鉱山(2)

 フラルダリル鉱山の前には反乱軍の陣が展開されていた。数は少なく、目測で百人程度。義勇軍には非戦闘員を含めて六百人。戦えるものだけ数えたとしても四、五百人はいる。この戦いは圧倒的に有利だ。

 それが更に味方の士気を上げている。こちらの主力部隊に突撃の号令がかかると、彼らは一目散に武器を掲げて突っ込んでいった。

 俺とミア、エレックはその主力の後に続く形で鉱山の入り口を目指している。突撃部隊から外れたのは単純に危険だからだ。俺には他の戦士のように、命を賭してまで反乱軍と戦う理由はない。ただ、ソラたちと対峙した時に戦えるよう、魔導石を手に入れておきたいだけだ。

 義勇軍の主戦力と反乱軍の中央の陣がぶつかり、義勇軍は数の力で反乱軍を蹴散らしていく。俺はエレックとミアを引き連れて、義勇軍によって蹴散らされた後の戦場を駆けていった。


「少年、油断すんなよ!」


「わかってる!」


 心配するエレックにそう返すと、ミアからも言葉が飛んでくる。


「……ほんとに……?」


「ああ、同じ轍は踏まない……!」


 信用されていないというよりは単純な力不足を心配されているのだろう。でも俺は今回、戦うのを全力で避けるつもりだった。

 前回は奇襲を受けたため戦いから逃げることは難しかったが、今回は違う。突撃の跡地をただ走って突っ切るだけだ。


「あ! ……あそこから行ける!」


 前方の突撃部隊が敵中央をぶち抜くのが見えた。作戦通りであれば、ここから義勇軍は反転。左右に瓦解した敵陣を内側から分断しつつ戦う。その中の一部の部隊だけが、鉱山へと侵入する手はずとなっている。

 鉱山の入り口までたどり着いて、俺は一旦足を止める。他の義勇兵が鉱山へ入り込むのを横目に、息を整える。後ろをついてきているミアとエレックも無事なようだ。

 エレックは早々に呼吸の乱れを抑え込み、腰の剣を抜いた。


「何止まってんだ、少年。俺たちはこっから本番だろ」


「……ああ。でも、ちょっとだけ待ってくれ」


 俺はエレックを制止して、鉱山の入り口から戦場を振り返る。そうしているうちにも、何人もの義勇兵が鉱山へ入っていく。

 ……このフラルダリル鉱山にはアリの巣のように坑道が広がっている。そのどこかに管制室があり、採掘した出荷前の魔導石をためているのだという。そこを抑えるのが鉱山の中に侵入する義勇軍の目的。正確な地図を入手することが出来なかったので手探りで進むしか無いが、おそらくは運び出す手間のことも考えて入り口近くにあるはずだ。

 ……そして、義勇軍がその場所を狙っているというのは反乱軍側も想定しているに違いない。それは、伏兵や罠を仕掛けられている可能性が高いということでもある。


 今も二人の義勇兵が鉱山内部へ侵入していくのを視界の端で捉えて、俺は背中のグングニルと腰の小刀を抜いた。


「そろそろ、いいか……」


 俺が他の義勇兵の到着を待っていたのは敵の罠を警戒してのことだ。地雷原を一番初めに歩く人間が一番危険だということくらい、誰だってわかる。俺もその考え方に則って、後からじっくり鉱山に踏み入るつもりだ。

 卑怯だと思われそうだけど、それが俺の覚悟。俺の目的を達成しつつ、ミアやエレックを傷つけずにするにはこれがベストだ。


「二人とも、待たせた! 中に入ろう!」


 ミアとエレックは、二人揃って小さく頷いた。


 鉱山の中は聞いていた話の通り、坑道が縦横無尽に広がっていた。太い道もあれば人一人が入り込めるだけの狭い道もあり、挙句の果てには階段から二階にも行けるようだ。落盤を防ぐために坑道は木材で補強されているものの、所々が崩れ落ちていたり、木が腐食しているところもある。

 戦争云々とは別の危険さだ。普段からここで働いて慣れている人もいるのだろうけど、俺にとっては戦場と同じレベルで恐ろしい。……とはいっても、進むしかない。


 坑道内の光源はランタンの弱い光だった。通り過ぎながら横目で見たランタンには芯がない。ガラスの筒の中に灰色の小石があり、その下に描かれている魔法陣が弱い光を出している。

