

 それを見たノーバートは再度風を集め始めた。


「回復魔法……のうのうと使わせると思うか?」


「舞、このままソラを診てて」


 即座に立ち上がったのは綾香。彼女は背中の矢筒から木製の矢を取り出すと、ピアスに触れて魔力を取り出す。取り出された魔力は矢にまとわりつき、彼女がそれを地面に放ると、矢を『タネ』として木がみるみるうちに成長し、頑丈な壁となった。

 ノーバートの手から放たれた風の弾丸は木の壁にぶつかると、鉛玉でえぐったかのような傷跡を残して虚しく消え去る。


「植物成長、か……。収穫用の魔法にこんな使い方があるとは……面白い。それなら、これか」


 ノーバートは続いて手のひらに火球を作り始める。木の壁の隙間からそれを覗いた綾香は舞を振り返った。舞も気づいていたようで、ソラの治療を続けつつ、空いている手に水の球を作り出す。

 そして、なにかを決心した素振りを見せてから、舞は口を開いた。


「……綾香、ソラくん。聞いて欲しいんだけど」


 舞に傾聴を求められ、二人は彼女の方を見る。返事は待たずに、舞は続ける。


「……あのひとは普通の魔法使いじゃない。今までこんなに強い人は居なかった。……多分、三人で歯向かっても時間がかかっちゃうと思う」


「まだわからないだろ! 俺はまだ、全然戦える! さっきの『光の弾丸』だって――」


 舞の考えを否定するソラに、舞は優しく笑いかけた。


「――本気じゃない。だよね。わかってるよ。……でも、ここで本気を出すのは、ソラくんの役目じゃない。一樹くんが、言ってたとおりだよ」


 舞の話をそこまで聞いて、彼女の意図に気づいた綾香が薄く笑みを浮かべた。


「あの赤髪の風魔法はあたしの魔法で、炎魔法は舞の魔法で対抗できる……。勝てないけど、負けない。あいつをここで足止めできる。でもそうなると……あれ、一人余っちゃうね?」


「そんなの、駄目だ!」


 ソラは叫びながら立ち上がる。怪我をしていた左腕で綾香の肩を掴んで、それから二人の顔を交互に見る。


「俺は、もう二度と失えないんだ……!」


 悲痛なソラの懇願に、綾香は笑みを浮かべたままでいる。


「左腕、しっかり治ってるね。さっすが舞。……それに――」


 綾香は白いローブマントの胸元を掴んで、引き下げる。引っ張られた襟元から傷一つない首筋が覗く。


「――ソラは何も失ってなんかいない。あたしはここに生きてる。でしょ?」


「傷……どうして」


 あるはずの傷がなくなっている。そのことに気を取られ、呆けたソラに綾香が説明する。


「ヒュルー出発前に治してもらったの。舞に」


 彼女の視線が、水の球を作り続けている舞へと向く。舞ははにかむように笑った。


「ヒュルーでたくさん魔法を使ったからかな。古傷も治せるようになったみたい」


「そういうこと! あたしは生きてるし、傷も治った。ソラが気にしてくれてるのは知ってるけど、あたしだって守られてばかりでいるつもりは無い。だから、さ」


 綾香はそっと、彼女の肩を掴んでいるソラの手を持って、外した。


「ラルガを、倒して」


 先程の笑みを消し去ってから見せた、綾香の真剣な眼差し。ソラは目を逸らしたいのに逸らすことができず、ただグラムを握る拳に力を入れてしまう。


「綾香……でも……!」


「来るよ! 蒸気に紛れて、先に進んで!」


 舞が叫ぶ。

 直径一メートルはあるような赤い炎の球がノーバートの手から放たれる。同時に舞は、作り続けていた水の球を操って綾香の作った木の壁の前に置く。高温によって水が蒸発する激しい音が鳴り響き、水煙が部屋中に広がっていく。もうもうと立ち込める白い蒸気をうっとおしそうに睨みつけながら、ノーバートが「また水か……」と吐き捨てた。

 彼は先程と同じように空気を操り、部屋の視界を遮る煙を吹き飛ばしていく。徐々に顕になる部屋の景色。しかし、彼が見たのは表面が炭化した木の壁と、二人の少女の姿のみ。

 視線を動かし、消えた一人を探しながら彼は誰にともなく問う。


「……光魔法使いはどうした?」


「さあね。どっか行っちゃった!」


 綾香は威勢よく言い放ちながら背中の矢筒から一本の矢を取り出して、つがえると同時に撃つ。ノーバートの足を正確に狙ったその矢だったが、彼が手を振ると魔法による風が吹き、矢の射線をそらして見当違いの方向へ飛んでいってしまう。


「あー、もう。だから風使いって嫌い!」


 地団太を踏んだ綾香とそれを「まあまあ」となだめつつも、次の攻撃に備えて新たな水の球を準備し始める舞。二人を前にしてノーバートは悟り始める。


「なるほど、あれを先に進ませたか……」


 それから彼は、自らを嘲るように笑った。


「ふ……やってくれる。……子供と思って少々舐めていたか」


 ノーバートは両腕の手のひらに、それぞれ風と炎を集め始めた。


「全く……。これが終わったら、ラーズ共々仲良く閣下に殺されてしまうな……」

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