強襲(2)
丈夫な鉄製の門。分厚く、重みのあるその二枚の鉄の板。それが金属と金属のこすれる甲高い音をたてながら、千切れるかのごとく引き裂かれていく。そうして人一人が通れるだけの抉れた傷を作り出すのは、金色の光を纏った白い大剣であった。
「行くぞ……!」
白い大剣の操り手であるソラは号令をかける。彼の後ろに控えていた六人の男女は言葉もなく了承し、ソラを先頭として門の中へと入り込んでいく。
大陸北西にある港湾都市ヤマトから数里の距離にある領主館。堅牢な砦の様相を示しているそこへ、ソラ率いる一行は侵入していった。
「静かだな……厭に」
ソラに続いて門の中へ入り込んだエレックが呟いた。
門の中には花壇や小さな噴水のある庭園が広がっている。庭園に敷かれた石畳の道を真っ直ぐ行くところには石造りの建造物が一つ。入り口には木製の大きな扉。周囲には人の影一つ存在しない、静寂。
速人が顎に手をやりながら眉をひそめる。
「妙ですね……見張りも、門番も居ない」
「実は『もぬけの殻』で、空城の計にハメられたとかは勘弁して欲しいけどな……」
右手に剣を持っている一樹が速人に返事をする。
彼らの中に拍子抜けと言わんばかりの緩んだ空気が流れ始めたとき、突如として先頭を歩いていたソラが足を止めた。
「……誰か、いる――」
「――へえ! 良い勘の鋭さだな! 気配は消していたのに」
若い男の声が、ソラたちの『頭上』から降ってきた。
声の主は館の入り口である扉の更に上、軒先に腰掛けている黒いマントを羽織った男。彼は一息に扉の前まで飛び降りると、背中に背負っていた二本の槍を手にしてソラたちに近づき始める。
「しっかし、さすが閣下。本当に活きの良いのが来やがった」
男を前に、ソラは大剣グラムを構える。彼は胸元の金色のペンダントに触れると魔力を取り出して金色の光を剣にまとわせた。
続いて、速人が指輪に触れて魔法で小さな雷を弾けさせる。
「良かったですね、一樹。『もぬけの殻』では無いみたいですよ」
「良いのか悪いのかは諸説あるけどな」
一樹が左手でも腰の剣を抜き、両手の剣の切っ先を槍の男に向けた。その剣先を見て、槍の男は口元を愉しそうに歪める。
「お。俺と同じく二刀流か。そんでもって、ひい、ふう、みい……七人。それも全員『所持者』と来た」
彼は左手に持っていた槍を地面に刺して、空いた手で胸元を弄る。
「こりゃ、流石に全員止めんのは無理かな……ということで」
胸元から取り出したのは銀色の警笛。彼はそれを口へと持っていく。
「警笛で仲間を呼ぶつもりだ……!」
いち早くミアがそれに気付く。その横で、木製の弓を魔法で具現化した綾香が素早く弓を構えて狙いを槍の男へと定めた。
「させないっ!」
綾香は警笛を持つ槍の男の手元を狙って矢を放つ。しかし、その矢は男が右手に持っていた槍によって容易く弾かれてしまった。
矢を弾いた金属音と、それを追って、響き渡る警笛。たっぷりと一呼吸分、中空に響き渡らせてのち、警笛を口から離した男が笑う。
「危ない危ない……。容赦ないねえ、お嬢さん」
「外したっ……!」
悔しそうに吐き捨てる綾香。隣でエレックが「くそ」と悪態をつく。
「まずいな……。待ち伏せの準備をされたら面倒だぞ……」
相手にこちらの存在を気取られた時一番不利なのは、待ち伏せなどの罠を張られる事だ――。そのエレックの考えを汲んだソラは「なら、止まってられない。先へ進むぞ! 道は俺が開く!」と仲間に指示を出した。彼は先頭を駆け抜け、槍の男へと向かっていく。それに答えて全速力で館の中へ足を向けて走る少年少女たち。
その中で一人、二刀流の少年だけは覚悟を決めた表情で呟いた。
「……ここは、俺の役目なのかな」
一樹は両手の剣を構え、館ではなく、ソラを追い越して槍の男へと駆けていき、斬りかかった。
「はああっ!」
上段から抑え込むように打ち下ろされた二刀。槍の男は右手に持っていた槍を横向きに構えてそれを防ぐ。
「おっ! やるな……! 悪くない太刀筋だ!」
「一樹!」
槍の男に斬りかかる一樹に気づき、ソラは足を止めて彼の名前を呼んだ。しかし、一樹はその目線を槍の男から逸らさない。
「ソラ。金のペンダントの持ち主であるお前の役目はここじゃない……。ここは俺が抑える!」