 ……魔導石だ。

 俺は立ち止まって、ランタンの一つを手に取る。不思議そうにミアが声をかけてきた。


「輝、どうしたの?」


「ああ。ほら、俺の世界、魔法とかないから、珍しくて」


 理由を説明すると、エレックが「なるほどな」と言ってから「残念だが」と話し始めた。


「……そのランタンに使われている魔導石はクズ石だ。微量な魔力しか無いから、ガラスの中に非常に弱い微風を発生させる魔法を魔法陣で発動させて、その時に出る魔法の光であたりを照らしてるんだよ」


「あ、ああ。そうなんだ」


「まともに魔法が発動するだけの魔力を持ってる魔導石は貴重品だ。もしかしたら転がってるかもしれないが、あんまり期待はしないほうが良いな」


 このエレックの言い方、俺が魔導石を欲しているというのはバレているのだろう。別にそこまでであれば知られても問題ないが、魔導石を手に入れたい目的までを知られてしまうのは避けたい。この話はここで打ち切ろう。

 俺はランタンを手にしたまま、再度歩みを始める。


「何も出来ない俺でいるよりは、回復魔法くらい使えたほうが良いと思ったんだけど、そう簡単にはいかないか。……ごめん、寄り道しちゃったね」


「輝……」


「さ、早く行こう」


 ミアとエレックに、落胆してしまっている自分の表情を見られたくなくて俺は小走りで駆け出す。二人はついてきていない。俺の心境でも思って、何も言えないでいるのだろうか。……また心配かけるようなことを言ってしまったな。少しだけ罪悪感だ。

 冗談だよ、気にしないでと伝えるために俺は足を止める。俺の足音が坑道内に反響して、たわむ。


「……ん」


 たわむ音の中に、何かが軋むような音が混じった。音は徐々に大きさを増していき、終いには何かが割れる音が――。


「――輝!」


 俺を呼ぶミアの声に振り返る。彼女が遠くで俺の方に手を伸ばしていた。天井から小さな石ころが落ちてきた。


「これ、やば……」


 直後、落雷の如き音と一緒に上から岩が降ってきた。俺は後ろ向きに飛び退いてそのまま地面に転がる。轟音が徐々に収まると、ミアとエレックの姿は落石してきた岩や瓦礫によって見えなくなってしまった。

 落盤だ……! 二人は無事なのか!


「ミア! エレック!」


 届くかわからないが、全力で叫んで呼びかける。意外にもすぐに返事は返ってきた。


「少年! 無事なんだな!」


「エレック! こっちは大丈夫だ! ミアは!」


「ボクも! 大丈夫!」


 ミアが必死に叫ぶ声も聞こえた。一安心だ。


「……良かった……。とはいえ……」


 俺は目の前に積み上がる瓦礫を見上げた。坑道を埋め尽くしている。天井までしっかりと潰れていて、俺が通る隙間はなさそうだ。

 命があって良かったのは事実だ。しかし、良かったことには良かったが、これでは二人と合流できないし、俺がいるのは坑道の奥側だ。下手をすれば出口へ出ることも難しい。生き埋め状態だ。


「くそ……。どうすっか」


 うつむいて考えこむ。

 瓦礫をどけるか? いや、落盤したばかりで不安定だ。下手に手を出せばさらなる落盤に巻き込まれるかもしれない。……だからといって、このまま出れずに餓死するのはごめんだ。


「少年! そっち側に横穴とかないか! 横穴とかから風は吹いてきてないか!」


 エレックの声を聞いて、俺は顔を上げる。

 そうだ。まだ鉱山に入ってそれほど時間は経っていない。鉱山全体から見たらここもまだ入口の方なのではないか。だとすれば、横穴で他の坑道とつながっている可能性は高い。風が吹いていれば、そういった横穴があるのは確実だ。

 俺は土まみれの指先ではなく、手の甲を舐めた。微かだが、確かに風を感じる!


「エレック! こっちに風がある! 風を辿って出口へ進む! 後で落ち合おう!」


 まだ命はつながる! ここで終わりにはならない!

 俺は踵を返し、僅かな風を頼りに歩き始めた。その一歩目、踏み込んだ瞬間に後ろから声。ミアの声だ。


「輝! 絶対に、死なないでね!」


「わかってるよ! 二人も、気をつけて!」


 二人に呼びかけて、今度こそ歩き始める。小さく「……絶対だよ」とミアの声が聞こえてきた気がして、俺は笑ってしまう。

 早速一人が不安になって空耳でも聞こえているのか。

 それでも何とはなしに、俺も小さく「絶対だ」と言ってから、風を辿り始めた。



 風の吹いていた横穴は直ぐに見つかった。ぐねぐねと曲がりくねっており、方向感覚を狂わされながら俺は坑道を進んでいく。方位を確かめたかったが、手持ちの荷物の中には方位磁針はなかった。戦闘が始まる前に、非戦闘員たちの潜む場所に置いてきてしまった。

