再会(2)

 一樹との再会の後、宿に戻って眠った俺は酷くくだらない夢を見た。それは、『六人』でこの異世界を旅するというものだった。

 橋山一樹、天見舞、狛江ソラ、成瀬速人、白石綾香、そして……俺。

 六人で談笑しながら草原を進み、道中出くわしたドラゴンやライツを全員で協力しながら倒していくという内容。

 目が覚めてから、その光景が夢であったことを認識した俺は目頭を抑えてベッドの上で上体を起こす。


「……一樹と、会話したせいかな」


 俺は窓から朝日が差し込む安宿の一室でそう呟きながら布団を跳ね除け、朝の支度を進める。

 小さな部屋の隅にある洗面台。蛇口をひねると水が出てくる。その冷たい水で顔を洗い、口を濯ぐ。荷袋から歯ブラシ――とはいっても、何らかの木の枝の先端をほぐして、房状にしただけのものではあるが――を取り出して歯を磨く。

 歯磨き粉が無いので違和感はあるが、歯についた汚れはそれなりに取れる。この歯ブラシはフォルで出会った医師であるイースさんが購入してくれた『旅の必需品セット』の中に入っていた。

 彼曰く、歯をしっかり磨くことが健康には重要だとのことだ。確かに異世界で虫歯になったとして歯医者を探すのは難しいだろう。以来、彼の言葉を受けて歯はしっかり磨くようにしている。

 こういった日々の暮らしにまつわることも、今まで俺が見かけてきた『異世界転生モノ』ではあまり語られていなかった部分だ。トイレや入浴など、水回りのことは特に生活に直結する部分であり、かつ、この世界に来てからの半分以上の期間を移動しながら過ごしていた俺にとっては苦労した部分でもあった。

 それでもこの歯ブラシと同様に、イースさんにこの世界における衛生管理の知識を教えてもらったおかげでこうして健康に過ごすことができている。

 それに、慣れない環境で風邪気味になってもすぐに回復魔法で治療できたのは大きい。時間もかかる上に精神的に疲弊する回復魔法というのは『チート』と呼ばれる能力には程遠いのかもしれないが、俺にとっては充分ありがたい能力だ。


 そして、王都に来て驚いたこともある。


 水道から綺麗な水が出てくるのだ。

 ハリアで泊まった宿では、水を使いたければ購入するか、自分で汲んでくるかの二択だった。

 蛇口をひねるだけで水が出る。……日本にいれば当たり前のことだけれど、この世界では当たり前ではない。むしろ、王都のインフラ技術に感動している自分もいるほどだった。


「さて、今日は……図書館かな」


 朝の支度を終えた俺は身支度をして、ベッドに座って考える。


 昨夜の一樹との会話を思い出すと、情報屋のリザさんに当たるという線は消えてしまったように思う。なぜならリザさんのいる情報屋兼酒場の『グリフォンの羽根』にはソラたち一行が宿泊しているからだ。

 勿論、そんなこと無視してリザさんを尋ねたって良い。でもその場合、ソラたちに遭遇して、俺がシュヘルで行ったことに対する報復が待っている可能性がある。

 一樹は俺の生存を喜んでくれた。彼が言うには、天見さんも心配してくれているらしい。だけど、他の三人がどうだかはわからないんだ。


「目立たないように、しないとな……」


 一樹は図書館に行くとは言っていなかった。恐らく彼らは情報屋のリザさんから、彼らが打倒したがっている将軍の情報を手に入れるまで派手な動きは見せないだろう。

 とはいえ、油断してばったり遭遇してしまうのは避けたい。

 そう考えると、おのずと俺の出来ることはこっそり図書館に駆け込んで、今までと同じく本を読みながら調査を進めることぐらいのものだとわかってくる。


「もう飽きたんだけどな……」


 連日魔法の本を読み続けるのも疲れる。だったらいっその事、今日は『アクセサリー』について別の角度から調べてみるのもアリな気がしてきた。

 例えば、この王国の国史から見た『アクセサリー』という角度はどうだろう。

 あれだけの図書館だ。伝記の類も蔵書されているはず。この国の歴史の中で現れた『アクセサリー』の所有者がどんな経緯でこの世界を生き抜いたのか。彼らは無事に元の世界に帰ることができたのかどうか。