叫んだ一樹の右手に嵌っている指輪から赤い光が漏れ出し、彼の両腕にまとわりついていく。一樹は自身の両腕に魔力で強化された力を感じるとともに、槍に阻まれている二本の剣のうち、左手の一本を引いた。
「同じ二刀流ってのは、『縁』もあるだろうしな!」
そして一樹は引いていた左手の剣で、槍の男の胴体を目掛けて振り抜く。したたかに打ち据えられたかと思われたその刹那、再び金属音が響いた。
「なっ……」
一樹の振るった左手の剣は、槍の男が先程まで地面に刺したままだったはずの、もう一本の槍によって防がれていた。彼は槍を一樹たちの気づかぬ間に拾っていた。
槍の男は不敵に笑う。
「悪いな、『同じ二刀流』なんでね。……それよりも」
彼は一樹の左手の剣を見て残念そうに目を細めた。剣の刃の向きが逆になっている。所謂、峰打ちである。
「殺すつもりで来てもらわないと――」
男は槍に力を込め、思い切りブン回す。
「――こっちから殺しにくいだろうが!」
彼の馬鹿力とでも形容すべき膂力で振るわれた二槍に一樹は押し退けられ、尻もちをつきかけながら後ずさっていく。
その様子を見て、思わずソラが口を開く。
「一樹! やっぱり……」
「来るな!」
だが、一樹は拒絶した。彼は二刀を構えると、今度はその刃に魔法で作り出した炎をまとわせ始めた。
「心配すんな。俺だって無理はしない。……お前は、ここに来た目的を忘れるな。それだけでいい」
剣にまとわる赤い炎が逆巻いて、渦のように燃え盛っていく。
「『黒王』を倒せ。それでこの異世界から帰るんだ」
一樹は、一人馬車に乗って去っていった輝を思い出して剣を握る。
「俺の仮説が正しければ、それで……。あいつも、輝も……帰れるはずなんだ! それで、全て解決だ!」
一樹の覚悟を受け取り、ソラは渋々とうなずく。
「……わかった。……皆、行くぞ……!」
「でも……!」
食い下がるのは舞。しかし、ソラは首を横に降って踵を返し、一樹に背を向ける。
「一樹の想いを、無駄にはできない」
それでも足を動かすことのできない舞。彼女の側に綾香が来て、そっと肩に手を置く。
「舞、行こう」
「……うん……」
舞も綾香に促され、いつきを除いたソラたちは揃って館の入り口へ向きおなる。彼らが動き始めたのを槍使いも横目で見てから、一樹へと視線を送った。その目は綺麗なものを愛でるような優しさすら称え――。
「信頼し合える良い仲間たちだな。……とは言え流石に」
――それから彼は、険しい表情を浮かべて槍を握った。
「全員無事ってのは、俺の面目丸つぶれだよ……なあ!」
槍使いは一喝すると、突然のことに一瞬たじろいだ一樹に向かって左手の大きく槍を薙ぎ払う。一樹がうめき声を上げつつそれをかわしたと同時に、槍使いは館の入り口のソラたちに向かってもう片方の槍を投げつける。
「まずっ……」
しくじった――。一樹が見せた焦りの表情は、しかし次の瞬間には驚きに変わっていた。
突如として館の入り口で黄色い閃光と炸裂音。槍使いの投げた槍は弾かれ、彼の足元まで転がって戻ってくる。
「何……?」
動揺を隠しきれない彼は閃光で眩む目を細めながらも、入り口の方を睨む。そこには一人、眼鏡の青年がその右手の指輪から黄色い雷を溢れさせながら佇んでいた。
驚いたのは槍使いだけではない。彼と対峙している一樹も同様だった。
「……速人! どうして!」
「『先に進む』と『一樹と一緒に戦う』は択一ではありませんよ。……手分けです。ソラたちは先に行かせました。こちらはさっさとその男を倒して追いかけましょう」
腰の鞘からナイフを抜き取って構える速人。彼は口の端を引き、静かに微笑む。あっけにとられて口を半開きにしていた一樹は、そのまま歯を見せて笑った。
「はは……。せっかく格好つけたのに、余計なことするなよ」
「奇遇ですね。私も、たまには格好をつけたかったので」
「減らず口め」
「何事も、減るより減らない方が良いでしょう?」
速人と一樹がお互いに目配せし、再びニヤリと笑う。信頼できる仲間との共闘。二人の戦士の士気を上げるには充分だった。
しかしその雰囲気を断ち切るように、その二人の前方で、ふ、と小さく笑う声がした。
「いい『覚悟』だ」