 必要になると思ってなかったから仕方ないだろう、と、自分自身に言い訳をしつつ坑道を進む。明かりは手に持っているランタンのみ。小さい光ではあるが、今の俺にとっては充分すぎるほど心強かった。


「一人って、こんなに……」


 ……心細かったっけ。

 相槌のように、一個の足音だけが響く。

 そういえば、王都でミアとエレックと合流し、一人じゃなくなってから一ヶ月近くが経とうとしている。王都に着くまでは全然気にならなかった暗闇や静寂に怯えを感じ、手に汗が湧いてくる。俺はしまっていたグングニルの柄に手を触れる。冷たい感触が気持ちいいのと同時に、布なり革紐なりのグリップを巻いてこなかったことを後悔する。手汗で滑りそうだからだ。

 でも、グリップがあったら柄の長さを自由に持ち替えて間合いを調整する戦い方は出来ないか……。


 エレックのアドバイスを思い出しながら、なるべく今関係のないことを考えて気を紛らわせながら進んでいくと、坑道の幅が少しずつ広くなっていく事に気付いた。トロッコ用の路線が現れ、時折二車線の場所も出てくる。すれ違えるような仕様になっているんだ。


「この先に何かが……?」


 線路があるということは、それをたどれば重要な場所に行き着くはずだ。それは駅かもしれないし、休憩所や詰め所の類かもしれない。

 ……もしかしたら、大アタリを……例の管制室への道を引き当ててしまったかもしれない。


「……あれ?」


 俺は声が響いた先、ランタンの光が照らす道の先に、高く壁がそびえ立っているのを遠目にとらえた。道を塞ぐ高い壁。つまりは行き止まりだ。

 この道はハズレ。管制室につながってはいない。


「……ハズレ、か。安心してる俺は、何なんだろうな」


 戦わずに済んだと喜んでいる自分がいる。情けなくなりながらも、自分の心は正直だ。


「……一応確認してみるか」


 俺は複雑な心境で行き止まりへと駆けていく。壁の麓で線路が途絶えている。だが、行き止まりではなかった。


「これ……扉だ」


 俺が行き止まりだと思っていたのは、巨大な鉄製の扉だった。

 真っ黒に錆び付いた鉄板がそびえ立っているが、その真ん中が微妙に開いている。風はここから流れ出ていたようだ。

 ……そして、その先からは威圧感に近い『何か』が滲み出している。


「……は」


 思わず溢れる大きな吐息。震えている自分に気がつく。

 威圧感に近い『何か』だなんて、ただの勘だ。非科学的だ。それでも俺にははっきりわかった。この先には、肌を刺すような『何か』の元凶がいる。

 管制室では無いかもしれない。でも『何か』が待ち構えている。


「どこがハズレだよ……やっぱり大アタリじゃんか」


 俺は歩いて来た道を振り返った。

 引き返した方が良いか? ここに敵兵がいたら俺は一人きりで戦うことになってしまう。


「……いや、逃げ道なんか、ね―よな」


 ここに来るまでに幾つかの横道は存在していた。だから厳密に言えば逃げ道はあるのかもしれない。けれど、それで良いとは思えなかった。


「『自分のために、自分の身を危険に晒す覚悟』、か」


 いま一度グングニルを強く握る。暖まってきた銀の柄から、ほんの少しの勇気を感じる。

 確かに俺は危険を避けたい。確実に生きて元の世界に帰りたい。でもそれは――。


 脳裏に傷ついたミアの姿が浮かび上がった。

 俺の代わりに、敵兵を殺したエレックの姿が浮かび上がった。


 ――でもそれは、この戦争に参加してからのそれは、俺じゃなくて、誰かが変わりに危険を背負ってくれていたから出来たことなのかもしれない。元の世界に帰りたいのは『俺』の選択だ。それなのに『俺』は何も出来ていない。『俺』が危険をおかさなくてどうする。


 大切な友人に危険を強いることが、……俺の『覚悟』か?


「『挑戦なき道に失敗はない。失敗なき道に成功はない。挑戦なき道に成功はない』……だったよな」


 ふと思い出した言葉を何も考えずに呟いた。俺の大嫌いな『藤谷カズト』が、過去に俺に贈ってきた言葉だ。

 あの時はこの言葉に励まされた。夏前の爽やかな季節の頃だった。

 ……もしかしたら、今も。


「……進もう」


 また小さく呟いて、俺はその巨大な扉を押し開けた。

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