 ……そういったことを調べることで、手がかりになるかもしれない。


「よし、やることは決まった……行くか」


 俺は壁に立てかけてあった槍を手に取り、背中に小刀をちゃんと装備したのを確認してから宿屋の玄関を出た。



 バルク国王の先祖を除くと、『大罪人イッソス』という人間が『異世界からの訪問者』の中では有名な人物らしい。

 俺は昨日まで入り浸っていた図書館の三階ではなく、二階にある書物でその『イッソス』という男の名前を見つけた。


 まだ、国を建てる前だったの初代バルク王とイッソスは、ある日突然この世界に現れた。

 彼らは『アクセサリー』と思しき魔法装飾品を身に着けており、魔法の力で各地の戦場を渡り歩いていた。しかし、人々をまとめ上げて大陸を統一すべく戦い続けるバルク王と、次第にそこに反発し始めたイッソスという男は道を違えていったという。

 イッソスは王となったバルクに嫉妬し、たった一人で国を転覆させようと反乱を起こした。彼は風の魔法を操って大暴れしたのだが、最後にはバルク王自らの手で捉えられ、その力を幾つかの場所に封印されて無力化された、と書かれている。


 ……そして、その彼の持っていた魔法装飾品というのが、銀色の首飾りだったと伝えられている。


「似てる……よな」


 俺は胸元にぶら下がって、確かな存在感を出しているペンダントに触れた。

 見た目は勿論、イッソスが『風の魔法』を得意としていたところからも、今俺が身につけている銀のペンダントが、かつてイッソスの持っていたものと同一のものだと感じずにはいられなかった。


 だとしたら、彼は力を失ったその後どうなったのだろう。


 国史を読み進める手が早まる。しかし、その後には彼の記述はほとんど出てこなかった。

 この国史は時の権力者であるバルク王の治世の中で編纂されたものだろう。権力者にとって都合の悪い出来事や人間について歪められて伝わるのは、元の世界でも往々にしてあることだ。


「どうしたものかな……」


 俺は本を閉じ、横目で本棚を見た。三階の魔法関連フロアと同じかそれ以上の本が所狭しと並べられている。

 イッソスについての記載がある本を探して、また本を読み続けるのも一苦労に思えた。女性司書に頼んで本を探してもらってもいいが、国史でこの扱いを受けている以上、正確なイッソスの伝記などが出てくるかは怪しい。


 ため息をついたら、同時に腹が鳴った。


「……飯でも食いに行こうかな」


 窓から差し込む光が白い。ちょうど昼くらいだろうか。

 俺は閉じた本を本棚に戻すと、図書館を出て噴水広場へと向かうことにした。


「眩しいな……」


 窓も有り、燭台には炎が灯されているとはいえ、図書館の中は少しだけ薄暗い。外に出ると正午の光がいつも以上に強く感じられる。

 図書館から出店の並ぶ噴水広場までは表通りを辿って行けば迷わない。勿論、複雑な細い路地を突っ切っていったほうが早いには早いが、危険も伴う。王都初日で遭遇した奴隷商のような人間がいる可能性があるからだ。

 今は槍を持って武装しているのですぐに襲われることは無いかと思うけれど、それでも避けられる危険なら避けるべきだ。


 ……そういえば、あの奴隷商が扱っていた『飛ぶ斬撃』や、身にまとっていた『オーラのような光』についても、ここ数日の調査でその仕組の大体の予測をつけることができた。


 あれは『魔導石』を利用したものなのだと思われる。

 あらかじめ魔法陣を刻み込んだ道具に、魔力の供給源として『魔導石』をあてがう。すると、魔法が発動するようなのだ。

 術者に魔力があるわけではないので、『魔導石』の容量次第で使用回数には限りがあるが、強力な魔法陣が刻まれた道具と、それを発動させるだけの『魔導石』があれば充分な脅威となりうる。

 それを理由に王国は産出される『魔導石』を厳しく管理しているそうだが、あの奴隷商の様な『裏の住人』は、国の目を盗んで闇市場に流されたものを入手して使っているのだろう。