そう言って槍使いは漆黒のマントを脱ぎ捨てる。
「同じ『覚悟』の道を歩んでいる人間への礼儀として名乗らせてもらう。……俺はラーズ! ラーズ・ガルシアだ! さあ、その『覚悟』で俺を倒してみせろ!」
その身に一般兵と同じ粗雑な鎧を纏い、その槍使い、ラーズは大きく足を上げて地面に叩きつける。衝撃で彼の足元に転がっていた槍が数センチ宙に浮き、それを下からすくい上げるように蹴り上げて手で掴む。そして、その二本の槍の銀色に冷たく輝く穂先を一樹と速人のそれぞれに向けた。
館と呼称されるにふさわしい風貌の大きな洋館。その広い庭で二人の少年と一人の兵士が睨み合う。敵意と敵意がぶつかりあうざらついた空気を震わせるかのように兵士、ラーズは声を張り上げた。
「さぁ! 行くぞ!」
ラーズは二本の槍を両手に構えて速人に向き直って突き進む。そして二本の槍のうち一本を速人の足元へと投げた。
「くっ……!」
速人は後ろに飛び退いて避ける。勢い良く地面に突き刺さる槍。だがラーズの目的は速人への牽制だった。速人が体勢を立て直そうとしている間にラーズは跳ね返るように一樹に飛びかかり、次の瞬間には槍を上から真下に叩きつけていた。
それを一樹は燃え盛る二本の剣を交差させて受け止める。
「くっそ、重……」
一樹の口をついて出る言葉。つばぜり合いになりかけたがラーズはすぐに槍を引く。
「うお、炎あっちいな! 撤退だ!」
ふざけたような軽口を叩きながら彼は流れる様に動き、先程投げて地面に突き刺さった槍の元まで戻ると逆手で引き抜く。そして、いつの間にか飛んできた速人の投擲ナイフを引き抜いた槍で逆手のまま弾く。
「ほら……! そんなんじゃ俺は倒せねえぞ!」
「……舐めるな!」
今度は一樹が右の剣をラーズに向かって突き出す。簡単に避けられるが、それを読んでいたかのように一樹は左の剣で素早く斬りかかり、追い討ちをかけた。
「甘いな!」
ラーズは追い討ちをかけた一樹の左の剣を右の槍で受け止める。そのまま右の槍からは手を離して左の槍を両手で持って、鋭い突き。地面に落ちた右の槍が、カランと音を立てる。
一樹は先程空振った右の剣で突きを受け流そうとするが、ラーズの一撃の威力を殺し切れず大きく後ずさる。一樹の懐に致命的な隙が出来た。
「まずは一人目ェ!」
「させませんよ!」
ナイフを握った速人がラーズの背後に駆けつけて右腕を振りかぶった。ラーズはそれを振り返り、視界に捉えてニヤリと笑う。
彼がついさっきまで右の手に持っていた地面に転がる槍。ラーズがそれを蹴りあげると、槍は速人の手元に当たり、彼の一撃を弾いた。
「ちっ!」
「本命の狙いはお前だ! 喰らえ!」
ラーズが振り向き様に左で持っていた槍で速人を叩きつける。回避の間に合わなかった速人は左腕で槍を受けてから後ろに下がった。彼の服の袖が破け、中から金属の鎧が覗く。
「腕甲か。小賢しいことするじゃねえか」
苛立っているかのような言葉とは裏腹に、ラーズは笑ったままだ。彼は先程速人のナイフを弾いた槍を空中でキャッチすると、一樹と速人、それぞれに穂先を向ける。
穂先を向けられた一樹と速人はラーズと再び剣を結ぶのではなく、距離を取った。息をもつかせぬ攻防を、一旦止める。
人間とは二人相手にここまで動けるものなのか――。一樹と速人は武器を構え直しながらも、尻込みをしていた。
少しも苦しそうな表情を見せない、むしろ楽しそうなラーズを睨みながら一樹は苦笑いを浮かべていた。
「なんだよこいつ……。普通の兵士とはレベルが違うぞ……」
一樹は背筋に冷たい物が走るのを感じ、それから細く長く、息を吐く。
「……速人。まだ、へばってねえよな」
「当たり前でしょう。へばるのはせめて、この男を倒してからです」
速人の手のナイフと、その左腕の腕甲に電気がほとばしる。
「もう一度、仕掛けますよ! 一樹!」
「ああ……! ……ここで倒れるわけには、行かねえんだ!」
白いローブマントの二人が迫る。ラーズは構えていた二槍を握る手に力を込めた。
「そうだ……! 何度でもかかってこい! ……その『覚悟』を、俺の『覚悟』が凌駕する!」
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