 つくづく危険な世界だ、と思った。

 ……本当に、早くこんなところからは帰らないと。


「おい! あんた!」


 考え事をしつつ、うなだれながら大通りを歩いていると、一人の青年に声をかけられた。彼は軽く息を切らして焦った表情をしていた。


「な、なんですか……?」


 警戒しながら彼に返事をする。今更気がついたのだが、周囲をみると、同じように焦った人々が通りの向かい側……俺が今向かおうとしている噴水広場の方向からパラパラと走って来ていた。

 何事かと訝っていると、俺に声をかけてきた青年が早口でまくしたててくる。


「早く逃げろ! 向こうで暴れてるやつがいるんだ! しかも、魔法で!」


「魔法……ですか?」


「そうだよ! 良いから――」


 ――どごん、という爆発音にも似た、鈍い音が響いた。


 建物を解体している工事現場のようなその音に話を遮られた形になった青年は、慌てて走り去ってしまう。

 しかし俺は、青年と同じように走り去ることはできなかった。


「あれは……」


 そんなに遠くはない。通りに面している立派な石組みの建物の一つから土煙が出ている。そして、その土煙の中から金色の光がうっすらと漏れ出しているのが目に入ってきた。一度しか見たことは無い。だけど、とても見覚えのある、光だった。


 嫌な予感がした。胸騒ぎというのだろうか。……落ち着かない。


 ほとんど反射的に俺は土煙の方へと走り出す。途中、逃げ出す数人の人間とぶつかりそうになりながらも、俺の足は止まる様子を見せなかった。


 土煙のすぐ近くまで来ると、俺は目を細める。


「……く」


 乾燥しているのか、細かい砂が舞い上がっていて、視界が悪い。この土煙の中で何が起こっているのかが見えない。

 ただ、金色の強い光が先程の音の爆心地と思しき場所で輝いているのは見える。

 俺は右手をゆっくり、自らの胸元に持っていった。ここで風を起こせば視界は晴れるだろう。だけど、それを行動に移すことに恐怖を抱いていた。


 この煙の向こうに誰がいるのか、想像はすでについている。

 一樹は昨夜、彼ら全員で王都に辿り着いたと教えてくれた。


 心臓が早鐘を打つ。俺はゆっくりとペンダントから魔力を取り出して、手にまとい始めていた。


「何やってんだ、俺……」


 想像がつくなら、逃げればいい。恐怖しているなら、逃げればいい。

 昨日だって、今朝だって、『逃げよう』と決めたじゃないか。……それでもそうしないのは、何故だろうか。


 地に足がついていないような気持ちのまま、右手に纏った風を思い切り前方へ解き放つ。魔法の風が視界を邪魔していた土煙を綺麗さっぱり吹き飛ばして、眼の前の光景が明瞭になった。


「……これ、は……」


 視界に捉えた光景を理解するのにしばらくかかった。俺が想像していたよりも、もっと悪い光景だったからだ。


 通りの一角に、三人の人間がいた。


 一人は地面に横たわって血を流す金髪の男。

 一人は横たわる金髪の男の側で絶望するように座り込む少女。

 そして、最後の一人は右手に鋼鉄の剣を携え、左手を二人にかざしている少年。……金色の光を左の手のひらにまとい、すぐにでも『光の弾丸』を撃ち出せる構えをとっている、少年。


 ……全員、俺の知っている顔だった。


「ミア! エレック!」


 俺は槍を右手に持ち替えて走り出す。

 ペンダントから取り出した魔力を両脚に込めて、全速力で駆け抜ける。同時に左手に銀色の風を纏わせて、『光の弾丸』を構えている少年と狙われている二人――座り込んでいるミアと、地に伏せるエレック――の間に割って入った。


「……させるか!」


 俺は左手に纏わせていた風を……『風の刃』を少年に向かって撃ち出す。少年は驚いた表情でそれを認識し、横っ飛びに避けた。

 綺麗に避けた彼は無傷のまま、俺の姿を見て驚愕を隠さない。


「! ……お前は! どうしてここに!」


 答えずに、右手の槍を構え直して少年と対峙する。


 懐かしくもなる。『あの時』からどれだけ経った。

 皆が俺ではなく、……あいつを選んだ『あの時』から!


 俺は、少年を睨みつけた。


「……どういうつもりだ! 狛江、ソラ!」

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